年齢:42歳
勤務先:公立中学校(音楽科)
初見で校歌の指揮・伴奏と歌唱指導を任される
高木さんは、教員になる前に「音楽科教員は楽しい」「やりがいのある仕事」と周囲から聞かされてきた。たしかに楽しく、やりがいを感じる瞬間もある。しかし、新卒で着任した中学校で直面したのは、予想外の現実だった。
「着任早々いきなり、始業式での校歌斉唱の指揮と、直後の入学式に向けた生徒への歌唱指導と伴奏を頼まれました。あまりに軽い調子で頼まれたので、とにかく驚きました。やるしかないのでやりましたが、校長先生より先にステージに上がって、私よりも校歌を知る在学生に指導するのはプレッシャーでした。『歌唱指導には何分必要ですか?』と聞かれて困り、『逆に、何分でやればいいですか?』と聞き返したことを思い出します」
新任教員がいきなり指導せざるを得ない背景には、音楽科教員が原則1校に1人という現実がある。「最近の教員不足とは関係なく、よほど大きい学校でない限り、音楽科教員は昔から各校1人です」と高木さん。そのため、音楽のことは本人のキャリアに関係なく“丸投げ”されてしまう。
問題は、音楽科教員なら、音楽に関することは何でも軽々対応できると思われることだ。高木さんはその後何度か転任を経験したが、着任後すぐの校歌指導や指揮・伴奏を事前に伝えられたことはないという。2校目以降は赴任校が決まり次第、校歌の楽譜を取り寄せ、春休み中に暗譜・暗唱できるよう猛練習するようになった。
「できれば事前に伝えてほしいですよね。とくに新任の先生は困るはず」と訴える高木さんだが、この件はまだ我慢できるという。
「どうしても納得できないのが部活動です。音楽科教員というだけで、問答無用で吹奏楽部の顧問にさせられ、しかも必ず主顧問です。文化庁のガイドライン(※)のおかげで、練習時間は減らすことができて助かりましたが、それでもかなりきついです」
※2018年12月に文化庁が策定した「文化部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」。1日の活動時間は平日2時間程度、休日3時間程度とし、週に2日以上の休養日を設けることを推奨している。スポーツ庁が策定した「運動部活動の在り方に関する総合的なガイドライン」も、活動時間については同様の基準を設けている。
主顧問の辞退を申し出ただけで、教員評価が低下
2019年に文部科学省の中央教育審議会がまとめた働き方改革の答申では、「学校の業務だが、必ずしも教師が担う必要のない業務」の1つに部活動が取り上げられている。教員は、部活動の顧問をしなければならないわけではない。
顧問はあくまで教員が自発的に引き受けた業務とされているわけだが、高木さんは「実質強制されている」と受け止めている。
「正直、私は吹奏楽が嫌いです。ですが、いくら拒否しても押し切られてきました。とくにひどかったのは、育休から復帰したときです。ちょうど親の介護も始まり、部活動の主顧問をすれば日常生活に支障をきたすことは目に見えていました。そこで校長に、『申し訳ないですが、今年は辞退させてほしい』と申し出たところ、ものすごい剣幕で罵倒されたんです」
いわく、「音楽科でもないほかの先生に押しつけるのか」「チームで働くという意味が理解できないのか。自分のことだけ考えていては、復帰しても嫌われるぞ」、「みんな子育ても介護も頑張っている。家庭の事情を仕事に持ち込むのは甘えだ」……。
ひどい言葉を次から次へ畳みかけられ、挙げ句の果てに「主顧問ができないなら、進路指導主事をやってもらう」と持ちかけられた。進路指導主事は、中学3年生の進路指導の責任者だ。あまりに責任が重いうえ、進路指導の中心として教職員の統制や指導・助言、高校からの窓口対応もしなければならず、激務とされる役割だ。
「脅しだろうとは思いましたが、怒りに任せて本当に配置させられるのではないかという恐怖が先立ちました。いざ家庭の事情で進路指導が不十分になれば、生徒たちに対して取り返しがつきません。結果、吹奏楽部の主顧問を引き受けるしかありませんでした」
音楽科教員であるがために、部活動の主顧問を当然のように押しつけられ、大切にしたかった子育てや介護に妥協を強いられ、不当な罵倒まで受ける。屈辱の大きさに、思わず涙がこぼれたと振り返る高木さんだが、話はそこで終わらなかった。その年の教員の定期評価で、過去に一度もなかったC評価を受けたのだ。自治体によって評価基準は異なるが、当時の勤務校の自治体では、C評価は「求められる基準に足りない」という意味。昇給の対象外になる可能性もある。
「理由は、『チームで働くという意識が低い』というものでした。主顧問をめぐるやりとりが影響していることは明らかです。最終的に主顧問を引き受けたにもかかわらず、『ごねた』という事実でこうした評価をつけられたのです。しかし私は、勤務時間内で教員がすべき業務は、むしろ進んで取り組んでいました。特別支援学級で免許外の教科を教えたり、不登校の生徒を対象にした適応指導教室も担当していました。授業など、勤務時間内の本業への指摘で評価が下がるのは甘んじて受け入れますが、勤務時間外の業務への姿勢で低評価を受けることには納得できません」
