家族だけで幸せになることが無理な時代

「保育×DX」で保育現場を変革しようとしているユニファ。現在、乳幼児の見守りサービスや検温などを行う「ルクミー」ほか、登降園管理や保育者ケアのICTサービス「キッズリー」を中心に事業展開している。派遣スタッフを含め従業員数は約200人、東京都と名古屋を拠点に全国展開を図るなどサービス導入数はすでに1万件超と右肩上がりで成長しており、保育ICT業界におけるリーディングカンパニーとして注目されている。

そんな同社のパーパス(存在意義)は「家族の幸せを生み出す あたらしい社会インフラを世界中で創り出す」というもの。創業者である土岐泰之氏は、このビジョンにどのようにたどり着き、起業するに至ったのだろうか。

土岐氏は1980年生まれ。大学卒業後、総合商社や外資系戦略コンサルティングファームなどで働いていたが、その間、日本で子育てをすることがいかに大変かという現実に直面した。

ユニファ代表取締役CEOの土岐泰之氏

「私の仕事の拠点は東京、妻は愛知県豊田市。妻の産休中は東京で一緒に過ごせましたが、彼女が復職して私が単身赴任となると、家族として暮らしていくのは難しいと感じました。そこで私がキャリアを捨てて会社を辞め、豊田市へ引っ越したのです。その後2人目の子どもにも恵まれましたが、夫婦共働きでの子育ては本当にしんどかった。私がほぼ主夫を担っていた時期もありました。

今の時代、家族の幸せを家族だけで実現することは無理です。子育てを通じて、さまざまな手助けをしてくれるサービスや施設などを点と線でつながないとやっていけないことを痛感した経験から、家族を幸せにする新たな社会インフラをつくろうと思い起業しました」

保育士の仕事の多さに衝撃

まず目をつけたのは、家族内のコミュニケーションを活性化する写真だ。当時はスマホが普及し始めていたが、保育園では子どもたちの活動を保育士が写真に撮り、壁貼りして保護者に販売するアナログの手法をとる園が多かった。

「スマホ撮影で自動アップロードできる形にしてオンライン販売すれば保育者の仕事は効率化でき、AIの顔認識機能で検索しやすくすれば保護者も写真選びが快適になるのでは」と思った土岐氏は、2013年に保育園向けデジタル写真販売サービスを始めた。

しかし、しだいに保育士が写真撮影どころではなく、多くの仕事を抱えていることに気づく。大変なのは「家族」だけではなかった。家族を支える保育士の仕事は、乳幼児の午睡(昼寝)チェックや検温、日誌やカリキュラムの作成、保護者対応など幅広いことを知り衝撃を受けた。

とくに優先度が高いと感じたのが、午睡中の事故を防ぐための午睡チェックだ。保育士はつねに気を張っており、5分ごとに体の向きを確認し、矢印を手書きで記録する作業も現場の大きな負担となっていた。

みぞおち付近に付いている白く丸い機器が体動センサー(左)。手書き作業が自動に(右)
(写真はユニファ提供)
非接触で検温してすぐにデータ化できる体温計は、新型コロナ禍で好評 (写真はユニファ提供)

そこで土岐氏は、園児の衣類に取り付けるだけでうつぶせ寝の自動検知や体の向きを自動検知する体動センサーを開発、アプリで自動記録できるようにした。これがヘルスケア事業の始まりだ。現在「ルクミー」は、この午睡チェックや前述のフォトサービスのほか、検温・記録が数秒でできる「体温計」、保育士の「シフト管理」、保護者向けの「バス位置情報」と、サービスを広げている。

保育園や幼稚園は全国に約5万以上あるが、新規開拓のハードルが高い業界だという。同社は、民間保育園最大手のJPホールディングスに売り込むところから始め、児童出版大手のフレーベル館と代理店契約を結び、彼らの営業網を活用することで「ルクミー」の全国展開を進めていった。

そんな中、連絡帳や登降園管理サービス「キッズリー」と出合う。もともとはリクルートマーケティングパートナーズのサービスだったが、キッズリーの販売代理店でもあったフレーベル館を通じ、19年に同事業を買収することに。こうして、ユニファは保育現場の業務全般をサポートできる体制を整えたのである。

キッズリーは「登降園管理」や指導計画などを作成する「帳票管理」、保護者とコミュニケーションを取る「連絡帳」といったサービスをそろえている
(写真はユニファ提供)

ICT導入で約140時間削減を実現

同社は、こうした自社のサービスを通じて、「保育士不足」という深刻な社会課題の解決を目指している。保育士不足の主な要因は、長時間労働など業務負担が大きいため、なり手がいないこと。18年の経済協力開発機構(OECD)の調査によれば、日本の保育士の勤務時間は諸外国と比較して最長の週50.4時間。保育士自身が社会からの評価が低いと感じている度合いも調査国の中で最も高くなっている。

