投稿者:石井京子(仮名)
年齢:40代
居住地:関東
勤務先:保育園(私立認可保育園)

「保護者対応がキツい」一部の理不尽なクレームが心を削る

保育士ばかりが隅に追いやられている現状では、もっと現場がキツくなる――

「教員のリアル」体験談募集フォームに寄せられたこの「現状」を知るべく、私立認可保育園で主任保育士を務める石井さんに取材を申し込んだ。しかし当日、「園児がケガをしたため、保護者の仕事帰りまで待たなければならない」との連絡が入る。すでに、捨て身で働く保育士の日常の片鱗が見えた。

「自分で衣服の裾を踏んでつまずき、顎から転んでしまったんです。出血があったので急いで病院に連れていきました。幸い傷は残らず、保護者にもご理解いただけましたが、担任の保育士はものすごく落ち込んでいました」

たとえマンツーマンで目の前で見守っていても、一瞬のつまずきに対応できないことはあるだろう。保育士だけに落ち度があるとはいえない。しかし、保護者は「ちゃんと見ていたのか?」という疑念の目を向けてくる。

「子どもの安全が1番であるはずなのに、どうしても、保護者にビクビクしてしまうんです。『朝は大丈夫だったのに』と言われないよう、お預かりの時は入念に傷や発疹をチェックします。何時何分にどんな順番で対応をしたか細かく知りたがる方もいるので、そうした報告もできるように意識もしています。『なぜ見ていなかった』と言われることはあっても、『なぜしっかり見ることができないのか』を考えてもらえることはありません」

石井さんは主任保育士として、保護者対応をしながら保育士のフォローもしている。保護者に強く責められ、自分を追い込んでしまう保育士は少なくない。特に、モンスターペアレントと呼ばれるような保護者にあたると、そのダメージは大きいという。

「ほとんどの保護者は、話せばご理解いただけます。理不尽な要求やクレームをしてくる保護者は1割程度でしょうか。しかし、その1割が強烈すぎるのです。キャリアの長い私でさえ、正直保護者の対応はキツいものです。若い保育士は特に気をつけてフォローしたり、職員間の対話をできるだけ密にしたり、ICTを導入するなど負担軽減の工夫はしています。でも一度心が折れてしまうと、どうしても復活できない人もいるんです。そのまま退職して保育からも離れる人もいて……守りきれなかったという思いは消えません」

SNSは利用禁止、食事は必ず個室でプライベートも隣町へ

2022年に「不適切保育」が相次いで明らかになり、国が初めて実態調査を行うなど、大きな問題となった点も逆風となっている。

「明らかに保護者の目が変わりました。私たちもミーティングでは『いつ誰が聞いているかわからないので、言葉を選んで話しましょう』と申し合わせをしています。いくら良い保育をしていても、言葉ひとつで信頼が失われてしまいますから」

石井さんの保育園は今まで不適切保育の指摘を受けたことはなく、クレームには都度対応し、自主的に配置基準を上回る人員配置を行うなど、手厚い保育を実践している。特段評価はされないが、それでも当然、有事の際には批判の矢面に立つ事になる。

構造的な問題もある。認可保育園は、公立も私立も自治体の認可を受けており、自治体の計画に則って運営しなくてはならない。そのことを知る保護者は、役所へ直接クレームを寄せるのだ。不適切保育がクローズアップされて以降、専用相談窓口を設ける自治体が増えていることも拍車をかけている。

「まさか、という保護者が役所へ連絡していることもあります。役所から『こんな電話が入りましたけど、実際はいかがですか』と連絡が入り驚いたこともありました」

つねに緊張状態にさらされている状況で、保育園側も自衛の策を講じている。

「職員のSNSは禁止していて、食事に行くときはなるべく個室にします。さらに、外で園の話題は絶対に出しません。完全なプライベートでも、あえて隣町まで出たりしていますが、若い保育士はやはり息苦しそうですね。それでも、不思議と保護者に出会ってしまうことが多く、『ミニスカートを履いて彼氏と手をつないで歩いていた』などと保護者間で話題になることもあります。他の園では、髪の毛の色やプライベートでの服装まで細かく制限するところがあるそうですが、そうしたくなる気持ちもわかります」

