千代田区立麹町中学校で公教育でも大胆な改革が可能なことを示した工藤勇一氏が、高校教育も併せた学校教育改革を実現する舞台として選んだのが横浜創英中学・高等学校だった。

まず改革の担い手である教員の意識改革と働き方改革から始め、4年間でその下地をつくり、本丸のカリキュラム改革にも挑んできたが、この3月末でその役を退くことに。

そんな工藤氏のもとで改革を支え、カリキュラム構築を行ってきた本間朋弘氏が、2024年4月から校長に就任した。今回は、本間新校長(以下、本間氏)に、4年間の学校改革の足跡と、いよいよ2025年から本格的に始動する具体的な新カリキュラムの内容、そして工藤氏からバトンを引き継ぐ決意を聞いた。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

「18歳の頂点学力の構築」から脱却し、社会とつながる教育に転換

もともと公立高校入学希望者の受け皿という立ち位置の学校だった横浜創英高等学校。本間氏が11年前、県立トップ高校から移動した当初、本間氏に与えられたミッションは「横浜創英の進学体制を構築する」ということでした。つまり大学進学実績を上げるということです。

本間氏は、講習や模試対策などを進めた結果、進学実績は大幅に上がったが、数年前から違和感を覚えていたと言います。それが4年前に工藤氏が校長に就任し、確信に変わりました。

本間朋弘(ほんま・ともひろ)
横浜創英中学・高等学校 校長
早稲田大学教育学部卒業後、神奈川県の公立高校に29年間在職し、最後の9年間は神奈川県立柏陽高校、横浜翠嵐高校の学力進学重点校で進学体制の構築に励む。2013年から横浜創英に移り、進学体制を構築するとともに学校改革を推進。工藤勇一氏の校長就任後は共に改革を進めてきた
(写真:本間氏提供)

「自分がそれまでの教員生活で行ってきたのは、『18歳の頂点学力』の構築でした。希望する大学に合格するということは、生徒にとって夢の実現だから、それを支える責任を学校は負っている。しかし、大学進学のための学力育成ばかりに重きを置いて、自分が教えた生徒が大学に入ってどうなっているのか、 社会で活躍しているのか、そういったことにほとんど関心を持ってこなかったことに気づいたのです」(本間氏)

確かに、日本の子どもたちは高校卒業時の学力はトップレベルだが、大学に入ってから勉強をしなくなり、海外に抜かれるといわれています。それは大学受験をゴールにした今の教育システムの結果だとすれば、その構造を変えなければ、日本は大きく変わる時代の波に飲み込まれて衰退していくだけでしょう。

「昭和や平成の初めであれば、受験勉強を頑張って一流大学に入り、定年まで一流企業で働く選択は合理的であったかもしれません。しかし、年功序列社会が崩壊し、定年まで1つの企業で勤めることが困難な時代になっています。近い将来、今ある企業の多くは形を変えていくでしょう。自分の強みやとがりを生かして起業をし、転職を繰り返す時代では、多様な仕事に転化できるスキルとマインドを身に付けることが不可欠です。

人口が多い時代であれば、儲かっている企業の真似をしていればよかった。でも、今の時代は真似事ではなく、人が誰もやっていないことを考え、実行する力がないと社会を生き抜くことはできません。社会に出てから人は、自分の弱みではなく強みで勝負していかなければなりません。生徒自身が自分の強みやとがりがどこにあるのか。それをこの横浜創英で発見できるカリキュラムを、現場の先生方と一緒に構築してきました」(本間氏)

学校改革を進めるために、最初に手をつけたのが教員の働き方改革

学校改革の本丸は学び方の改革です。しかし、改革を進めるには、教員のマインドを変えていく必要がありました。そのために、工藤氏が示す最上位の目的を教員全員に徹底することはもちろんのこと、まず工藤氏とともに取り組んだのが、教員の時間にゆとりをつくることでした。

具体的には、教員の完全週休2日制を徹底し、全員出勤日以外はシフト制に。土曜日は授業や部活があるため、午後の部活は勤務時間に組み込み、日曜に部活で出勤すれば、必ず代休を取ることとしました。勤務終了時間は16時30分。ひと月の残業が労基法に触れる45時間を超えないように、勤怠管理のシステムも導入しました。

また職員会議の無駄を洗い出し、伝達事項はすべて資料で共有し、新しい提案や話し合いが必要な案件だけを会議にかけることにしました。これによって毎月2時間かけていた職員会議が15分で終わるようになったのです。さらに、委員会や分掌も大幅に削減しました。

