サントリーでも一芸に秀でた面白い人材を採っていきたい

――人口減少、少子化が進む中で、現在の経済規模を維持するために日本の教育はどう変わるべきだとお考えでしょうか。

私は、子どもたちが小中学校のころから自分の好きなもの、得意なものに傾注できる、それが勉強の楽しみになっていくべきだと考えています。一芸に秀でるといわれるように、子どもたちが好きなものに熱中できる環境をつくっていく。それを支える仕組みとして、子どもたちの人格を支える人間性、道徳を育んでいくことも欠かせません。

その意味では、例えばボーディングスクール(寮制学校)のようなところで学ぶ機会があってもいいのかもしれません。“同じ釜の飯を食う”といった共同生活の機会を与え、子どもたちに人と協力して何かをやらせてみる。そんな人との交わりの中で、自立への芽生えをもたらしてくれるような体験をさせたほうがいいと考えています。

――子どもたちの好きなものを伸ばし、それと同時に人間性を高めていく教育が必要だということですね。

そうです。これからサントリーでも、一芸に秀でた面白い人材を採っていきたいと考えています。また何よりも大事な自然の摂理についても、大都市ばかりにいては真に理解することはできません。実際に地域に赴いて山や川など自然と触れ合うことも必要でしょう。私たちの事業においても「水」は非常に重要なものであり、自然の摂理を知るうえでも「水」の大切さを知ることは欠かせないことです。

この水の大切さを子どもたちに伝えるために、自然体験プログラム「森と水の学校」、小学校に当社講師が出向いて行う「出張授業」という2つの「水育」プログラムを2004年から行っており、今まで約19万人に受講いただきました。この取り組みは、国内に限らず、タイ、ベトナム、インドネシアでも展開しています。

サントリーホールディングス 代表取締役社長 新浪剛史

また、多様性を養うという意味では、日本人だけでなく、アジアなどさまざまな国々の子どもたちと学べるような教育も、これから積極的に進めるべきだと考えています。そのためには、資金面を支える企業の寄付や社会的な基金も必要でしょう。これからは教育分野にもっと投資を行って、周囲が教育を支えていく仕組みをつくることが大切だと考えています。

 現代史こそ、今の海外情勢を知るうえで最も必要

――経済界から見たとき、小中高校の教育に対する要望はありますか。

これからは日本語以外に英語や中国語など、もう1つの言語を習得することも大切になってきます。そして、高校を卒業するまでに自分が好きなものを見つけ、もし一芸に秀でる才能があるのならば、大学に行かずとも専門学校などを経て海外留学してもいい。そのための仕組みづくりや資金支援は国が担っていく。そうした中から、修士号、博士号を取得する人が出てきてほしいと考えています。

科学やエンジニアリング、または経営学の分野は圧倒的にアメリカのほうが進んでいます。これからデジタル化時代に進むことを考えれば、日本という国の国際競争力を高めるうえでも、世界を視野に人材を育成していくことは大事なことだと考えています。

――こうした人材を育成するために、現状の教育を底上げするには何が必要でしょうか。

教育のキャリアパスを拡大していくためにも、その基本となる義務教育の部分を変革すべきだと思います。とくに今、教育格差の拡大が大きな問題となっています。実際、都心においても、小学校の段階から教育格差が顕在化しています。まずはこの事実をきちんと認識しなければなりません。

そして、教育格差を縮小するためにもオンライン教育をもっと拡大すべきです。オンラインであれば地方でも、例えば海外の大学の先生の話を聞いて議論することができる。第一線で活躍する大学教授や経営者から教科書に載っていないような話を聞いて、自分もああなりたい、こうなりたいと子どもたちが将来を思い描けるような機会をもっとつくるべきです。

こうしたオンライン教育を活用するには、先生がモデレーターとしての役割を果たすことも重要です。先生自身がわからないから教えられないのではなく、もっと胸襟を開いて自分も学んでみようといった姿勢を持つことです。先生たちの可能性を高め、子どもたちの知見を広くさせるためにも、先生自身がモデレーターやインストラクターの役割を果たすことが大切だと考えています。

さらに言えば、自分の望む教育を享受できない子どもたちを支援することも欠かせません。教育格差によって自分の運命が決まってしまうことがないようにしなければならない。そのためにも義務教育はコミュニティー全体で対応すべきです。

