今は卒業式の時期だけれど、4月に入ると、人事異動に対応したり、新入生を迎えたりと、学校は1年のうちで最も慌ただしくなる。そんなときだからこそ、少しでいいので準備してほしいことがある。入学式の後、保護者に何を、どう伝えるかについてだ。

教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー。主な著書に『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』『先生を、死なせない。』(ともに教育開発研究所)、『教師崩壊』『教師と学校の失敗学』(ともにPHP)、『学校をおもしろくする思考法』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)
保護者に伝えられるチャンスはめったにない
4月の入学式の後、多くの学校では保護者や生徒向けにガイダンスの時間がある。小学校であれば、新しい生活に慣れないこともあるだろうから、こんなことに注意してほしいとか、4月の時間割や持ち物など。中高であれば、評価の付け方や決まり(校則など)、学校行事、部活動の紹介など。また、校種を問わず、いじめ対応の方針や相談先などの案内をするところもある。
たしかにこうした内容も大事だと思うが、肝心のことが抜けてはいないだろうか。今回は次の3点を、校長から保護者に伝えることを提案したい。
② ここまでは学校はできるが、これ以上はできないという線引き
③ お互いに率直に、オープンに話し合っていきたいこと
というのも、この機会を逃すと、大勢の保護者に説明できる機会などほとんどない。授業参観の後の学級懇談会は、PTAの役員決めなどもあって欠席する人も多いし、そもそも仕事などで来られない保護者もいる。学校便り、校長通信などを出しても、読まない人は読まない。入学式の後は最大のチャンスなのだ。
① 子どもの安全はもちろん、教職員の健康を守ることの意味
1つ目に関連して、私は全国各地で校長や教職員、保護者向けに講演・研修などを行っているが、校長からよく聞くのが、「働き方改革と言っても、保護者にどう伝えたらよいものか……。学校は大変です、大変ですとばかりは言いにくい」といった言葉だ。
そういう遠慮があってか、入学式の後に、勤務実態や働き方改革についての話をしている校長は、それほど多くはないようだ。
「はたして、そんなこと言っている場合だろうか?」と私は思う。学校は、保護者のことを気にしすぎ、忖度しすぎではないだろうか。これまで何かとクレームや理不尽な要求に悩まされてきた方も多いだろうから、そういう気持ちになるのもわかるが。
学校が忙しすぎることは、ほとんどの保護者が報道などで聞いている。しかし、自分の学校がどのくらいかは知らない。教職員の正規の勤務時間が何時何分から何時何分までかを知っている人もおそらくごく少数だろう。
そもそも、子どもの在校時間(登校時間から下校時間まで)が、教職員の勤務時間を無視しているという問題もある。校長は、自校の勤務実態を伝えるとともに、休職・離職が増えると教員不足もあって大変なことなどを、率直に保護者に話したほうがよいと思う。
私が講演などをするときに、保護者にも、教職員にもかなり驚かれるデータがある。それは、公立小学校教諭の約4割が深刻な寝不足、不眠症と疑われるとの調査結果だ※1。
先生が寝不足で、いい授業ができるだろうか? 子どもたちの声にじっくり耳を傾けられるだろうか? また、教職員を対象とした研究ではないが、睡眠の質の低下は、上司の攻撃性の高さと関連するというメタ分析もある※2。つまり、睡眠不足だと、人はイライラしやすくなったり、怒りっぽくなったりする。教職員の場合、ともすれば閉鎖的な教室空間で、イライラしがちな先生を増やして、いいことはない。不適切指導の温床になりかねない。
こうした話をすると、ほとんどの保護者が、教職員の働き方と健康確保は他人事ではなく、わが子に影響しかねない問題であることに気づく。つまり、働き方を見直すことは、先生たちだけのためでもないし、学校都合を押し付けることでもない。子どもたちのためにも、今の状況はマズイということを共有することが大切だ。
校長先生は入学式の後でこう述べてほしい。「子どもたちの安全を守ることはもちろんですが、教職員の命、健康を守ることも、私の大切な仕事です」と。
※1 堀大介ほか「公立小学校教員の不眠症に関する業務時間分析」、『厚生の指標』第68巻第6号2021年6月。
※2 M.M. Van Veen, M. Lancel, E. Beijer et al. The association of sleep quality and aggression. Sleep Medicine Reviews 59 (2021)
② ここまでは学校はできるが、これ以上はできないという線引き
