働き方改革が、前進しているところもあるが…
先日、文部科学省が「教育委員会における学校の働き方改革のための取組状況調査」の最新結果を公表した※。昨年9月時点での各教育委員会の取り組み状況が概観できる。参考事例も紹介されており、都道府県別のデータもあるので、関心のある方はぜひチェックしてほしい。
さて、直近の状況をどう読むか。まず、勤務時間(在校等時間)の把握について見ると、ICカードやタイムカード等の記録による客観的な方法で把握している割合は、都道府県100%(前年度91.5%)、政令市100%(前年度85.0%)、市区町村85.9%(前年度71.3%)である。
タイムカード等は教育現場でも、やっと当たり前になった。平成28年度調査では、タイムカード等で把握していた自治体は、都道府県の10.6%、政令市の20.0%、市区町村の5.9%しかなかったことを思うと、ずいぶん様変わりした。
「勤務時間外における保護者や外部からの問い合わせ等に備えた留守番電話の設置やメールによる連絡対応の体制を整備している」という自治体も、直近では都道府県78.7%、政令市95.0%、市区町村48.8%である。令和元年度調査では、都道府県44.7%、政令市55.0%、市区町村24.9%だったから、ここ3年でおよそ倍増した。
おそらく多くの教育関係者の反応としては、5、6年前までは、「留守番電話なんて学校に設置していいの? できるの?」というものだったと思う。隔世の感があると言うと少し言いすぎかもしれないが、前進している。
一方で、こうした取り組みは、働き方改革なり業務改善のスタート地点付近にすぎない、ともいえる。ICカードやタイムカードによるモニタリングは、ダイエットしたい人が体重計に乗っているようなもので、それだけでやせられるわけではない。しかも、過少申告が起きている学校もあるから、体重計が狂ってしまっている(前回記事「学校のブラック化招く、教員「隠れ残業」の問題点」)。
留守番電話も、導入した学校の教職員には好評だし、ほとんどの場合、子どもたちや保護者が心配するような事態にはなっていない。だが、業務量の大幅な軽減になるわけではない。同様に、校長などからよく聞くのは、
・早く帰るように声がけをしています。
・ノー残業デーを週1日設けています(ちなみに、定時は17時ごろなのにノー残業デーでは18時以降は残らないなどとしている学校もあるのはどうかと思うが)。
・部活動の休養日を設けています。
・サポートスタッフ(補助的なスタッフ)に印刷をお願いしています。
といった取り組みで、これらも大事ではあるのだが、こうした施策のみで過労死などのリスクが高くなる長時間労働の解消にはなりづらい。
しかも、コロナ対策や1人1台端末の整備・活用に関連すること、新学習指導要領への対応などで、教職員の負荷が高まっている側面もある。「コロナで働き方改革が吹き飛んでしまった」。そう述べる教職員も少なくない。
では、どのようなことが必要なのか。メスを入れる必要があるところは多岐にわたるが、ここではとても大切な課題について解説したい。
※https://www.mext.go.jp/a_menu/shotou/uneishien/detail/1407520_00009.htm
学校の管理外のことまで、教師が担っている現実
次の表は、冒頭で紹介した文科省調査からの抜粋だが、国(中央教育審議会)の検討で「基本的には学校以外が担うべき業務」、つまり、なるべく学校ではやらないようにしたいと仕分けされた業務についてだ。
登下校時の対応を学校以外の主体(保護者、地域など)にしている市区町村は61.1%、放課後から夜間における見回りや補導対応を学校以外にしている市区町村は24.3%だ。登下校時の対応というのは、例えば、児童の交通安全のため、早朝の横断歩道で見守る活動などを指す。
登校時の対応や夜間の指導は、学校の管理外での出来事だから、本来は学校に責任は及ばないはずだ。しかも、多くの場合、教職員の勤務時間外のことである。にもかかわらず、学校の先生に対応をお願いしてきた地域も多くあったし、学校側も児童の安全確保や生徒指導の一環として受け入れてきた経緯がある。
また、この調査にはないものの、例えば「放課後、児童生徒がコンビニ近くで集まっていて、うるさい」といった地域からの苦情は、保護者にではなく、学校に寄せられることが多い。ある県では一斉休校中に教師がゲームセンターなどに見回りをしていた。
家庭で買い与えたネットゲームなどで友達とトラブルになったときも、学校の先生が仲裁するケースもある。これらは学校管理外のことなのに。
教育の世界に限った話ではないが、責任の所在をあいまいに、ファジーにしたまま物事を進めたり、関係性がこじれることをおそれて、役割分担の見直しを進めにくかったりするときは多々ある。これはこれで縦割りに陥らず、誰かが世話をするという意味ではよい側面もあるが、そうこうするうちに、上記のようなことにまで、学校、教師の役割と関与がどんどん広がっていった。
いわば過剰サービスとなっているわけだが、「学校がやって当たり前」と保護者も、地域も、また教師自身も感じてきたものを方向転換するのは、そうたやすいものではない。いくら文科省が「これは学校から外部に出していい」と言っても、ただちに、「はい、そうですね」と簡単に進む世界ではない。
似た問題は、(やはりこれも文科省調査で実態把握はなされていないが)部活動を精選、減らしていくことだ。日本の部活動はほぼ教師の無償労働で支えられているが、いったん広がったサービスの一部を縮小する、畳むというのは、生徒、保護者、卒業生、地域住民、場合によっては地方議員などの強い反対に遭い、なかなか進められない学校は多い。
必要なのは関係者の対話と合意形成
広がりすぎた学校・教師のサービスを一部は我慢していく、あるいは別の主体に代わってもらうためには、各地域、学校で、関係者としっかり話をして、合意形成を図っていくしかない。今回の文科省調査から示唆されるのは、こうした対話やコミュニケーションがまだまだできていない地域、学校も多いのではないか、ということだ。
しかも、コロナ対策でソーシャルディスタンスが求められる中、保護者や地域住民が校長などと顔を合わせる機会すら、なかなかない。これでは言い出しにくいことを言い出せるはずがない。とはいえ、学校も家庭、地域も進めていけることはあるはずだ。
例えば、中学1年生になる家庭向けに、事前の説明会を開く中学校は多い。対面でもオンラインでも構わない。あるいは入学式の後にも生徒や保護者向けにガイダンスがある。そうしたときに「本校では部活動も盛んで、〇〇部は県大会で優勝しました」といったPRをするだけでは駄目だ。その学校の教職員の勤務実態を伝えたうえで、放課後の生徒指導や部活動などのうち、一部は減らしていく必要があることを校長から話してみてはどうか。
私が校長などと話をしていてよく感じるのは、保護者のことを過剰に気にしていることだ。「こんなこと言っていいのだろうか」と変に忖度(そんたく)し、遠慮しすぎている。確かに、過去に理不尽なクレームなどがあって、疲弊してきた経験を持つ教職員にとって、防衛気味な姿勢になるのは理解できる。だが、真摯に事実と意見を伝えないで、事態が進むわけがない。
保護者や地域の側も、何か機会があれば、教職員の勤務実態や働き方が今のままでいいのかなどについて、聞いてみるといい。ここでは詳述する紙幅はないが、コミュニティ・スクール(学校運営協議会)などはそうした場になりうる。
先生が疲れたまま、あるいは睡眠不足のままでは、いい授業にはならないし、子どもたちのケアもうまくいかない。働き方改革を進めて教職員の健康を守っていくことは、学校、保護者、地域が対立する話ではないはずだ。
(注記のない写真: USSIE / PIXTA)