過去最低の低倍率をどう見るか
2023年度に実施された教員採用試験の倍率が過去最低を更新したことが、文科省調査でわかった。小学校は2.2倍、中学校は4.0倍、高校は4.3倍(いずれも全国合計値)で各校種とも過去最低、中でも小学校が低い。
こう「過去最低」という表現を繰り返すと、ただでさえ、ネガティブな報道の多い教育関係者は、さらに元気をなくしてしまうかもしれない。
だが、企業経営者等なら共感される人も多いのではないかと思うが、若年人口が減少し、この人手不足の中で、採用予定者数の2~4倍もの受験者がいることは、「ありがたいことじゃないか、贅沢な悩みだな」という見方もできる。
また、低倍率と聞くと、すぐに「教師の質が低下する」と騒ぐ人がいて、「倍率が3倍を切ると、質が心配」などと述べる識者もいるが、管見のかぎり、これは科学的根拠のない印象論だ。いまや「学校は忙しい、先生の仕事は大変」というイメージは、大勢の学生がもっている。教員免許を取るにも相当な努力を要する(小中高のいずれかの一種免許状の場合、67単位の取得が必要)。
そんな中、教員になろうとチャレンジする学生は、志気が高く、ある意味では質の高い人材である可能性もある。いずれにせよ、質うんぬんの話の評価は難しいものの、少し冷静になって捉える必要がある。
文科省調査の欠点、注意点
多くの報道が、文科省「令和6年度(令和5年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況について」でまとめられているとおり、全国合計値での倍率が過去最低うんぬんと報じているが、注意が必要だ。ここでは3点指摘する。
第1に、今回の発表は2023年度実施のものであり、1年近く古い。直近の2024年実施の結果ではない。教員採用の雑誌やサイトでは、2024年実施の状況がすでに出ている。採用者数は確定できないかもしれないが、採用予定者数で倍率を出すことは可能だ。
第2に、倍率の全国合計値にはあまり意味がない。採用試験を実施するのは都道府県・政令市等だが、自治体ごとに相当違うからだ。次の表のとおり、2023年度実施の状況でも、小学校でいうと1.2や1.3倍というところもあれば、5.3倍(高知県)、7.5倍(鳥取県)などもある。
第3に、試験日程がかぶらない限り、併願できるので、受験者数の一部は重複カウントされている。文科省調査でいう倍率とは、受験者数÷採用者数だが、分子の受験者数は「かさ上げ」された数字なのだ。
先ほど高倍率と述べた高知県や鳥取県は、よそよりも試験日が早いので、「お試し受験」「腕試し」的な人も多く、内定辞退者が続出しているとの報道もある。1.5倍などの自治体でも実質的には1倍に近いところもあると推測される。つまり、高倍率な自治体も安心できないし、低倍率な自治体では、本命受験者がどのくらいかによって話は変わってくる。
地方議会などで「うちの自治体は低倍率で心配だ、なんとかしろ」という批判が教育委員会に向けられると、教育委員会としては、試験日を早めるなどして見かけの倍率を高めようとするところも出てくる。だが、これでは根本解決にはなっていない。併願者の分を勘案した数字は、文科省も自治体も誰ももっていないらしく、実態はわからない。
低倍率や受験者減少は何に影響するか
では、「実質的な採用倍率(本命受験者÷採用者)」が低い場合には、どんな問題、悪影響があるだろうか。
まず、事実確認が難しいので推測を含むが、教員として不安な人材も採用せざるを得ない可能性がある。前述のとおり、「低倍率=質の低下」と断定することはできない。とはいえ、併願者もかなり含まれている中で、低倍率の自治体では、かつては不合格にしていたような人も合格にせざるを得ない、「全入時代だ」と述べる関係者もいる。
さらに、教員不足、欠員がさらに悪化する可能性が高い。というのも、ほとんどの自治体では、教員採用試験に不合格だった人に、非正規雇用の講師職(常勤講師や非常勤講師)になってもらって、学級担任や授業をしてもらっている。
