投稿者:清水美恵子(仮名)
年齢:59歳
勤務先:公立小学校

市販の履歴書で登録可能、採用試験に受からない事実

「学力と指導力が圧倒的に不足している臨任が増えていることに、強い危機感を抱いています」

厳しい口調で打ち明けるのは、神奈川県で小学校教員をしている清水さん。現在は学級担任を若手に譲り、数学の専科教員と教育相談コーディネーターを担当している。保護者や同僚の教員の相談に乗る、いわゆるカウンセラーのような立場だ。

有名国立大学卒業後、小学校教員一筋だった清水さんは、定年を目前にして「臨時的任用教員(以下、臨任)」のリアルを知ってほしいと、使命感に駆られて応募したという。

臨任は正規教員の妊娠出産休暇や育児休業の取得、病気休職などで欠員が生じた際に、教育委員会の判断により、期間限定の代替人材として雇用される。学級担任を担当することもあり、仕事内容は正規教員と変わらないケースも多い。

臨任の多くは、「教員免許を有しているが、採用試験に合格していない人物」が、都道府県や指定都市教育委員会などに登録し、雇用されている。民間企業であれば、資格やスキル、これまでのキャリアなど、職務遂行能力をはかるデータも登録されるものだが、そうした項目はないという。申込書類は「市販の履歴書1通」のみという都道府県もある。「教育委員会は精査の手を抜いているのではないか」と清水さんは疑問視している。

正規教員と臨任の待遇の違いを問題視する声もある。臨任の給与水準の低さや、不安定な雇用は看過できないが、その一方で清水さんは「現在の競争率の観点で言えば、採用試験に受からないことに問題があるのではないか」と首をかしげる。

「ライフスタイルの関係であえて臨任を選択している人もいますが、実際は教員採用試験に受からなくて正規教員になれないため、臨任を続けている人も少なくありません。ただ、私の時代に比べると、採用試験もかなり軟化しています。そもそも正規教員は慢性的な人手不足であり、採用試験の競争倍率は決して高くありません。それなのに受からないということは、基礎的な学力が低いのではないかと疑問を持ってしまいます」

「1年生は字が少なくて楽」指導書の意図をつかめない臨任

清水さんが具体例として挙げるのは、低学年の国語を教える臨任のAさんだ。1年生の国語の教科書冒頭は文字が少なく、ほとんどが絵で構成されている。その意図は、担任が読む指導書にしっかりと書かれている。しかし、Aさんは指導書を読んでいないのか、手抜きのような授業をしているのだという。

「本来は、絵を見て『この子は何をしているんだろう?』と投げかけて子どもたちの発想を引き出す時間で、1日1〜2ページしか進まない内容です。しかしAさんは『文字がなくてすごく簡単でした』と目的とかけ離れた授業をして、どんどん進めてしまいます。Aさんは文章を読むことが嫌いらしく、指導書を読みたがらず、読んでも内容を理解できないようなんです」

Aさんのような臨任を他にも見てきたという清水さん。明らかに指導力が足りない臨任には、他の教員同士で時間の空いているときに授業を見に行き、手助けをしてきたという。

「放課後にベテランの教員が、『本当はこうするんだよ』とフォローに時間を費やすことが多々ありました。もちろんそうした教員ばかりではありませんが、人手不足を補うために登用された臨任が、かえって現場の負担を増やしている状況。これはどうしても無視できません」

民間企業であれば採用段階でふるいにかけたり、職務を遂行できないと判断されたりした場合、異動などの手段をとるもの。それがかなわないのは、臨任雇用の構造的な問題や教育現場の窮状が要因だと清水さんは語る。

「本当に厳しい人は噂が出回るため、校長の判断で受け入れを拒否することもできます。しかし、今は人手が足りません。臨任の数を確保することが優先され、問題がある人物でも受け入れざるをえない状況です。私の夫は民間企業で働いているので、『能力が足りない人は採用しなければいい』と気楽に言いますが、現在の教育現場ではそう簡単にはいきません。どういう人かわからないまま入ってこられるのは、正直怖いんです」

