希望する塾に入れない「塾難民」という言葉も生まれるほど

首都圏中学模試センターによれば、首都圏の中学受験者数は8年連続で増加し、2022年の私立・国立中学の受験者数は、統計を取り出してから史上最高の5万1100名となりました。

これに公立中高一貫校のみの受検者数を足すと、首都圏の小学生のおよそ4.71人に1人が中学受験(受検)をしたことになります。23年も、模試の受験者数などから試算される私立・国立中学の受験者数は5万2800名とさらに増加が予測されており、受験生にとってはなかなかタフな受験となりそうです。

地方にお住まいの方にとっては、自分とは関係ない話と思われるかもしれませんが、全国に公立中高一貫校もできていることから、中学受験という選択肢を考える方もいるでしょうし、首都圏の中学入試で起こっていることが、これからの日本の教育の行方を示すことにもつながっているので、この続きをぜひ読んでいただければと思います。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

まず、なぜ今首都圏の中学受験者数が増えているのでしょうか。一つには、都心の子どもの数が増えていることがあります。とくに東京の湾岸エリアを中心に、都心部では高層マンションの建築が相次ぎ、子育て世代が多く入居しています。そうしたエリアでは子どもの教育に関心が高い人が多く、中学受験のための通塾希望者が受け入れ数を上回るため、希望する塾に入れない塾難民という言葉も生まれるほど、中学受験が過熱している地域もあります。そういう地域では、席を確保するために低学年から通塾する子どももいると聞きます。

このように書くと、中学受験は時間とお金をかけられる人だけに開かれている特殊な世界だと思われるかもしれません。確かに、難関校を目指している場合、かなり難易度の高い勉強をしないと合格できないので、夜遅くまで塾で勉強する子どもたちが大勢いるのは事実で、よりよい教育環境を得るために、睡眠時間を削ってハードな勉強をしなくてはいけないという中学入試の現状については、私も疑問を持っている一人です。

最難関校よりも中堅校の志願者が増えている理由

その一方で、子どもに少しでもいい教育環境を与えたいという親心もよくわかります。とくにコロナ禍で足踏み状態とはいえ、今年度から高校も新学習指導要領が施行され、教育が大きく変わろうとしている中、私立ではそのお手本とすべきさまざまな取り組みがすでに行われています。そうした教育内容の充実への評価が、中学受験者数の増加につながっているのではないでしょうか。

中学入試の世界では、長く、大学進学実績が翌年の応募者数に反映するといわれていて、実際、男子校を中心に前年に東京大学の合格者数が増えると翌年の応募者数が増える例があります。そのため、「なんだかんだ言っても、学校の評価軸は東大をはじめとする難関大学へどれだけ合格者を出すかだ」ともいわれてきました。

しかし、その傾向にも変化が表れているようです。最近の中学入試の特徴として、最難関校よりも中堅校の志願者が増えているのです。これは、保護者の安全指向が強くなっていて、憧れの学校にチャレンジするより、入れる学校を選ぶ傾向だという見方もされています。

確かにそういう面もあるのかもしれませんが、私は保護者の方と接していて、学校選びの軸が変わってきていることを感じています。それは、単に大学合格実績ではなく、各校の教育の中身をよく見て判断する人が増えているということです。

では、どのような学校が志願者を集めているのでしょう。下の表は、首都圏模試が9月に行った小6合判模試の志望者ランキングです。いかがでしょうか?

志望者が増加しているトップ20校を見てみると、男子の1位に挙がっている日本学園は、明治時代に創立された長い歴史を持つ男子校ですが、明治大学の系列校になって共学化することで注目が集まっています。2位の横浜創英は、元麹町中学校の工藤勇一氏が校長に就任し、「自分で考えて行動できる人の育成」をキーワードに教えない教育へシフトした結果、わずか2年で「県立高校の併願校」という位置づけから、半数が第1志望で入学する高校になり、中学も人気が出ています。

女子の1位である芝国際は、三田にある東京女子学園が共学化し、新校舎にはインターナショナルスクールが同居するまったく新しい学校として生まれ変わることで注目の的になっています。2位の実践女子学園と3位の三輪田学園は、どちらも明治から続く伝統ある女子校です。ここ数年伝統女子校の不人気がいわれていましたが、変わらぬ教育姿勢が、思春期の娘を託す場所とし再認識されてきたともいえるでしょう。

