2023年度の小・中学校における長期欠席者数は49万3440人(前年度46万648人)で、 このうち不登校によるものは34万6482人(前年度29万9048人)。11年連続で増加し、過去最多を更新しました。

1000人当たりの不登校の数は、小学校で21.4人、中学校で67.1人。平均で37.2人(前年度31.7人)の児童生徒が不登校になっています。ただ、この数字は、30日間以上欠席した数をカウントしているので、不登校傾向の生徒を入れるとさらに増えることは確実です。
このような状況下、全国で設置が広がっているのが学びの多様化学校(旧不登校特例校)です。
学びの多様化学校とは、児童生徒の事情に合わせて、授業時間や学習内容を減らせるのが特徴で、2017年施行の教育機会確保法で、国や自治体による設置が努力義務とされ、2025年現在、全国に58校設置されています。

担任も生徒が選ぶ…子ども主体の学校で行われていること
その中で、2021年4月に東海地方初の公立の学びの多様化学校として開校した岐阜市立草潤中学校は、これまでの学校という枠の中で自分の才能を生かせなくて学校に行けなかった生徒、不登校を経験した1人ひとりの生徒のために、子どもが学校に合わせるのではなく、子ども主体の学校にしていく、学校らしくない学校というコンセプトで運営されています。
例えば、担任も生徒が選ぶ、個別担任制を採用。生徒の希望を聞きながら、担当の先生を決めていき、2カ月に1回見直しもできる。こうした独自の取り組みが注目され、学びの多様化学校の設立を検討する全国の自治体や教育関係者の視察が絶えない学校です。
筆者も2023年に視察に伺い、その大胆な取り組みが公立中学校で実現していることに希望を感じると同時に、こうした取り組みを特例校だけではなく、一部でも一般の学校にも広げていくことが、現状の教育の課題解決につながるのではと感じたのでした。

教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
それから2年、残念ながら不登校の児童生徒数は前述のとおりうなぎ上りです。そこで今回、草潤中の立ち上げから関わり、今でもアドバイザーを務める京都大学総合博物館准教授の塩瀬隆之氏に、現時点での評価と見えてきた課題、学びの多様化学校の教育が、それ以外の学校に広がっていくためのアイデアについて伺いました。
草潤中を立ち上げる時に、「不登校になったから仕方なく行くと思われる学校ではなく、極端に言えばわざわざ不登校になってでも行きたいって言われるくらい理想的な学校にしたい」と言われて提案したのが絵本「バーバパパのがっこう」だったと塩瀬氏。バーバパパが、勉強嫌いで学校が好きではない子どもたち1人ひとりに合った楽しい学校を作るお話だ。
子どもが持っているのは義務ではなく「学習権」。大人はその「権利」を守らなければならないという、これまでにない発想で、「すべての授業はオンラインも併用のため通学してもしなくてもOK」、「学校のどこで授業を受けてもOK」、「担任教師は生徒側の選択制」、「時間割は教師と生徒が相談しながら一緒に決める」など、学びの多様化学校の中で今できることをすべて詰め込み、学びたい時に、学びたいところで、学びたいことを学べる学校になりました。