保育士の待遇改善が急務であるだけでなく、保育士に選ばれる保育園をつくっていかなければ、保育園そのものも立ち行かなくなる構造になってしまっているのだ。

「保育園経営を安定させるためには、建物などのハードではなく、保育者の負担を減らすためのソフトにもっと投資すべきです。保育者の時間と心にゆとりができれば、もっと子どもたちや保護者と向き合えるようになり、よりプロフェッショナルな教育者も増えていくでしょう。そこから仕事のやりがいも生まれてくるはずです。

ICTはそのゆとりの創出に貢献します。実際、私たちのサービスをすべて導入している『スマート保育園』のモデル園(11施設)では、1カ月当たり約140時間を削減した園や、NECの感情分析ソリューションを使用した実証実験では、午睡チェック中の保育者のストレスが減ったというバイタルデータが得られた園もあります」

また、現状、保育士は勤務時間内に子どもと離れてほかの業務を行う「ノンコンタクトタイム」がほとんどないといわれているが、モデル園全体で40分以上のノンコンタクトタイムが取れている保育士が増加しているというデータ結果も出ているという。

時間ができたことでより深い保育の振り返りが可能になり、保育士が「仕事が楽しい」と感じるようになったというデータも蓄積されつつある。こうした成果から、保育の振り返りを促進するICT活用研修を強化するほか、幼稚園でもモデル園をつくる予定だという。

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ユニファのサービスをすべて導入した「スマート保育園」のイメージ
(図はユニファ提供)

データ活用で「教育の質の向上」を

ICTの導入はこうした業務の効率化とともに、保育データを蓄積して「保育の質の見える化」ができるというメリットもある。土岐氏は、保育データの活用によって子どもの健康状態の変化に気づきやすくなるだけでなく、教育面においても新たな可能性が広がると語る。

「私たちは0歳児から子どもたちの発達や成長のデータを蓄積する立場にあります。とくに子どもの興味関心に関するデータは教育の根源に当たる部分。そうしたデータは就学以降のカリキュラムづくりやGIGAスクール構想下の教育に接続すべきと考えています。具体的には、0歳児からの成長の軌跡を大量の写真や動画、先生のコメントによって誰もがわかる形に整え、小学校に引き継ぐ『要録』を変えていきたい。

そういった考えもあり、現在、幼稚園と小学校を一気通貫で教育する施設とも連携し、データ蓄積に基づいた教育をつくっていくプロジェクトも始めています。子どもの興味関心を時系列で蓄積していけば、次の興味関心も予測できる。ゆくゆくは顔認識機能で『あの子とこの子は仲がよい』といったこともわかるようになるでしょう。子どもの発達や成長が可視化されることで、1人ひとりに合った教育の質の向上や、教育現場のよりよい環境整備も可能になるはずです」

同社のサービスは今、保育園、幼稚園、認定こども園、学童へと広がり、自治体との連携も増えている。例えば、福岡市とは、保育園児の毎日の活動を写真付きで記録する実証実験に取り組んでいる。保育士同士の対話や振り返りに役立て、その情報を保護者とも共有して共に子どもの育ちを考えていくという狙いだ。これも「保育の質の見える化」である。

「私たちのサービスが社会インフラとして機能するためには、保育施設と保護者、自治体、保育関連ビジネスと関係者すべてをつなげてエコシステムを確立する必要があります。子どもに関わる大人がチームになるためのデータ基盤をつくることで子育ての負荷を分散させ、保育者の働き方改革や地位向上だけでなく女性活躍や出生率といった課題解決にも貢献していきたい。

それが最終的に『愛されて見守られて育つ』という子どもたちの権利を守ることになり、教育格差是正にもつながると思うのです。将来的には、そういった子どもの権利を保障できるような社会インフラを世界中でつくっていきたいと考えています」

土岐泰之(とき・やすゆき)
1980年生まれ。九州大学経済学部卒業。2003年住友商事に入社し、リテール・ネット領域におけるスタートアップへの投資および事業開発支援に従事。その後、外資系戦略コンサルティングファームのローランド・ベルガー、日系コンサルティングファームのデロイトトーマツにて、経営戦略・組織戦略の策定および実行支援に関与。2児の父としての育児経験を基に、13年5月ユニファ設立、代表取締役CEO就任。全世界から1万社以上が参加した第1回スタートアップ・ワールドカップ(17年)優勝

(注記のない写真は今井康一撮影)