ちょうどコロナの緊急事態宣言下だったこともあり、授業のオンライン化が急速に定着し、それによって生まれた余白の時間の価値を教員自身が感じたということも後押ししたのでしょう。わずか1年で、働き方改革を進めることができたのです。

こうした改革の結果、今では18時には職員室に残っている教員はいません。しかも、働き方改革を進めたところ、いない職員のフォローをし合うなど、互いを支え合う穏やかな空気が自然と醸成されていったそうです。

世間では、教員の激務が問題となっていますが、本間氏自身も、それまでは職務に追われて、学校以外の世界を知る機会がなかなか持てなかったそうです。しかし、先生が社会とつながっていなかったら、生徒を社会とつなげることなど不可能です。

「自分自身も時間の余裕ができたことで、長い教員人生で初めて学校以外の世界の人たちともつながるようになり、世界が広がった」と本間氏。

学校が生徒の未来の希望を作る場所であるためには、教員も希望に満ちていなくてはなりません。組織的な働き方改革は、それ自体が目的ではなく教育改革を進めるための手段だと力説します。

いよいよ本丸の教育課程に手をつける

工藤前校長のリーダーシップもあり、この4年間で、かなりドラスティックに学校改革を進めてきたように見受けられますが、それでもまだ教科学力中心で、学びの転換を軸にしたものになっていないようです。

「日本の中等教育で連綿と続いてきた大学受験をゴールにした広く浅い教育から脱却して、自分の強みやとがりを、この創英で発見できるカリキュラムを作らなくてはならない」という工藤氏からの投げかけは構想が大きすぎて、簡単には「できる」と言えなかったという本間氏。

それでも考えれば光は見えるはずと、工藤氏が教育改革に手をつけた年に入学した生徒が高校1年生になる2025年度に向けて、ミドルエイジを中心とした学び方改革PT (12名)を立ち上げ、学習指導要領を読み解きながらいよいよ本丸の教育課程に手をつけていったのです。改革の柱は次の3つでした。

1. 教育課程そのものを編成しなおす
2. 高校1年生から自由選択制の大幅な拡大
3. 学年制を柔軟に運用した授業形態

新しい教育課程の理念は、1.画一的な教育から脱却して個を軸とした学びへの転換、2.社会とつながる実学を軸とした学びへの転換、3.課題解決力をつけるための探究型を軸とした学びへの転換の3つです。

まず、2025年度から2期制に移行すると同時に、カリキュラムも大幅に改訂し、自由選択の枠を拡大します。2期制を取っている学校はたくさんありますが、多くの学校では、単位認定は通年になっています。しかし、これでは履修科目は膨れるばかり。そこで、半期ごとに単位を認定することにしました。

これによってカリキュラムの大幅な圧縮が可能になります。例えば、必履修単位の数学Ⅰは高1の前期で終えられるようになるので、数学を取りたくない生徒は、それ以降数学は取らなくていいし、逆に高1の後期から数Ⅱを学ぶことも可能になります。

歴史も通常は全史を学ぶために11単位が必要とされていますが、横浜創英では前期に必履修単位の歴史総合を学び、2学期は古代史と明治史を置き、明治史を取る生徒は、学校ではそれ以前の通史を学ばないという選択をしたとみなします。代わりに生徒は自分の学びたい教科を履修して学ぶことができます。

生徒や保護者からは「学ぶ内容が浅くならないのか」「大学受験に対応できるのか」という不安が出てきそうですが、何から何まで学校で教えなくてはいけないことはない。それよりも、生徒が主体的に学ぶ時間や、社会とつながりながら学習をする時間に回したほうがいいというのが、横浜創英の考え方。

これからの学校は、社会で活躍する準備の場所に変わっていかなくてはならない。本間氏も、18歳の頂点学力の先を見てこなかったという自らの反省もこめて、社会で必要な経験の場を学校がどれだけカリキュラムに落とし込めるかを重要視したと言います。

「前述の通り、社会は大きく変わってきており、大学受験もすでに総合型選抜などの年内入試が5割を超えています。2040年には大学受験者人口も現在の63万5000人から50万人に減ると言われており、そうなったら現在の大学の4割がつぶれる時代がやってきます。大学も生き残りをかけて、年内入試を今後ますます増やしていくでしょう。その時に、問われるのが、これまで何をしてきたか、これから何をしていきたいのかを自分の言葉で語れる力です。だから与えられるのを待つのではなく、自ら取りに行く力を育てる必要があるのです」(本間氏)