草潤中が最も大事にしているのは、まずは学校を安心な場所にするということ。なぜなら、生徒たちは、安心できる場所を得て初めて、勉強したいとかクラス活動に関わりたいという気持ちになっていくから。とくに不登校になった生徒は、その安心が得られなかった経験を経ているからなおさらです。
実際、草潤中では開校1年目から登校率が上がっていて、学校生活に前向きになっていく生徒も増えています。以前の方法では学びに届かなかった生徒を守る1つの方法になっているようです。
どこまで生徒を見守れるか 先生が試される
ただ課題もあります。
先生は、子どもたちにとって、まずは安心できる場所があることを知ることがとても大事なのはわかっているので、勉強を強要したりはしませんが、生徒によって温度差はあります。
待つのが大事だとはいえ、まだ学びに向かう段階にない生徒への対応をどうするのか、勉強を教えるプロの先生にとって、勉強で生徒たちを支えたいという気持ちもあるので、焦りとの戦いも生まれます。また、義務教育の一条校で、3年経てば卒業していく生徒をどこまで待てるかという悩みもあります。すると、先生たちが学びの多様化学校でやっていることを信じきれなくなってしまうかもしれないと言います。
どうしたら生徒が前向きな気持ちになれるのか、これは一般の学校でも起こる葛藤です。制度だけではカバーしきれない課題だとも言えるでしょう。
不登校の児童生徒数が増加している中で、学びの多様化学校の設置は広がっていますが、それだけで事足りるわけではありません。最近は校内フリースクールを設置する動きも広がっていますが、まだまだ受け皿は足りていません。
塩瀬氏は、設立当初から「学びの多様化学校を51%にしましょう」と提案しているそうです。もちろん、それが予算的にも教員の数的にも難しいことはわかっているし、この取り組みがすべてではないことも承知の上ですが、「学びの多様化学校が過半になれば、一般の学校が特例になる」という言葉にハッとしました。
実際、不登校には数えられないけれど、不登校傾向の子どもも5年間で8万人も増えていて、中学生の約5人に1人が「不登校」また「不登校傾向」であることもわかっています。
学校という場所の当たり前を捉え直してみる。そのくらいの発想と思い切った取り組みがないと、現状は変わらないのかもしれません。
学びの多様化学校の実践を一般の学校に広げるアイデア2つ
ただ現実には難しい。それなら、ここでの取り組みが広がっていくにはどうしたらよいのでしょうか。塩瀬氏は、2つの可能性を指摘します。

京都大学総合博物館准教授
京都大学大学院工学研究科修了。機械学習による熟練技能継承支援システムの研究で工学博士。ATR 知能ロボティクス研究所客員研究員など併任。2011年7月より経済産業省産業技術政策課 課長補佐(技術戦略)。2013年7月京都大学総合博物館准教授に復職。2018年より経済産業省 産業構造審議会イノベーション小委員会委員、若手ワーキング座長、2025大阪・関西万博日本館基本構想有識者委員会座長。文部科学省中央教育審議会高校教育改革WG。岐阜市立草潤中学校をはじめ、各地で学びの多様化学校(いわゆる不登校特例校)づくりの創立時アドバイザーなど多数。著書に『問いのデザイン 創造的対話のファシリテーション』(学芸出版社、2020)、監修に『未来を変える 偉人の言葉』(新星出版社、2021)ほか
(写真:本人提供)
1つ目は、不登校の原因となっているボタンのかけ違いをかけ直せるチャンスを増やすこと。そのために自分で自分の場所を選択できるようにする。
今の学校は、大半が入学のエリアや所属するクラス、担任を選ぶことはできません。不登校の原因の多くが、たまたま出会った先生や周囲の生徒との人間関係に端を発してかけ違いが起こり、その環境が変えられないまま学校に行けなくなるケースが多い。それなら、学びの多様化学校を増やすばかりではなく選択肢を増やすことも有効です。
今、校内フリースクールを設置する動きは増えていますが、それについても、ほかの場所にいきたいなら違う学校の校内フリースクールを選択できるようにするなど、レンタル移籍のようなことができたらいいと塩瀬氏。
さらに、最近は、子どもたちに選択させようという論は増えているけれど、実は社会と大人が「学校は行かなくてはならない場所であり、将来の苦労を背負い込まないように今苦労しなさい」と子どもに迫る、脅迫的選択肢になっているところがまだまだあると続けます。
草潤中では、登校の敷居をできるだけ下げて、安心して自分が本当にやりたいことを選択できるような場を作っています。そうすることで、まず自分で選べるのだということを知り、最終的に自分で選択できる力を育み、子どもたちを社会とつなげていくことを目標に今のシステムを作ったのです。