教育格差によって自分の運命が決まってしまうことがないよう義務教育はコミュニティー全体で対応すべき

企業もコミュニティーの一員です。地域のコミュニティーで豊かな人材が育つことは企業にとっても大きなメリットになります。どんなコミュニティーをつくっていくのか。今は若い世代を中心に教育支援活動を行っている人たちも増えています。国と企業が一緒になって教育系のNPO、NGOを支えるなどの手をもっと打っていくべきだと思います。

――新浪社長はアメリカ留学の経験がありますが、日本の教育のいい点、悪い点についてはどうお考えですか。

日本の基礎学力は海外と比べても高いと思います。しかし、その一方で世界との接点をもっと増やすことも必要でしょう。世界の中でも、日本人は好かれていますし、海外の人も日本に興味を持っています。その意味でも、日本のことが語れるように、もっと歴史や文化などを勉強すべきだと思います。

歴史の勉強では、現代史を分けて勉強すべきだと考えています。現代史こそ、今の海外情勢を知るうえで最も必要なものであり、中高の段階から授業数を増やして勉強してほしいのです。ちなみに私は、もともと物理や数学など理系科目が得意だったのですが、歴史がとても好きになって文系に転向した人間です。高校のころは歴史学者になりたくて、文学部に入りたいと考えたこともあります。

社会人になれば歴史の重要性はますます増していきます。なぜ人間は同じ失敗を犯すのか。なぜ戦争を起こすのか。歴史はビジネスやマネジメントにも生きてくるものです。ちなみに名著として知られる『失敗の本質―日本軍の組織論的研究』は私の愛読書の1冊となっています。歴史はリーダーを育てるためのものでもあります。これから日本を支える人材を育成するうえでも、歴史の勉強は欠かせないと考えています。

アメリカには貧しい家庭で育っても社会ではい上がれるルートがある

――日本とアメリカの人材育成の違いについては、どうお考えですか。

アメリカを見ていてすばらしいと思うのは、大学入学時に教育資金を支える多くの奨学金制度があることです。貧しい家庭で育っても社会ではい上がれるルートがある。そして、実際にはい上がって成功した人がまた奨学金として資金を提供してくれる仕組みがある。確かにアメリカは格差社会であり、実際に貧富の格差は大きいのですが、貧しくとも能力のある人を上に引き上げるセーフティーネットがあるのです。それを支えているのが寄付です。日本でも公の社会保障だけでなく、民間の力を生かすためにどうすればいいのか考えるべきだと思います。

――アクティブラーニングなどを取り入れた新学習指導要領など、現在の教育改革をどのように見ていらっしゃいますか。

勉強ができる子はいいのですが、そうでない子をどのようにサポートしていくのか。そこには配慮が必要でしょう。また、先生たちも書類提出など業務の負荷が大きいと聞いています。その点、子どもたちにもっと寄り添う時間を割けるように、業務のデジタル化を図るなど効率化を進めるべきです。そのためにも、もっと民間の知恵を使ったほうがいいと思います。

小中学校の児童・生徒に1人1台の端末を整備するGIGAスクール構想についても、私は構想段階から関わってきましたが、大事なのはハードではなく、教育を推進するソフトです。端末を配って終わりではありません。確かにこれから多くの問題が出てくるかもしれませんが、一つひとつ解決していく姿勢が欠かせません。オンライン教育は地域間の教育格差を縮小するための手段の1つです。世界的にデジタル化が進む中、日本が教育を改革するうえでオンライン教育は必要不可欠なものです。いかによき未来をつくれるのか。一芸に秀でる才能を育てる仕組みができるのか。現状ではクエスチョンです。まさにオンライン教育の真価がこれから問われています。

私は、先生たちが子どもたちを教育現場で指導していく、そのご苦労をもっと世間の方々に発信してもいいのではないかと思っています。先生たちの思いがもっと世間の方々に伝われば、協力したい人も出てくるはずです。どのようにすれば教育を前進させることができるのか、どう今まで以上によい教育が実現できるのか。将来の日本を支えるのは教育です。その重要性を皆で共有し、コミュニティーなどさまざまな場を通じて協力し合っていくことが必要だと考えています。

新浪剛史(にいなみ・たけし)
サントリーホールディングス 代表取締役社長 1981年三菱商事入社。91年ハーバード・ビジネススクール修了、MBA取得。2002年ローソン代表取締役社長CEO。14年より現職。経済財政諮問会議議員、経済同友会副代表幹事など歴任

 (撮影:今井康一)