救急処置のほか健康観察に書類作成、校内整備など
学校で怪我や病気をした時、保健室で手当てをしてもらった記憶がある人は多いだろう。養護教諭の仕事として一般に知られるのは救急処置だが、実際には朝から夕方までさまざまな業務に追われている。
「8時台は登校中に怪我などをした児童生徒の対応をし、9時過ぎから健康観察の集計から始まります。各クラスが朝の会で確認した出欠状況や健康観察を集約し、管理職に報告するのです。感染症が流行しやすい時期であれば学級閉鎖をするかどうかの判断材料にもなります。
授業が始まると、怪我や体調不良で来室した児童生徒の対応をしながら、合間で毎月の保健だよりを作成したり、保健室の衛生材料の補充、校内の水道やトイレ回りの衛生チェックなどをします」
お昼前後にも重要な仕事が詰まっており「給食をゆっくり食べられた記憶はほとんどない」と言う。
「栄養士とともに給食の食物アレルギー関連の確認や対応をしたり、保健委員会の活動に合わせて、子どもたちと食前の“手洗いチェック”や、食後の歯磨き指導に関わることもあります。給食中は嘔吐などをした児童生徒の対応にあたります」
そのほか、保健室登校の児童生徒と一緒に過ごしたり、保護者の迎えを待つ子に付き添うなど、日々の中で同じ仕事はない。児童生徒を病院受診に連れていく場合は2〜3時間を要するため、食事の確保をはじめ1日のタイムマネジメントは非常に難しいという。
「子どもたちの下校後は、その日の来室者記録をまとめます。どんな内容でどう対応したかなどを集計し、後々の分析にも活用します。そうした事務作業を終えると退勤ですが、途中でイレギュラーな対応が入ることが多く、事務作業をなかなか終えられない日もありました」
文部科学省初等中等教育局の「教員勤務実態調査(令和4年度)の集計(確定値)について」によると、令和4年度の養護教諭の1日当たりの在校等時間は小学校・中学校ともに9時間53分だった。
児童生徒の健康に関する記録は学外に持ち出せないため、事務処理が終わらない場合は子どもたちのいない休日に出勤してまとまった時間を確保している。
命にかかわるプレッシャーが毎日続く中での業務
養護教諭は医療従事者ではないため、保健室で施せるのは医療行為ではなく救急処置までだ。それでも「命にかかわることなので、ミス1つあってはいけないという重責がつねにあった」と、にこさんは振り返る。
病院のように十分な設備があるわけではない環境で、学校における事故は時系列で記録を取られ、ネガティブなニュースは大きく報じられる。
「説明責任が大きいため、医療関係の方からも『大変だよね』と言われます。表情には出せませんが、自分の一判断いち判断すべてが子どもの命に関わる、という緊迫感が毎日続く中で行動しているので、そういった点での負担も大きい仕事だと感じます」
こうしたプレッシャーにさらされながら、日々の健康観察に加えて学校保健特有の年間スケジュールは目白押しだ。1学期は定期健康診断が肝で、全児童生徒の受診の有無や1人ひとりの結果を記録するなど、事前準備から事後処理まで事務作業でパソコンに向かい続ける日々だという。
その後も校外行事への同行、水泳指導、熱中症や長期休業明けの体調管理、就学時検診、感染症対策、いじめや不登校などのケース会議など枚挙にいとまがない。
「中でも宿泊行事への同行に負担を感じる養護教諭は多いです。学校の保健室を空けることになりますが、校内の学年のほうが多いため、管理職やほかの先生の多大な協力が必要です。宿泊行事に派遣看護師を同行させる自治体もありますが、ごく一部のようです。
小さな子どもがいる場合は親族に預けて同行し、授乳などのために宿泊せずに一度自宅に帰り、朝一で宿泊先に戻る場合もあると聞いています。全学年の宿泊行事に同行するため、年に何度も同行があっては家庭と両立ができないと、退職を選ぶ養護教諭も少なくありません」
「1人勤務」で初任者は不安大、休みづらい現実も
こうした事態が起きるのは、養護教諭が原則1校に1人の配置と決まっているからだ。2人が常勤する複数配置は、小学校で児童数851以上、中学校は生徒数801以上、またはいじめ対応など課題のある学校に限られる
大学を卒業してすぐ現場に出る初任の養護教諭は特に、誰にも相談できずに仕事を進めなければならず、その不安は大きいだろう。校内に同じ立場の教員がいないため、どれだけ働いても褒めてもらえなかったり、意見が通りにくいなどマイノリティならではの孤独感もあるはずだ。
「実は、『潜在養護教諭』は多いのです。中高における養護教諭の教員採用試験の倍率は7倍ですから、免許はあるけど諦めてしまった人や、フルタイムが厳しくて退職した元養護教諭や看護師などもいるのに、働き方の選択肢が少ないせいでまったく活用ができていません。
幸い私が勤務していた自治体は独自に、初任者がいる学校に退職した元養護教諭を非常勤で配置していました。最初は学校医への電話1本でも緊張しますし、保護者対応の仕方もわかりません。救急対応や応急手当も、実践となると不安に感じるものです。隣に相談できる先輩がいたことはとてもありがたかったです。理想は3年目くらいまで、このような体制だとよいのですが」(にこさん)
1人勤務では休みも取りづらい。「学級担任の先生が休んだ場合、隣のクラスの先生などが補講をしたり自習プリントを配ったりしますが、養護教諭は自分が休めば保健室を閉じるしかありません。ほかの先生方も困ってしまうため、1日休むにもとても気を遣うのです」とにこさんは語る。
この状況を回避するため、計画年休の場合は看護師を手配する自治体もあるというが、やはり数は少ない。にこさん自身、こうした方法を知ったのはSNS発信を始めてからだという。
少人数だからこそ自治体を超えた横のつながりが肝に
「発信活動を通じて、養護教諭同士の横のつながりの重要性をますます感じています。現在、養護教諭は全国で約4万人。100万人いる教諭の中に占める割合は少なく、文部科学省の『働き方改革事例集』をはじめ、養護教諭に関する取り組みや記載はごくわずかです。
予算も後回しで、『誰が私たちの働き方を考えてくれるのだろう』と悲しくなります。国や自治体のスピード感で間に合わないことを、情報共有やネットワークで補うことが私の役目だと思い、日々発信を続けています」
実は、養護教諭が守っているのは児童生徒だけではない。「子どもを見守る大人たちの健康が児童生徒の健康につながる」という思いのもと、教員向けの保健だよりを作成したり、教員のメンタルヘルスケアに取り組む養護教諭も少なくない。
教員養成課程で手薄になりがちな学校保健について、現職教育として校内に啓蒙するのも役目の1つだ。現在の日本の「衛生」を整えた要素の1つには、「学校での指導を主導してきた養護教諭の先輩方もいると思う」とにこさんは語る。
「子どもと関わる仕事には、やはり特別なやりがいがあります。目に見える売上や昇進などの成果はなくても、子どもの成長を見守ることは何より尊いです。私は、まだ自分を冷静に見られる時期に『攻めの休養』として退職を選びましたが、養護教諭の仕事には『いつかまた現場に戻りたい』と思えるほどの面白さと奥深さがあります。とはいえ、今働いている皆さんもまずは自分の心と体の健康が第一。全国の養護教諭を本当に応援しています」
(文:長尾康子、編集部 田堂友香子、注記のない写真:YsPhoto / PIXTA)