2つ目は、具体論になる。保護者が疑問に思いそうなことや、クレームに発展しかねないことについて、あらかじめ4月当初に伝えておくことをおすすめする。例えば、中学校などであれば、こんな声が保護者からよく寄せられる。
「うちの子はバレー部ですが、去年までのA先生は面倒見がよくて、技術力もあって、生徒によく慕われていました。練習試合もたびたび開催してくれました。その先生が異動して、今年顧問になったB先生は、ご家庭の事情もあるのはわかるのですが、土日は休みになることが多くなりましたし、技術的な指導もなく、応援してくださるだけです。なんとかなりませんか」
こういう疑問を保護者や生徒が感じるのはわかるが、例えば、以下のように、校長からあらかじめ説明しておいたほうがよい。
「生徒さんの希望をなるべくかなえてあげたいとは思いますが、A先生もB先生もバレー部の顧問として雇用されているわけではなく、体育科や社会科の先生としてです。なので、当然、指導力に差はでてきます。部活動については、生徒は楽しみにしているし、子どもたちの成長に資することはよく理解していますが、正規の教育課程とは別の、+αの課外活動という位置づけなので、できる人ができる範囲でしか、指導はできません。親御さんにとってのPTA役員に似た性格のものになります。
日本の中学校教員の時間外勤務時間は世界一という調査結果もあり、教員の過労死などのリスクも高くなっていますし、とくに土日は無理をさせるわけにはいきません。部活動の地域移行や地域展開といって、地域などに指導者や運営団体がいると違ってきますが、本校の実情ではすぐに地域移行できるものではありませんので、生徒にとっても、教員にとっても無理のない範囲での活動日数となりますこと、どうかご理解ください」
実際、いくつかの中学校でこうしたガイダンスを入学当初にすることで、クレームは激減したという例を聞いている。
また、小学校では、私は「保育園を思い出せ」ということを校長研修などで申し上げている。どういうことかというと、うちも保育園児がいるので実感しているのだが、保育園は時間に厳しい。1分でも迎えが遅くなると延長保育料を請求されるし、朝も何時何分からしか受け入れないときっちりしている。これが小学校に行ったとたん、ルーズになる。
また、通園途中のトラブル(ほかの園児とのケンカや交通事故)について、保育園にクレームを言う親はいるだろうか? まずいない。先生に送り届けるまでは保護者責任であることを自覚しているからだ。本来は、小学校以降も、そこは同じなはずなのに、登下校中や家庭内でのトラブルで、学校にお願いしたり、クレームを言ったりすることが増えてくる。
これは、1つには保護者や社会の理解が追い付いていないことが原因だろうが、学校側もそうした事実や線引きをあいまいにしたままで、かまい続けてきたからではないだろうか。
最近のドラマ「御上先生」(TBS)は考えさせられるシーンも多くて、とても見ごたえがあるが、高校の先生が家庭領域にも踏み込んでいく姿は、従来の学園ものとあまり変わらない。学校と家庭との役割分担や線引きはそうそう簡単なことではないし、ケースバイケースでやっていくこともあろうが、部活動の性格や登下校のことなど、これまで述べたことは共通理解できることだと思う。
③ お互いに率直に、オープンに話し合っていきたいこと
以上の①、②を述べると、保護者だって忙しいのに、学校からいろいろとお願いばかりされているように感じる人もいるかもしれない。だが、①で述べたとおり、先生たちに過重な負担をかけないことは、学校も保護者も組める話のはずだ。
今回、クレームという語をたくさん用いた。一部にそういう問題になることがあるのは事実だが、一方で、学校側に遠慮して、なかなか意見や疑問が言えない保護者も少なくない。保護者(私も中高生の保護者でもあるが)からは「自分の子どもが人質にとられているようなものなので、学校には直接なかなか言いづらい」という声も聞く。
入学式の後、校長からは次の趣旨も伝えてみてはいかがだろうか。
「今回は私の思いや学校の実情を中心にお伝えしましたが、保護者の皆様が思われたことやちょっと相談したいことも、これからはお伝えください。学級担任を通じてはもちろんですが、スマートフォンからこちらのフォームでも届くようにしています(QRコードなどを掲載しておく)。〇月〇日は校長とフリートークする茶話会のような場を設けましたので、お仕事の都合などもあろうかと思いますが、お越しいただける方はぜひご参加ください」
今の学校は生徒指導も保護者との関係のこじれも、事後対応で疲弊しがちだ。だが、本来は、事前のプロアクティブな関係づくりにもう少し力を入れたい。学校側、校長もオープンマインドに話を聞く姿勢でいたほうが、疑問や問題を小さなうちから発見しやすくなるから、深刻な問題に発展することも少なくなる。それは、子どもたちのためにもなるし、学校側の負担軽減にもなる。
こうした意味でも大切な一歩が入学式の後にある。
(注記のない写真:yukiotoko / PIXTA)