これ以外にも、いわゆる有名校ではない学校の名前が挙がっています。中には、校名変更や共学化、有名大学との提携などわかりやすい理由がないのに志望者を増やしている学校もあります。その理由はどこにあるのでしょう。もちろん教育内容はそれぞれ違いますが、傾向として、新しい学力観を反映した教育内容を打ち出している学校が志願者を増やしているようです。

新しい学力観というのは、新学習指導要領で明記されている下図の3つの力で、知識・技能だけでなく、思考力・判断力・表現力。さらに、学んだことを社会にどう生かしてくのかという学びに向かう姿勢までを含めます。

そこで注目されているのが、「探究」です。実は、私が監修協力をしているiBerryという偏差値ではない学校選びのリコメンドサービスがこの夏スタートしたのですが、そこでも保護者が、探究教育を最も重視して学校選びをしている傾向がはっきりと表れています。これは、一昔前には考えられなかったことです。

高校では、今年度から探究という名前がついた科目も始まりましたが、実際、探究をキーワードにした教育プログラムを打ち出している私立中高は増えています。こうした変化に保護者も敏感に反応し、単に有名大学の進学実績や偏差値ではなく、さらに先の社会で必要とされる力を視野に入れた教育に積極的に取り組んでいるかどうかを見極めようとしているようです。

学校推薦型選抜や総合型選抜が大学入試全体の5割を超える

さて、前述したように中学入試の動向にも影響を与えるといわれる大学入試も、変わってきています。大学入試センター試験が廃止され、大学入学共通テストになり、思考力を重視した出題にシフトしていくということは知られていますが、すでに大学入試全体の5割超が、年内入試(学校推薦型選抜・総合型選抜)になっていることをご存じでしょうか。

文部科学省の大学入学者選抜に関する資料によれば、従来型の一般入試の枠が減ってきています。国公立大学でもこうした入試枠を今後3割まで増やそうとしています。

学校推薦型選抜や総合型選抜では、高校時代の活動歴や、そこでどんな課題意識を持って物事に取り組んだのか、大学では何をしたいのかを自分の言葉でプレゼンテーションすることが求められます。つまり、従来型のペーパーテストでは測れない、物事に主体的に取り組む姿勢や、学んだことを社会にどう生かそうとしているかが測られるようになっているのです。

こうなってくると、当然中高の教育内容も変わってくるはずです。なぜなら、付け焼き刃の受験対策では太刀打ちできないからです。実際、総合型選抜を突破していく生徒は、日頃から自分の興味があることに意欲的に取り組んできたことが評価されているのです。つまり、自分は何が好きか、何がしたいか、何ができるのかを探究していくことが、将来の進路を開くことにつながっていく時代になってきたということです。

こうした動きを先取りして、首都圏の私立中学の入試では、多様化が広がってきています。私立の中学入試は、算数・国語の2科目か、理科・社会を加えた4科目入試が主流ですが、2022年には、公立中高一貫校との併願を視野に入れた適性検査型入試、自己アピール型入試、グループワーク型入試など、新タイプ入試といわれるさまざまな入試を実施する学校が150校に上り、受験者数も1万7047人と6年間で倍増しています。また小学校での英語の教科化に伴って、英語入試を行う学校も増えています。

こうした入試の多様化は、論理的思考力や創造力、表現力、協働力など、ペーパーテストでは測れない、多面的な力を持った生徒を取りたいという意思の表れです。

和洋九段女子中学校高等学校(東京都千代田区)「PBL(Problem Based Learning)入試」の様子
(写真:中曽根氏提供)

実際、私もいくつかの新タイプ入試の様子を取材したことがありますが、SDGsやAIが進化した社会など、旬のテーマを扱い、グループワークや個人でプレゼンテーションを行うユニークな入試でした。こうした入試はまだまだ募集枠も少なく、主流ではありませんが、教育改革が模索されている中、中学入試の世界も確実に変化してきているのです。

伸び伸びと自分の好きなことに取り組んできたお子さんが、低学年からの塾通いをしなくても、やってきたことを生かして中学受験にチャレンジできる。入試の概念を変えていく取り組みとしても、こうした新タイプの入試が広がっていくことは歓迎したいなと思います。

不登校の児童生徒の数が過去最多を更新し、通信制高校の進学者も増加しています。学校そのものの意味が問い直されている今、既存の中高一貫校も、それぞれの教育理念に基づきながら、新たな教育への取り組みを模索しているようです。

(注記のない写真: Fast&Slow / PIXTA)