全国で30万人近い小中学生が不登校になっており、フリースクールなど子どもたちの居場所づくりが課題になっています。もちろん居場所も大切ですが、学びの機会の確保も必要ではないか。

そんな課題を感じている中で、単なる居場所ではなく、しかも子どもたちが夢中になって学べる場所がある。しかも学校と併用しているケースもあると聞き、行ってきました。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子どもたちの笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWebまで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

今回取材した「いもいも」の共同代表・井本陽久さん(通称いもにい)は、神奈川県にある進学校の栄光学園中学高等学校で数学教師として、20年以上前から独自の幾何教授法や、思考力を重視する授業を実施。アクティブラーニング型授業の先駆者として全国から教育者が視察に訪れ、それがNHK『プロフェッショナル 仕事の流儀』にも取り上げられた経歴の持ち主です。

その傍ら2017年から思考力教室「いもいも」を主催。2019年からは「いもいも」での活動に軸足を移すために栄光学園の非常勤講師となり、今年4月から「いもいも」に専念しています。

とはいえ、「こんな教育をしたい! という思いを持って立ち上げた訳ではなく、その時々にいろいろな方が手を差し伸べてくださり、導かれてきて今がある。でもだからこそ、嘘くさいことはしない。何をせよということなのかは常に考えている」と言います。そんな井本先生が作ったいもいもとはどんな場所なのでしょう。

「いもいも」についてこのような記載があります。「学校の成績を上げることや受験での成功を目的に、ただ正解を探す勉強をするのではなく、赤ん坊が、この世に生まれ落ちた瞬間から、好奇心いっぱいに、喜びに満ちあふれたまま、まなび、考え、体を動かし、試行錯誤をし続けるように、本当に安心できる空間の中で、自分をよりどころに存分に考え、まなびを深めていく場……」(いもいもnoteより)

現在、「いもいも」には、小学校低学年から高校生までを対象とした夕方からのアフタースクールのほかに、小中学生を対象とした「いもいもデイクラス」も開講しています。

デイクラスは、不登校を選択して毎日フリースクールのように通う子もいますが、学校に行きながら、週に1〜3日通ってくる子どもたちもいます。

今回は、夕方からのアフタースクールのうち、小学校低学年の思考力教室を見学し、井本先生に話を聞きました。

子どもたちが楽しみに通い、夢中になって考える60分

開始時間前に続々と集まってきた子どもたちは、リラックスした様子でじゃれ合っていましたが、時間になるとスクリーンの前に自然に集まり授業が始まります。この日は言葉探しから。

まず、9マスにランダムに並んだ文字列から、意味のある3文字の単語を見つけるゲームです。スクリーンに映った文字をじっと眺め、思い思いに見つけた言葉を出し合う子どもたち。徐々にひらがなの数が増え、難易度が増していきますが、誰かが言葉を発見すると大盛り上がり。

小学校低学年の思考力教室

次に、「だるまさんが転んだ」をアレンジしたいす取りゲーム。声を出さずに、全員が自分の名前が書かれたいすを見つけて座れるかを試すアクティビティです。

最後は、カードに書かれた文字を、指定された助詞を使ってつないで、意味の通る文章がいくつできるかを競うワーク。全員が何か言葉を見つけようと真剣に考えます。

子どもたちが考えだした文章に「ギリセーフかな」「えーそんな言葉知らなかった」と応じる先生たち。夢中になって言葉をつなごうとする子どもたちは、終了の時間になっても「あともう1つできそう!考えさせて!」とせがみます。そんな子どもたちの姿から、考えることを心から楽しんでいる様子が伝わってきました。

カードに書かれた文字を、指定された助詞を使ってつないで、意味の通る文章がいくつできるかを競うワーク

井本先生が、最初に思考力講座を始めたときのコンセプトは、「自分で考えることがどんどん楽しくなる!」というものだったそうですが、まさに、子どもたちは考えることが楽しくてしょうがない様子で、60分間集中が途切れることはありませんでした。