ただ、そうした取り組みについて、社会に出たらやりたいことだけやれるわけではない、子どもたちを甘やかしているだけではないかという不安論もあります。
それについて塩瀬氏は、「本来学校は学びの要素が詰まっている場所で、うまく活用できれば自分で0から探すよりはよほど便利な場所である。また、先生は教えるプロフェッショナルとしてそこにいるのだが、学校に行くのがしんどいとか苦しいという気持ちが立ってしまって、出会う前に行けなくなってしまうのは避けたいのだ」と言います。
子どもたちの学びの権利を最優先にした究極の取り組みだと思いました。ただ時間割の選択を一般の小中学校に広げるのは簡単ではありません。そこで塩瀬氏は、「まずは昼食の場所を選択できる自由から始めてはどうか。そこから、時間割の選択につなげていけるといい」と提案します。
必ず昼食は教室で食べなくてはならいという決まりに縛られて、昼休みが苦痛で学校に行けなくなる生徒もいるでしょう。社会に出たら、そこは自由なわけですし、私立中学では、そのようにしている学校はたくさんあります。言われてみたら、確かに縛らなくてもいいことです。当たり前を疑ってみることは大切だなと思いました。
ICTの可能性と積極的な活用は活路開く鍵になるか
2つ目はICTの積極的活用です。
コロナ以降GIGAスクール構想が進み、1人1台のデバイスは配られましたが、「これまでやってきた授業をICTに置き換えようとしているだけで、十分に活用できていない」と塩瀬氏。現状の学習指導要領は教える側の都合でカリキュラムも組まれているが、1人ひとりの理解度も違えば、教科によってはその順番で学ばない方が効率よく学べるものもある。自由進度学習も以前より認知が広がっているが、本来の自由進度ではなく、実際は、同じ教室に閉じこもったまま、タブレットでドリルを進捗に合わせてやるだけに終わっていると指摘します。
「学びの多様化学校は広がってきたが、教え方の多様化はまだ増えていないかもしれない」という言葉が印象的でした。個別最適化は、今の学習指導要領の重要キーワードの1つですが、もっとICTを活用すれば、本当の意味での個別最適化が可能になります。
塩瀬氏は、年に数回、学校を訪れ現場の生徒や先生をフォローしているそうですが、その際、あえてオンラインで授業を行い、顔出ししなくてもよい、アバターで参加してもよい、家から参加してもよいという設定にして、自身もアバターで話をしてオンラインでも学びの楽しさを味わえることを伝えたそうです。
先生はどうしても教室の前に立って授業をするのが当たり前と思っているけれど、勉強の方法はほかにもあります。次の段階としては、教える側の多様化が広がれば、もっと隅々に学びが届くのかもしれません。
草潤中ではすべての授業がオンラインで配信されており、別教室や自宅から参加する場合、画面はオンでもオフでも構いません。1日に1回は先生とコミュニケーションを取れれば出席したことになります。
これについても、画面オフだと生徒がちゃんと学んでいるかどうか確認ができないという意見もありますが、「果たしてリアルの授業で本当に子どもの様子を確認ができているのか。そこに体はあっても心をオフにしている子どももいる」という塩瀬氏。
そもそも先生がICTの授業を受けたことがないので不安があるのはわかるけれど、苦手意識を持っていると楽しい授業は作れません。
しかし、IC Tを活用すれば、瞬時にそこにいる生徒の発言を可視化でき、個別最適化と協働的な学習が同時に可能です。
さらに、現実問題として過疎化が進む地方では学校の統廃合が進み、そこでの学びを保障するツールとしてICTが活用されています。もはやICTの活用を否定する理由はないと言ってもいいでしょう。大事なのは、どちらかを否定するのではなく、どちらも選択できること。むしろ、Z世代の子どもたち相手ですから、今後はやはりICTの積極的な活用が、学びの多様化を進めるうえでのキーワードになりそうです。
教員の研修はもちろん教員免許の取得や採用もICTを積極的に活用したらいいと思うと塩瀬氏。一般の企業では実際に採用試験もオンラインで行われるようになっていますから、若手の採用にはそんな工夫も必要でしょう。
最後に「不安から始まるのではなく、安心から始まる教育へシフトしてほしい」という塩瀬氏の言葉を紹介しましょう。子どもの学習権を保障するという言葉と共に、学校は何のためにあるのかもう一度問い直し、学びの多様化を進める必要があると感じた取材になりました。
(注記のない写真:中曽根氏提供)