倍率が低いということは、不合格者も少ないということだし、これまで講師をしてくれていた人が正規教員として登用されることが増えているということなので、講師バンクは枯渇する。実際、全国公立学校教頭会の調査や全日本教職員組合(全教)の調査でも、ここ数年の教員不足は深刻化していることがわかっている。
これら2点とも、子どもたちへの教育やケアに直結してくる問題だ。知識や指導力に大きな不安を抱える先生がいては子どもに悪影響だろうし、欠員が生じては、教科の専門外の先生に教わる事態なども起きている。
ただし、上記のうち1点目については、即戦力を期待する考え方と運用を変えていく必要があるように、私は思う。誰だって、初任の1年目からバリバリやれるわけではなく、何らかの不安材料は抱えている。
企業などで、新卒を4月最初から現場配属して、重要顧客に1人でプレゼンさせているところは稀だろう。だが、学校現場は、4月から即、学級担任や教科指導を1人でこなす(初任者の指導役は付くとはいえ)。
今後どうしていくのか
ここ2、3年、文科省は各教育委員会に対して、民間との競争を意識して、教員採用試験の日程を従来より早めるよう働きかけている。
標準日を決めているものの(2024年は6月16日)、拘束力はないし、よそよりも早めに実施したいと考える自治体もあるし、準備などの関係から早めるのが難しいという自治体もあって、日程はばらけている(近隣同士は日程を合わせていることはある)。
民間企業の中には、6月以前に内々定を出すところもあることを考えると、多少の前倒しで、どこまで意味があるのか疑問だ。
私も参加している「#教員不足をなくそう緊急アクション」は1月8日、文科省や教育委員会に対する政策提言書を提出した。教員不足をはじめとする学校現場の窮状には複雑な問題が絡み合っているので、ひとつやふたつの政策でなんとかなるものでもない。そのため、提案は5つの柱をベースにした。
柱1の養成・採用の抜本改善の1つとして、私たちが提案したのは「教員採用試験の全国共同実施」だ。以下、簡単にポイントを述べる。
1次試験は教職教養や専門教養について安易なカットはせず、全国共通化する(作問、採点を共同実施)。一部の自治体では、1次試験で教職教養などをカットしているところもあるが、知識不足で不適切指導につながってはいけない(そもそも大学等での単位認定の妥当性が問われる問題ではあるが)。
また、現状では、採用を実施する各都道府県、各政令市等で独自に作問している(アウトソーシングしている自治体もあるらしい)が、教員に必要な基礎的な知識等として、各自治体の独自性はそれほどない。
大学入試の共通テストのように、同日、同内容で実施したほうが、良問の作成にもつながりやすいし、自治体の負担軽減にもなりやすいと思う。何より、受験者にとっても、1回のテストで済む利便性は高い。
2次試験(面接、模擬授業等)は志望先の自治体主体で行うが、受験者の利便性等に配慮し、オンラインの活用や複数の主要都市での実施なども進める。面接はオンライン実施でもよいだろうし、自己PRをあらかじめ動画作成してもらうことなどもあってもよいと思う。
そして、次が重要だが、各自治体の採用予定者数を満たすまで、2次試験は複数自治体受験可能とする。つまり、志望順に受験し、複数自治体合格はないようにする。
例えば、現状では、九州・沖縄の各県・政令市は一次試験日程を同日にしている。だが、福岡市が第一希望だが、福岡県または佐賀県なら赴任してもいいと思う受験者はかなりいるのではないか。
この場合、今だと福岡市と遠方の別の自治体は併願できるが、福岡県と佐賀県は受験できない。福岡市と遠方の自治体から不合格通知をもらって、非正規の「講師に登録しませんか?」と言われる状況である。
ならば、民間やほかの公務員にということになるケースもおそらく少なくない。それよりも2次募集または3次募集などで、福岡県か佐賀県をチャレンジできたほうがよい。
各自治体で減少している若者などを奪い合っている場合だろうか。多少試験日程を早めて、見かけ上の倍率を確保している場合だろうか。いよいよ各自治体が協力していくときにきていると思う。
(注記のない写真:タカス / PIXTA)