余白の時間を増やし、学校外で学ぶことも推奨

そもそも学習指導要領に示されている最低修得単位は74単位ですが、多くの学校が110単位ほどを定めています。横浜創英では卒業認定を74単位とし、圧縮して生まれる余白の時間を自由選択の時間とし、学校外で学ぶことも可能にしていきます。

「横浜創英が考えている教育を私なりの言葉で表現すれば、『学校に軸を置きながら、生徒たちを社会に解き放す』ということです」(本間氏)

そこで積極的に増やしているのが、大学との連携です。昨年までに筑波大学はじめ7大学と提携し、大学の講義や提供するプログラムに参加することで、単位も認定されます。

また、学年を超えた探究型の授業を増やしており、2022年から高校で始まった合教科型のコラボレーションウィークという取り組みもその1つ。ミッションを与えて解決方法を見つけさせる手法で、学びの中心は子どもです。

異学年の生徒がグループを結成し、生徒をできるだけ知り合いのいないアウェイの環境に置くことで、コミュニケーション能力や自走する力も育つのです。さらに通常の授業形態も教師が教えるスタイルから、生徒が学び方を選択するスタイルに移行しています。すでに中学の英語の授業では、

① 教師が教える部屋
② 生徒同士で学び合う部屋
③ 個で学ぶ部屋(教材は生徒が自由に選択)
④ ベルリッツやセブ島のオンライン英会話プログラム、マイクラ英語版など企業のプログラムを使って学ぶ部屋
⑤ 学ばない部屋(横浜創英では、生徒の学ばない権利も認めているけれど、他人の学びを妨害することは認めていないので、学びたくない生徒は⑤の部屋で過ごします)

の5つの教室に分けて実施していますが、最終的には⑤の部屋で過ごす生徒はほぼいなくなったとか。これも生徒の当事者意識を育んだ結果なのでしょう。

未来を見据えた学校改革 いよいよ本気度が問われる

高大連携を進めているのは、在学中から大学の探究型授業に参加することで、大学生と一緒に社会課題を解決するスキルを得るため。大学で履修した単位を認めて、その単位数が一定数あれば、学校に来る時間を削っても卒業を認める。

大幅な自由選択制の導入を進めているのは、一斉に学ぶカリキュラムから個が選択するカリキュラムへ転換するため。学校で学んだことは、自身で意義づけをすれば役に立つことはたくさんあると思いますが、ムダで邪魔なものも多い。ムダなことに費やす時間を減らして、社会とつながるための時間を増やす。

教務基準を変更して、留年の制度を実質なくしたのは、自らが社会とどうつながっていくのか、そのことを考える時間とゆとりを作るため。学校に行かないというのは逃げているわけではなく、生き方をゆっくり模索しているだけ。大人が待ってあげればいい。学校で学び直してもいいし、学校以外の素敵な場所が社会に見つかったら飛びこめばよい。

校則を実質ゼロにしたのは、社会で認められていることは学校でも認める。それは、学校運営の権限を生徒の主体に移譲することで、建設的な社会を構築する将来のスキルにつなげるため。
出所:本間氏のfacebookの投稿より

 

4年経った今、高校は第一志望の生徒が増え、一般入試の併願確約での募集を中止。中学の受験者数も増えています。そんな状況での突然のトップ交代は、少なからず波紋を呼んでいますが、「学校改革の方向は変わらない」と本間氏は強調します。これからは、これまで実行部隊として横浜創英の教育改革を支えてきた本間新校長と山本副校長のツートップ体制で、具体化していくフェーズに入るということでしょうか。

山本崇雄(やまもと・たかお)
横浜創英中学・高等学校 副校長、日本パブリックリレーションズ学会理事長
都立中高一貫教育校を経て、2019年より複数の学校や団体・企業でも活動。「教えない授業」と呼ばれる自律型学習者を育てる教育を実践
(写真:山本氏提供)

ちなみに工藤氏は、今後も教育アドバイザーとして、リーダー養成講座など生徒への授業や生徒や保護者の相談、大学や専門機関との折衝、連携などに携わる予定とのこと。学校の方向性に変わりはないということでした。

2月に横浜創英中学校の新タイプ入試、コンピテンシー入試を取材した際、工藤氏から「ここでできたことは、全国の学校で横展開できる」と聞きました。2025年から始まる教育課程が、これからの日本の教育の方向性を示すフラッグシップになりうるのか、工藤氏のリーダーシップのもと学校改革を進めてきた横浜創英の、法人を含めた本気度が問われています。

未来を見据えて希望を託している生徒たちを裏切らない学校になっていってほしいと思います。

(注記のない写真:studio-sonic / PIXTA)