教員不足の問題を知り、全国約250自治体にヒアリング

今年8月にオープンした「ミツカルセンセイ」は、学校現場といわゆる“潜在教員”をマッチングする、公立校特化型の求人サイトだ。教員不足が深刻化する中、まさに公立小中学校のニーズに応えるように始まったサービスと言える。運営するのは、合同会社Quicken.代表の小谷瑞季さん。現在23歳、大阪大学法学部国際公共政策学科4年生だ。

小谷 瑞季(こたに・みずき)
合同会社Quicken.代表
大阪大学法学部国際公共政策学科に在籍しながら、教育現場・教育行政の課題がサステナブルに解決されていく社会づくりに貢献するため、2023年に合同会社Quicken.を設立。欠員のある公立小学校でのサポートスタッフや市教育委員会での長期インターンを経験。現在は、公立小・中学校に特化した潜在教員向けの講師・支援員求人サイト『ミツカルセンセイ』を運営し、自治体に提供している。過去に、経済産業省主催社会起業家アクセラプログラム『ゼロイチ』、一般財団法人Soil主催非営利スタートアップ支援プログラム『Soil 100』、taliki/京都リサーチパーク共催社会起業家支援プログラム『COM-PJ』等に採択
(写真:本人提供)

法学部で教職課程も取っていなかった小谷さんが教員不足という問題に関心を持つようになったきっかけは、2023年5月頃のこと。当時、環境問題の解決に関する活動をする中で「環境教育を広げることが重要」だと考えていた小谷さんだったが、学校や教育委員会に話を聞きに行った際、「いろいろな〇〇教育も大事だけれど、積み重なってきた現場の課題が忘れられている気がする」といった現場の本音が聞こえてきたという。その最大の課題が、教員不足だった。

なぜ教員が不足しているのかと疑問に思った小谷さんは、教職員や教育委員会の指導主事などにヒアリングを始めた。主に電話やリモートで行ったヒアリングの数は全国約250自治体に上る。依頼した自治体のうち3割ほどが応じてくれたといい、「学生の話を聞いてくれるほど、教員不足は深刻なのだと感じました」と小谷さんは話す。

さらに教育現場の課題を学ぼうと、2023年11月から出身地である奈良県生駒市の教育委員会事務局で有償ボランティアも始めた。生駒市は小中学校で講師や支援員として働きたい人を対象とした登録バンクを独自に運営(詳しくはこちらの記事を参照)している。そのサポートを行う中で、講師希望者のリアルな思いや視点に触れることができたという。

「教員不足の問題についてかなり勉強しましたが、法律や歴史的な側面も含めた根本的な理解を土台に議論をしている人は意外に少ない。課題の背景を踏まえたうえで現場のニーズを徹底的に反映した求人サイトを提供できれば、教員不足を解消できるのではと考えました」

背景に「自治体の思い込み」や「不透明な待遇条件」

教員不足の問題は私立校と公立校では事情が異なり、とくに公立校の講師登録制度に課題があると思ったため、公立校特化型の求人サイトを作ることにしたという。

「公立校は予算主義で参入が厳しい一方、私立校なら決裁権が学校にあるため比較的ビジネスが成立しやすいので、よく周りからは『まず私立校を対象に始めたほうがいい』と助言されました。しかし、ビジネス成立のために妥協するのでは、本来の課題解決にはつながらないと思いました」

では、公立校の講師登録制度には、どのような課題があると感じたのか。

「まず、自治体側の認識として『講師に関心のある人は、必ず講師登録をする』という固定観念がありました。教員採用試験の倍率が高かった時代に講師を担ったのは、その年に教員採用試験に合格できなかった方々がほとんどだったと思います。だから、募集すれば集まるという考えが根付いていたのでしょう。しかし、今は講師に関心があるのに講師登録しない人が多いという事態が起きています」

講師登録をためらう理由としては、「どこの学校で働けるのかわからない」「どのタイミングで働き始めることができるのかわからない」「いきなり常勤講師で働くのは自信がない」という3つの不安があることが、ヒアリングから見えてきたという。

公立校では、基本的に講師の募集は都道府県単位で行われ、どこの市町村に配属されるかは事前にわからない。そのうえ、欠員が出たタイミングで行政側から連絡がくるシステムなので、講師登録をしてもいつから働けるのかまったく読めないのだ。また、検討材料が提示されないという問題も大きいという。