(画像:ロストコーナー / PIXTA)

「お昼寝時間」にミーティングや事務作業を詰め込む

給料が全産業平均よりも低いのも課題だ。2023年3月に厚生労働省が公表した「令和4年賃金構造基本統計調査」によれば、一般労働者の平均月給は31万1800円。保育士の平均は26万6800円と4万5000円の格差がある。

「以前、著名人が『保育士なんて誰でもできるから、給料が低くても当然』と発言しました。確かに、1つ1つの仕事は誰にでもできるのかもしれません。でも、子どもたちからずっと目を離すことなく、年齢や月齢に応じて異なる注意点に配慮し続けるのは簡単ではないと思っています」

保育士は、「子どもと遊ぶだけの仕事では」「一緒にお昼寝しているんでしょう」などと言われることも多いというが、実態はまったく異なる。また、幼稚園と保育園でもその様子は異なるという。

「過去働いていた幼稚園では、園児を14時過ぎに帰していたので、職員のミーティングや事務作業も落ち着いてできました。しかし、保育園は7時〜19時までずっと子どもたちがいます。休憩時間を回すのも難しく、お昼寝(午睡)の時間に交代で休むしかありません。その間は配置基準の最低人数しかいなくなるので、『今だけは地震が起きないように』といつも念じています」

特に、0歳児や1歳児、2歳児の保育は簡単ではない。月齢によって発達状況に大きな差が出るからだ。

「国が決めている配置基準は、0歳児で園児3人に対して保育士1人、1~2歳児は園児6人に対して保育士1人ですが、子どもたちをちゃんと見るにはまったく足りません。うちでは配置基準以上の人員を採用していて、1~2歳児では園児8人に対して4人を配置していますが、それでも決して十分ではありません。例えばお昼寝時は窒息を防ぐため、0歳児は5分に1回、1~2歳児は10分に1回呼吸確認をしますから、『一緒にお昼寝』などできるはずもありません。呼吸確認をしながらも、園児が起きている時間にはできない、ミーティングや連絡帳・日誌への記入などをこなしており、お昼寝の時間こそ忙しいのです。しかし、寝られない子や、途中で起きてしまう子がいればそうした仕事もできません」

(画像: HIME&HINA / PIXTA)

保育の実態を無視した「健診」ルールの弊害

政府は、2023年4月に発表した「異次元の少子化対策」のたたき台で、保育士を手厚く配置した施設に運営費を加算して支給する方式の導入を検討しているが、保育士の配置基準が変わるのは1歳児(園児5人に対して保育士1人)と4~5歳児(園児25人に対して保育士1人)のみ。保育士の絶対数を考慮して割り出した数字だろうが、保育の実態に即していないのは明白だ。こうした“実態無視”のルールがほかにも存在すると石井さんは指摘する。

「年2回義務付けられている健康診断は、当日園児が休むと後日、保護者ではなく園が病院まで連れていかなければならないのです。外出時は、園児が1人でも保育士が2人つかなければならず、園の体制が手薄になってしまいます。うちは人員に少し余裕をもたせているのでなんとか回していますが、それでも保育士の急な欠勤があれば対応できないので、綱渡り状態です。保護者へ前々から何度もお知らせはするのですが、必ず休む人はいるんですよね。一度思い切って、自治体の担当者に『どうしても園が連れていかなければダメですか』と聞きましたが、『国で決められているので』の一言で取り合ってもらえませんでした。配置基準ももちろんですが、手厚い保育を難しくするようなルールも見直してほしい」

それでも保育士を続けるのは、「子どもたちが本当にかわいいから。保護者からなんと言われようと、子どもたち1つ1つの言動にはかわいいがあふれていて、こんなに素敵な職業はないです」と語る石井さん。だからこそ、十分な保育を阻害する配置基準や、実態が理解されていない現在の状況には我慢ができないと力を込める。

どこかに「不適切保育」が存在するのは事実だが、大半の保育士が、石井さんのように日々奮闘していることも事実。「少しでも理解が広がってより良い未来につながってほしい」という声をどう受け止め、子どもたちをどう守っていくか、社会全体に問われている。

(文:高橋秀和、注記のない写真:mits / PIXTA)

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