できる・できないで判断すると、失敗を恐れるようになる

そんな「いもいも」の原点は、井本先生の栄光学園での体験にあります。栄光学園といえば神奈川御三家といわれるトップ校。地頭のよい子たちが集まっている学校です。

教科書に書いてあることを疑うことから始まる文化ではあったものの、生徒たちは、大学入試を突破するために、学んだことを正確に活用して答えを解けるようになることに終始せざるを得ない状況がありました。

「与えられた問題を、すでに誰かが考えた常套手段を暗記して活用して解くだけの勉強を、なんか嘘くさいと感じていた」と井本先生。

決定的だったのは、教師になって4年目から、初めて高1から3年間持ち上がりで担当した生徒たちが、高3になって傾向と対策といった本質とは程遠い学びに終始した結果、現役で東大にどんどん合格していく現実に愕然としたことだ。

井本先生は、それからは「できる・できない、理解している・していないということではなく、今考えているかどうかだけに焦点を当てて授業をすると決意しました。これは今でもまったくぶれていない」と井本先生は言います。

そこから、井本先生の授業は、自分の手持ちではどうすることもできない、解き筋のわからない問いを置き、それに対して先生の解答を出さず、生徒たちの誤答を含めた解答を教材にして、1つの問いに対してのそれぞれの解答を、みんなでシェアし合うような授業デザインに変わりました。

その理由は、「できる・できない」で評価していると、子どもたちは評価されたいために自分で考えることをしなくなるから。本来その子がどう考えているかが大事なのに、できることを目標にした途端、子どもたちは失敗を恐れて自分の考えを封じ込めるようになります。なぜなら、試行錯誤することは失敗をすることだからです。

私はこの話を聞いて、キャロル・S・ドウェック氏のマインドセットの研究を思い出しました。結果重視の声掛けが、子どもたちのやってみようという気持ちに蓋をするのです。

学べば学ぶほど自分であることがうれしくなっていく

しかし、一般的に、多くの親や教師は結果を見てできたかできなかったかで評価して、プロセスを見ようとしません。でも、実はそのプロセスこそが「学び」にほかならないのです。

「できる・できない」ではなく一人ひとりの解答までのプロセスを先生がちゃんと見ていけば、子どもたちの学びも変わる。問題が解けても、生徒たちはもっと別のやり方がないのか、別解を探すようになる。やがて、井本先生のそんな授業が評判になり、全国から見学者が絶えないカリスマ数学教師と呼ばれるようになっていきました。

そしてもう1つ。今の指導につながる経験が、児童養護施設での学習ボランティアでした。希望する生徒を連れて毎週施設に通う中で、栄光の生徒たちが勉強に苦手意識を持つ施設の子どもに、優しく丁寧に教えようとすればするほど、子どもは勉強を嫌がり距離ができていく。

それは、できないことに焦点を当てられ続けるから。この体験から井本先生は、子どもが考えようとしているプロセスにちゃんと気づいて、寄り添うだけでいい。そうすれば、子どもは、学べば学ぶほど、自分であることがどんどんうれしくなっていくという確信を持つようになりました。

思考力とは「自分の手持ちで何とかする」こと

やがて縁あって、「いもいも」の原型となる思考力教室を開催。それが口コミで広がり「いもいも」として正式にスタート。

その後、才能ある若手講師たちが次々と関わることになり、表現コミュニケーション教室や数理パズル教室などの新しい教室が生まれ、200名を超える子どもたちに通ってもらうまでに大きくなり、やがて活動は、自然の中で本質的な学びを体得する「森の教室」へと広がっていきました。

この4月から栄光学園非常勤講師を辞めて「いもいも」に専念することとなった井本先生。現在は中高時代の同級生の土屋敦氏と共に、合同会社の共同代表として「いもいも」を率いています。

そして、今回見学した授業を担当していたのが、古谷正晶さんと三戸健也さん。三戸さんは井本先生の元教え子。元々教員志望で、大学生時代から「いもいも」でアルバイトをするうちに、0から自分が面白いと思ったことを教材にして授業をつくっていくことができる喜びを実感し、大学卒業と同時に「いもいも」の社員になりました。