人の不幸を願うつもりはない。しかし、明らかに適性のない臨任に出会うたびに、「早く雇用期間を終えてほしい。そして万が一にも採用試験に合格することがありませんように……」と願わずにはいられないと清水さんは打ち明ける。

「引け目」があるのかベテランの助言にも腹を立てる

念のため強調するが、清水さんは臨任を真っ向から否定しているわけではない。実際、優れた指導力を持つ臨任もいたという。

しかし、他のクラスと比較して学力が劣後しているクラスや、生徒同士のいざこざが絶えないクラスなど、「おかしいな」と引っかかるクラスは、臨任が担任を務めていることが多かったという。

また、指導力に問題のある臨任に限って学ぶ姿勢や謙虚さに欠けるため、清水さんをはじめ周囲の教員も、腫れ物にさわるような扱いになってしまうのだとか。声をかけるだけで、「問題なくできていますけど」「どうして自分にだけ厳しく当たるんですか」と腹を立てるので、ベテラン教員も心が折れてしまう。根拠のない批判はしたくないと前置きしつつも、「教員採用試験に受かっていない“引け目”がそうさせるのでは」と考えてしまう。

もちろん、これらは臨任に限ったリスクではないし、繰り返しになるが、すべての臨任にあてはまるわけでは当然ない。しかし清水さん自身、定年後に臨任として働くことも検討しているため、「ひとくくりにされたくない」という気持ちもある。

「今の状況は、子どもの教育の機会均等の観点からも、望ましいとは言えないはずです。情報感度の高い親御さんや、経済的に余裕のある親御さんは、私立小学校に通わせることもできるかもしれません。しかしそれが続けば、社会的格差がますます広がるばかりです」

教員免許の乱発や手薄な研修に感じる疑問

清水さんが考えている解決策は、大きく4つだ。1つ目は、教員免許を安易に取らせすぎないこと。弁護士や医師のように、職務遂行能力を確認する試験を通過した人だけに免許を発行すれば、最低ラインは保てるはずだという。

2つ目は、臨任の人事権を持つ教育委員会が、臨任の経歴や評価を可視化できるようにすることだ。清水さんの小学校には、民間企業時代に“子どもとの距離感が不適切”であることを理由に、懲戒免職になった臨任がいた。実際に清水さんは、その人物が、自分のクラスを放って、“仲の良い女子児童”とばかり休み時間に遊ぶ姿をよく見かけたという。不穏な雰囲気を察知したというが、「なにも起きないことを願うばかりだった」と無力感をにじませる。

こうした情報は自治体を越えては共有されないため、万が一“子どもとの距離感が不適切”な人物が臨任をしていても、フィルタリングは難しい。たとえ現在の学校で雇用期間が切れても、また別の自治体で何事もなく雇用されるだろう。「せめて雇用する学校側には、臨任の人物像の情報共有が必要」と訴える。

3つ目は、そもそも教員免許を発行できる機関や大学を絞ること。上記のような試験を実施できないのであれば、その前段階でラインを引くということだ。

4つ目は、臨任向けの研修制度やフォロー体制を手厚くすること。教員採用試験を通過した新人教員は、事前に初任者研修を受けているが、清水さんの小学校では臨任向けの研修はない。将来的には、初任者が学級担任になる場合は2人体制を敷くという話も浮上しているが、臨任には適用されないことが予想される。

とはいえ結局、どれも現実的ではないと悲観する清水さん。仮に実現したとしても、根本的な解決にはならないだろうとため息をつく。

「教員免許を持ちやすくしているのも、臨任が必要なのも、結局は教員の仕事に人気がないからにほかなりません。私は、子どもの成長を間近で支え、能力を引き出す教員の仕事にやりがいを感じています。働きやすい職場づくりはもちろんのこと、教員の魅力をもっと発信していくことが重要なのではないかと思っています」

教員の雇用形態別内訳人数

文部科学省の調査によると、全国の公立小学校の臨任の割合は約11%(2022年)となっており、年々増加傾向にある。はたして、清水さんの不安がなくなる日はくるのだろうか。

(文:末吉陽子、注記のない写真:Natural box Photo / PIXTA)

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