「例えば、『数年後に常勤に戻りたいから、まずは非常勤講師として復帰したい』という子育て中の女性は多いのですが、そういう方々は自宅から通える学校なのか、拘束時間はどれくらいなのかといった条件を重視します。驚くことに、これまで自治体は、基本的にそうした待遇条件を事前に提示してこなかったのです。また、教員免許も経験もある登録者には頻繁に連絡がくるようで、断ることが精神的にきついと敬遠する人も多い。ならばほかの業界に行こうと思ってしまうのも無理はないです」

2カ月弱で300名が登録、教員免許保有者が9割

こうした一連のハードルを踏まえて開発されたのが、「ミツカルセンセイ」というわけだ。行政と求職者の情報の非対称性を解消した点が大きな特徴となっている。

公立校に特化した講師求人サイト「ミツカルセンセイ」(写真:ウェブサイト「ミツカルセンセイ」より)

求職者はミツカルセンセイに簡単なプロフィールを登録すると、公立校ごとに求人情報の有無や詳しい待遇条件をチェックできる。採用期間や勤務時間、雇用形態、社会保険など福利厚生、経験年数による常勤講師の給与相場、自治体の働き方改革の取り組み、先輩教員の声などをできる限り掲載しているという。

また、すぐに自治体に講師登録をする必要がない点も、応募のしやすさにつながっている。

「自治体の講師登録制度では最初に講師登録をする必要がありますが、求人の条件を確認してから応募し、面談を経て採用が決まったタイミングで登録するという流れにしました。これはシンプルなことですが、教育界では画期的なこと。一方、行政側にとっても、地域で教員免許を持っている人たちが可視化できるというメリットがあります」

現在、兵庫県宝塚市、奈良県磯城(しき)郡の3町(三宅町・川西町・田原本町)と計4つの自治体において無償でサービスを提供している。ミツカルセンセイを活用して学校とのマッチングを図る窓口は、各自治体の教育委員会の指導主事が担っている。

ミツカルセンセイの登録者数は、著名な教育関係者のSNSなどでのシェアも後押しとなり、サービス開始から2カ月弱で300名ほどが集まった。全国から登録があり、半数が兵庫県内、奈良県内を占めるという。

登録者は、子育てやパートナーの転勤などを理由に教職を離れていた女性など、30~40代の教員経験者が多い。また、教員免許を保有している人が9割に上る。「民間企業に就職して現場経験はないけれど、教員になるのが夢だったという人も一定数いらっしゃいます」と小谷さんは話す。

すでにサービス経由で複数の応募があり、1名が採用に至っている。今後は潜在教員に限らず、教員免許を必須としない求人も増やしていく考えだ。現状でも教員免許の保有を問わないALTの講師の求人はあるが、「スクールサポートスタッフや部活動支援員などの求人も増やして人手不足を解消したい。実は支援員から常勤講師になる人も多いので、結果的に潜在教員の掘り起こしにつながる可能性もある」と小谷さんは話す。

実績はこれからというところだが、すでに都道府県単位からの問い合わせもあるといい、来年度からは自治体と年間契約を結び、職種を保育士などにも広げ、本格的にビジネスを拡大していく方針だ。

自治体や学校のマンパワーに頼らない仕組みを

小谷さんは、実は決まっていた就職を辞退して休学し、クラウドファンディングや財団法人の寄付などで計250万円を集めてこの事業に専念している。これまでスポット的に他者の協力を得つつ、基本的にはサービスの開発・運営から自治体への提案まですべて1人で行ってきたが、「これからは仲間集めやさらなる資金調達が課題」だと考えている。サービス自体も「まだまだブラッシュアップが必要」だと小谷さんは語る。

「例えば、常勤1名の欠員を非常勤複数名で埋めるのを認める都道府県もありますが、法的には原則として常勤で埋める必要があります。そうした何らかの規制によって非常勤を自由な形で活用しにくい実態があるため常勤の募集が多いのですが、『非常勤希望者でも興味を持ってくれているなら一度話をしたい』という学校もあります。そのため、『週1~2日の非常勤なら興味がある人』などのボタンの実装や、登録者の人柄がわかるような工夫もしていきたい。そうした細かいニーズをどんどん汲み取って自治体や学校のマンパワーに頼らない仕組みをつくり、少しでも教員不足の解消ができるようがんばりたいと思います」

(文:國貞文隆、注記のない写真:逢坂憲吾撮影)