急ピッチで「学びの多様化学校」をつくった訳

人口1万4061人、児童生徒数966人の大分県玖珠町に今年4月、玖珠町立学びの多様化学校が開校した。九州では初の小中一貫校(義務教育学校)の学びの多様化学校(以下:多様化学校)である。

その背景にあったのが、町内の小学校6校、中学校1校における不登校の増加だ。とくに中学校の不登校出現率は1.2%(2014年)から12%(2023年)と10倍に増えていた。これは全国平均よりも高い。

こうした現状報告が2023年1月の総合教育会議で行われると、教育委員会は7月から先進地域の事例調査を開始、多様化学校設立に向けて総合教育審議会を実施し、12月には設置条例を制定。そして、2024年3月に文部科学省の指定を受け、翌4月に開校した。

急ピッチで開校に至った理由を、玖珠町教育委員会教育長の梶原敏明氏はこう説明する。

梶原敏明(かじわら・としあき)
玖珠町教育委員会 教育長
大分県教育委員会事務局、文部省初等中等教育局財務課、大分県教育庁総務管理監、大分県教育庁人事管理監、玖珠町立玖珠中学校長、大分県教育センター所長、文部科学省「令和の日本型学校教育」を推進する地方教育行政の充実に向けた調査協力者会議委員を歴任。現在は文部科学省CSマイスター、全国コミュニティ・スクール連絡協議会九州支部長も務める

「通常の行政的なスケジュールで進めていたらできません。しかし、災害が起こった時に『予算を組んでいないからできません』『制度がないから対応できません』とはなりませんよね。それと同じです。今困っている子を、今すぐに助けなければ。子どもたちの生きる道を閉じてはいけないという一心で、着々と準備を進めました」

しかし、予算ゼロで新しい学校をつくるには、町内すべての関係者に理解してもらう必要がある。そこで教育委員会は、教育長のメッセージを町内の学校に配布した。

“不登校児童生徒への支援を考える際に、避けなければならないのが、不登校を児童生徒自身・家庭だけの問題と考えて事態を矮小化してしまうことです。不登校は決して個人の問題に留まるものではなく、パンデミックなどにより、世界規模で価値観が変容した今日において、これまでの学校教育のあり方、子ども・家庭を取り巻く社会のあり方を見直すための問題提起と捉えるべきだと思います”

この強い思いは町民にも伝わり、続々と寄付が集まってその額は870万円に達した。廃校になっていた学校を使うに当たり、無償で整備を行ってくれたのも町民だという。時間もお金も人も足りない“ないないづくし”の中、地域の支えがあったからこそ開校できたという。

「教育委員会の職員が『やろうじゃないか』と一つになってくれたのも大きかったです。ほかの学校と遜色ないようにするため、施設をどうするか、スクールバスをどうするかなど、それぞれの役割・立場で取り組んでくれました」と梶原氏は振り返る。

「イエナプラン教育」を土台に独自の学校をつくる

2024年4月1日、校長・教頭を含む10人の教員が同校に着任した。校長の小原猛氏がまず取り組んだのは、教員全員での対話だった。そこで話し合って決めたのが、「みんなが主役の学校」というコンセプトだ。「この“みんな”には児童生徒はもちろんのこと、大人も含まれています」と小原氏は話す。

小原猛(おはら・たけし)
玖珠町立学びの多様化学校 校長
5歳で両親が離婚し、別府市内の母子生活支援施設で幼少期を過ごす。大阪教育大学小学校教育(夜間)5年専攻を卒業、臨時講師の期間を経て、1997年から小学校教諭として杵築、別府両市で勤務。2006年から18年間、別府市教委などで教育行政などに携わる。2024年4月から現職

同校は今、このコンセプトを掲げ、ドイツで生まれオランダで広がったイエナプランを土台に教育内容を設計しているが、主に4つの特徴がある。

1つ目は、「ゆるやかな通学時間、しなやかな学習スタイル」だ。現在、児童生徒は町内全域から集まってくるほか、町外から通う子が3人いるが、登校時間は9時半に設定しているので無理なく登校できる。また、自習室や図書室など好きな場所で学習でき、オンラインで授業を受けてもいい。

2つ目は、「個別の学びで自分のペースで学べる」こと。教科学習は、スタディサプリなども活用して個人の進度とペースに合わせて進め、教員は個々の学習進度や課題に応じたサポートを行っている。つまずいたところまで自由にさかのぼれるし、中には地元の中学校のカリキュラムよりも先に進んでいる子や、歴史の勉強を深めるために博物館へ1人でフィールドワークに出かける子もいるという。

3つ目は、「豊かな探究活動で好きを深める」点だ。個人の興味関心を中心に取り組む「マイ探究活動」と、在籍児童生徒全員でテーマを決めて取り組む「ワールド探究活動」を実施。1学期のワールド探究では、「学校づくりプロジェクト」として校内施設のネーミングを考えてプレートを作ったほか、「夏まつりプロジェクト」として屋台や流しそうめん、学校宿泊などを行った。2学期は「校名プロジェクト」「文化祭プロジェクト」に取り組んでいる。

夏まつりプロジェクトの様子(写真左上・右上・左下)。学校づくりプロジェクト(写真右下)

そして4つ目の特徴は、「みんなでつくる学校生活」にある。現在、児童生徒は22人、校長・教頭を含む11人の教員で構成されているが、1~9年生を3学年ごとに区切って1学級とする異年齢学級を採用し、チーム担任制で複数人の教員が役割分担しながら子どもたちと向き合っている。また、行事や部活、校則など、必要なことは子どもたちが話し合って決める方針を取る。