とはいえ前述のように、一度引き受けてしまえば「自発的な取り組み」とみなされる。平たくいえば「好きでやっていること」なので、子育てや介護など家庭の事情との調整は自分の責任でやれ、ということだ。「理不尽です」と短く言い切った高木さんの言葉には、やるせなさがにじむ。
顧問を辞められるなら「罰金を払ってもいい」
高木さんは、「教員間の負担が平等ではない」ことにも違和感があるという。
「音楽科教員は、吹奏楽部の顧問を任されるだけでなく、必ず主顧問にされるんです。音楽の指導だけで済めばまだいいですが、練習計画の立案から会計業務、生徒間のトラブルや親とのコミュニケーションなど、とにかく時間がとられます」
副顧問も一応いるが、部活動にはめったに出てこない。土曜の練習日、高木さんに大切な用事ができたため1日だけ代理をお願いしたが、プライベートを優先されたという。
「それが『推しのライブ』だったと知って脱力しました。副顧問は新採用の先生なので、校長や教頭も非常に気を遣っているんです。たしかに今は教員不足で、とくに若手の先生は少ないので大切にしようというのはわかります。でも本音を言えば、すごく不公平だと思うのです。私を含め、40代の教員は新任のときからずっと負担が重かったのに、今でも若手の先生の分まで負担を負わなければいけません」
2023年12月に文部科学省が発表した調査では、精神疾患で休職した教員が2年連続で過去最多を更新している。「私の勤務校でも何人も休職している先生がいて、頑張れる教員の負担が増している」と高木さんは明かす。
「そうした影響で校務分掌が増え、授業準備や採点にかける時間が削られます。もうベテランなので、短時間の準備でも授業自体はできますが、しっかり資料を作れば生徒の理解が深まったかもしれないのに、と感じることが増えました。もっと手厚い授業ができていれば、成績をもう一段階上げられたであろう生徒を見ると、本当に申し訳ない気持ちになります」
そうは言いつつ、高木さんは教員間の負担が違ったとしても、教員として取り組まなくてはならない業務は受け入れると話す。我慢ならないのは、勤務時間外で「担う必要がない」にもかかわらず、優先的に取り組まざるを得ない部活動の存在だと力を込める。
「顧問を一切望んでいなくても、自ら選んだ体で全責任を負わざるを得ないことが本当に納得できません。『手当が出ればよいのに』と考える先生も多いようですが、私にとってはお金の問題でもありません。罰金を払ってでも部活動の顧問を免除してほしい、それくらいに部活動が嫌いです」
部活動の顧問に費やす時間を、本来やるべき授業準備や採点にあてたい。それができない現状は本末転倒であり、「部活動は学校から切り離して、地域のクラブでやればよい」と高木さんは主張する。
吹奏楽部の独特な体制に耐えきれない音楽科教員も
「生徒からしても、私のように後ろ向きで専門性のない教員に片手間で指導されるより、専門家にきちんと指導してもらうほうが幸せでしょう。吹奏楽は、音楽界の中でも独自の進化を遂げた分野です。クラシック音楽を学んできた教員には対応しきれず、精神疾患を発症して休職する音楽科教員も少なくありません」
吹奏楽特有の音の出し方や処理の仕方、楽譜の読み方に対して音楽的な違和感を受けてしまい、耐えきれず心身のバランスを崩してしまう教員もいるそうだ。それに加え、吹奏楽部は「自主練習」という名目で早朝から夜遅くまで長時間活動する学校も珍しくない。
「とくに管楽器は部活動で初めて触れる生徒が多く、当然ながら、練習すれば練習するほど上達します。そのため、長時間練習を強いるスパルタな顧問ほど、大会で結果を出して感謝されたり、親の支持を得たりするのです。結果を収めれば、校長や他の学校の顧問からも一目置かれる存在になれます」
長時間の拘束だけでなく、会場まで楽器をトラックで運んだり、大会前に講師を呼んだりホール練習をしたりと、なにかと費用もかかる。それでも、結果が出れば部員も親も乗り気になり、過剰な練習量や費用に問題意識を抱かなくなるのだ。高木さんが、とある勤務校の吹奏楽部で文化庁のガイドラインに沿った部活動運営をしたところ、前任の顧問を慕う部員や親、さらには校長から大ブーイングを受けたという。
もちろん、やればやるほど上達できるのは大きな魅力だし、吹奏楽を素晴らしい音楽と評する人も大勢いる。しかし、それは果たして、多大な負担を強いてまで部活動で行わなければならないことなのだろうか。そして、教員が、本業とプライベートを圧迫してまで勤務時間外に指導すべきことなのだろうか。音楽を愛している高木さんに、「吹奏楽は大嫌い」と言わしめるほど教員を追い詰めているという現状を踏まえたうえで、考えたいところだ。
(文:高橋秀和、写真:Mio.N / PIXTA)
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