左から井本先生、古谷正晶さん、三戸健也さん

古谷さんは栄光学園の元同僚です。コロナ禍に、世の中がこんな状況になっているのに、カリキュラムをこなすために通常の授業をやり続けることに疑問を持ち、徐々に「いもいも」の活動にシフトし、今ではやはり社員として授業づくりを行っています。

その授業づくりに関して、古谷さんはこう言います。

「いわゆる教科書的な学習は、先人たちの知恵を学び、手持ちを増やすことが中心です。もちろん、これもとても大切なことですが、僕たちのアプローチは違います。『自分の手持ちで何とかする』ことを思考力と呼び、そんな思考力に特化した授業をしています。例えば今日の授業でも、言葉を探す中で見えていなかったものが見える瞬間がある。そのときにその子が出てくるんです。自分の手持ちで、自分の方法で、共に教室にいる仲間と影響し合いながら、本当の意味での『考える』ということを楽しむ、そんな授業づくりを考えています」

なぜ居場所ではなく「学び場」が必要か

不登校を選択した子の学びについての課題感を質問すると、次のような答えが返ってきました。

「居場所は傷ついた子が、不安を刺激されずにいられる場所です。それも大事だけれど、その子が自分を受け入れている訳ではありません。安心安全は大前提だけれど、自分の手持ちではどうにもならないこと、もやもやするものをこちらがおく。すると、何とかしなければならない状況に置かれた子どもたちは、いつの間にか無防備になって、自分をポッと外に出します。そのときに周りが関心を持つことが大事。それが学び場です」(井本先生)

学年ごとにカリキュラムを立てて、どの子にも一律の学びを提供する学校の機能にまるっきり意味がないとは思いませんが、一方で、そこに息苦しさを感じながらも毎日我慢して学校に通っている子どもたちがたくさんいることも事実です。

いもいもに通うある子どもは学校に行きたくない理由を、「学校では、先生にやりなさいって言われたこと以外やっちゃいけないから」と言っていたとか。学ぶ場所なのに、学びを通して自分を封じ込められているのです。

しかし、中には、いもいもに通うようになってから、学校も楽しくなったという子どももいるそうです。井本先生は何度も「ありのままの自分」という言葉を使っていましたが、もしかしたらありのままの自分でいられる場所があることで心のコップが満たされ、ゆとりができたからなのかもしれません。

今回、自分で考えることに熱中する時間を心から楽しんでいる子どもたちの様子を見ていて、学校の中にもそんな時間が少しでもあれば、もう少し楽しい場所になるのかもしれないなと思いました。

学校と併用しながら通うことも可能

デイクラスは、「いもいも思考力教室」「数理思考力教室」「森の教室」「原っぱ教室」があり、単体でもいいし、それらを自由に組み合わせて通うこともできます。

平日昼間のクラスなので、不登校を選択して毎日フリースクールのように通う子もいますが、「週に2日はいもいもで学び、あとの日は学校」というように、自分の興味関心に従って自由にいもいもと学校を組み合わせて自分の学びをカスタマイズするなど、新しい学び方を選択することが可能です。私は、これが新しいと思いました。

今 、東京都ではフリースクール等利用者助成支援事業を行っており、月額2万円を上限に給付を受けることができます。保護者が直接学校と話をする必要がありますが、東京都ではほとんどの場合、フリースクールやオルタナティブスクールに通うことが、学校の出席扱いになっています。学校に通いながら、週に1日から数日間、いもいものような場所に通うことで、その日その日で自由に学びの場を選択する、新しい学びの形が可能になってきているのです。

井本先生は、以前私が主催しているお母さんのための学び場でも授業をしていただいたことがあるのですが、長い間の実践を通して、子どもたちの「やってみたい!」という気持ちを育てることが教育であると確信していると言います。

私もそれが子育てで最も必要なことだと思っているので、うれしくなりました。一方で、それは子どもたちにはその力があると信じることです。これってシンプルだけれど、大人のあり方が問われます。

いもいもには大人の思考力教室もあります。この記事を読まれて共感された方は、「自分で考えることがどんどん楽しくなる授業」を体験してみてはいかがでしょうか。

(注記のない写真:すべて中曽根氏撮影)