新設教科「対話」を通じて子どもたちに変化

カリキュラムとしては、前述した個別で学ぶ教科学習や「探究(マイ探究、ワールド探究)」のほか、玖珠町の豊かな自然と触れ合ったり畑づくりをしたりする「野遊び」、子ども同士が話し合う「対話」といった独自の教科がある。下図は、1日の流れのイメージだ。

午前中は個別に合わせた教科の学び、午後は協働的な探究の学びで構成
(出所:玖珠町教育委員会資料)

とくに「対話」の大切さについて、小原氏はこう説明する。

「本校独自の新設教科である『対話』には、朝対話と夕対話があります。一般的にはホームルームのような位置付けですが、教員が一方的に事務連絡をする時間ではありません。子どもたちが輪になって対話し、自分を表現して他者との違いを認め合う力を育むのが狙いです。1学期が始まった時点では子どもたち全員が転校生の状態ですから、みんな緊張していました。しかし、朝対話や夕対話で『今日の気持ちはこう』と話すと、ほかの子が反応してコミュニケーションが生まれます。これを日々繰り返すうちに子どもたちは自分を表現できるようになってきており、対話の効果を実感しています。最近の7~9年生は人権問題など社会課題を取り上げるようになり、9年生は進路の意見交換をする姿も見られます」(小原氏)

小学部の「野遊び」の時間に学校の近くの川へ行った(写真上)。1日に2回、サークル対話を行う(写真下)

中学部は将来や進路について考える時期とも言えるが、進学指導や成績評価についてはどうだろうか。

「本校はチーム担任制が特徴ですから、中学部の教員4人がみんなで支えていきます。1人が担当者という位置付けですが、ほかの3人の教員も含めて9年生の面談を繰り返して進路を明確にしていきます。こうすることで、教員が一人で抱え込むことがなく、生徒側も話しやすい先生に相談することができます。また、本校は通常の学校にある5教科も実技教科もなくしてはいません。高校に進学しやすい体制にするため、既存教科の量を少しずつ減らす形で新設教科を作り、評定の付け方も通常の学校と同じにしています。ちなみに今、9年生全員が高校進学を希望していますね」(小原氏)

不登校の子のための学校ではなく「未来の学校」

しかし、なぜ小中一貫校なのだろうか。2023年に文部科学省の研修制度で玖珠町に派遣され、学びの多様化学校に設立から携わる玖珠町教育委員会参事の上田椋也氏はこう答えた。

上田椋也(うえだ・りょうや)
玖珠町教育委員会 参事兼教育政策アドバイザー
小・中学校の5年間を海外で過ごし、国による教育制度の違いを知り関心を持つ。大学時代にオランダでイエナプランなどのフィールド研究に取り組み、2019年に文部科学省に入省。2023年より同省の研修制度で大分県玖珠町に派遣され、中学校教員として勤務しながら、玖珠町立学びの多様化学校の設立に関わる。2024年からは同町に出向し、現職

「人口が少ない本町では、小学校か中学校かどちらかの多様化学校をつくるのではなく、どの学校段階のお子さんにもご入学いただけるように、おのずと全学年を網羅する小中一貫校になりました。中学生が小学生を支える姿も見られ、異年齢学級をはじめとする『みんなでつくる学校生活』というコンセプトとも親和性が高いと感じています」

さらに上田氏は、同校は「不登校の子のための学校」ではないと強調する。

「この学校の設立は、『教育に関わる大人の責任として、今までの学校がすべての子どもにとって安心して通える学校だったのかを考え直してみよう』という議論からスタートしました。そして明確になったのは、不登校のお子さんのための学校ではなく、すべてのお子さんにとっての未来の学校、どんな子も安心して自分らしく通える学校を目指そうということ。そのためにも『指導』ではなく『支援』という言葉を大切にしていますが、だいぶ浸透してきたと感じますし、実際に教員の皆さんが伴走的な支援を意識的に実践してくださっていると思います」(上田氏)

手探りで取り組む教員たちの支えになっている存在もある。併設する「わかくさの広場(教育支援センター)」だ。

「玖珠町では以前から各学校にスクールカウンセラーやスクールソーシャルワーカーを配置するほか、わかくさで不登校支援を行ってきました。わかくさで指導にあたるのは校長を退職した方などキャリアが豊富な方ばかり。多様化学校はこのわかくさと併設して連携しているので、多様化学校の教職員たちはわかくさの指導者の子どもとの接し方や考え方に触れられるのです。これは貴重な機会となっています」(小原氏)

「平均登校率8割」、全国から入学希望の相談も

新しい学校で子どもたちは何を感じ、どう変化しているのだろうか。

「4月当初、子どもたちはそれぞれ緊張感や不安、夢と希望を抱いていたと思いますが、表情が変わりましたね。子どもの平均登校率は約8割で、中には去年の同時期に100日以上休んでいたのに今年は欠席が0日という子も何人かいます。ある保護者の方は、お子さんが『学校に行くのが楽しい。多様化学校の先生は笑顔で楽しそうに働いている。それを見て私も学校に行けるんよ』と言っていたと教えてくれました」(小原氏)

開校したばかりだが、すでに全国から入学希望の相談が30件ほどあるという。今後について、小原氏はこう語る。

「1学期は授業の進め方1つ取っても、走りながら考えているところがあり、そこから見えた課題や成果を踏まえ、教職員は夏休みに集中して研修に取り組みました。今年度の充実と次年度以降を見据え、体制や学びをブラッシュアップしていきたいと思います」(小原氏)

今、悩んでいる子どもたちを救いたい。そんな強い思いから、走りながら学校づくりを進めてきた玖珠町立学びの多様化学校。その歴史はまだ始まったばかりだ。

(文:吉田渓、注記のない写真:玖珠町教育委会提供)