――作文を夏休みの宿題に設定した学校も多いと思いますが、書くことに対して苦手意識を持つ子どもは少なくありません。田中先生は、どのような作文指導を行っていますか。
僕は14年間、「作家の時間」という実践を続けています。これは米国発の「ライティング・ワークショップ」という実践で、日本でも同名タイトルの著書が新評論から出版されています。
この本を翻訳した吉田新一郎先生や軽井沢風越学園校長の岩瀬直樹先生らが国内で実践を広めてきましたが、僕は14年前、その実践者グループの1人である甲斐崎博史先生と同僚でした。当時、甲斐崎先生の教室をのぞくと、子どもたちが喜々として書くことに取り組んでいました。それを見て感動し、僕も取り入れるようになったのです。
プロの作家と同じプロセスを体験させる
――「作家の時間」と一般的な作文指導は、どう違うのでしょうか。
「作家の時間」が目指すのは、「自ら書こうとする『書き手』の育成」です。従来の作文教育は「よりよい文章を正しく書くこと」など技法的な点が重視されがちですが、「作家の時間」では子どもたちの表現する内容に重きを置いています。ここが大きな特長であり、僕が最も感銘を受けた点でもあります。
僕はかつて、「楽しんで書く」を大切にしながら作文指導を行っていました。あえてウソを盛り込んで書く「うそ日記」、物語をアレンジする「パロディー作文」、1文ずつ交代しながら書く「鉛筆対談」といったさまざまな実践に取り組みましたが、作文についてのアンケートを取ると「苦手」「嫌い」という声が思いのほか多かったんですよね。
「授業中の食いつきはいいのになぜだろう」と悩んでいましたが、「作家の時間」と出合ってよくわかりました。僕のそれまでの実践は、単発の取り組みとしては効果的なのですが、継続的なモチベーションが生まれにくい。一方、「作家の時間」は体系的に作られていて教員も子どもも理解しやすいため、「もっと書きたい」という気持ちにつながりやすいのだと思います。そこも大きな魅力です。
――どのような学習体系なのでしょうか。
まずは執筆ジャンルの選定。「新聞製作」「報告文」といった学習指導要領にあるジャンルはもちろん、小説や物語などさまざまな執筆ジャンルの中から子どもたちが自分で書きたいジャンルを決めます。そのうえで、プロの作家がやっているプロセスを体験させる実践になっています。
最初は書きたいテーマについて「ネタ集め」。物語なら「いつ・どこで・登場人物・出来事・終わり方」などのネタをまとめ、それを基に「下書き」をします。多くの場合は「作家ノート」を作ります。ノートは何でもいいのですが、左ページに下書きをして、右ページは自分で気づいたことのほか、教員や友達のアドバイスを書き込んでいくという使い方をします。僕は中学年以降でこのノートを取り入れています。
下書きをしたら「修正」です。内容の順番を変えるなど構成に手を加えたり、カギ括弧を外して地の文にするなど表現を変えたりしてみる。教員はその推敲を読ませてもらい、感想を言ったり質問したりしますが、間違っている箇所の指摘はあえてしません。修正後の「校正」も教員は口出しをせず、子どもたち自身が行います。
そして、「清書」。一般的な作文は400字詰め原稿用紙を使いますが、いくつかフォーマットを提示するのもこの実践の面白いところで、僕は10種類ほどフォーマットを用意しています。子どもたちは、自分の作品に合ったフォーマットを選んで清書します。
清書ができたらいよいよ「出版」です。こちらが締切日を設定し、出版したい子はその日までに「出版ボックス」に清書を提出。「1学期に2~3冊くらいを目安に提出しようね」と伝えていますが、出版するかしないかは本人が決めます。
印刷前に僕は目を通し、誰かを傷つけるような内容や表現があった場合は修正を促し、友達の名前などが記載されている場合も「許可は取ったの?」などと確認をしますが、この段階でも誤字脱字は指摘しません。
ちなみに出版の日はいつも内緒にしているのですが、教室に入ってきたときに印刷物が並んでいるのを見ると、子どもたちは「今日出版だ!」といつも大喜び。印刷された作品を子どもたちが1部ずつ取って整え、僕がステープラーで製本してあげて完成です。
誤字脱字を指摘しない訳とは?
出版後の授業では、みんなで読み、まずは自分が書いたものを振り返ります。ここで自分の誤字脱字に気づく場合が多いのですが、その気づきが重要です。
学校の作文教育は、文字や「てにをは」の間違いなどに教員が赤ペンを入れる「修正・校正」を受けて子どもが書き直す流れが普通ではないでしょうか。僕も以前は当たり前だと思っていましたが、この指導によって「自分の文章じゃない感じになっていく」「何度も直しをさせられるのが嫌だ」といった気持ちになり、「作文アレルギー」になってしまう場合も少なくありません。一方、そういった教員による修正がなく、自身の気づきを引き出せるのも「作家の時間」の大きな特長といえます。
また、面白い作品を書いた友達に「ファンレター」を書いて送るという活動も行います。保護者の方にもお願いしているのですが、皆さんたくさん書いてくれますね。子どもは先生や友達からフィードバックをもらうことはあっても、友達の親から手紙をもらう経験はないので、すごく刺激になるようです。全国に「作家の時間」に取り組んでいる先生がいるので、ほかの学校や学年のクラスと出版物を交換してファンレターを送り合ったりするのもおすすめです。
――モチベーションが上がる仕組みはよくわかりましたが、文章の基本は教えないのでしょうか。
学習指導要領が目指す力ももちろん大切ですので、授業の冒頭などに「ミニレッスン」という「プロの作家が使っている技」を学ぶ時間を設定しています。具体的には執筆ジャンルの種類や校正・校閲、読み手を意識して書くコツや文章構成、書き出しの工夫などについて扱います。
ミニレッスンで学んだら、実際に書いてみます。例えば俳句や短歌などでは「多作」をよくやりますが、とにかく何本も書いていると、教員が技法を教えなくても、偶然に倒置法や掛詞(かけことば)などを使った作品が出てきます。それをピックアップしてみんなに「歌人の技を使ってすごいね」なんて紹介していくと、子どもたちはどんどんやる気になっていきます。
こんなふうに1時間の授業で「ミニレッスン(10分)」「ひたすら書く時間(25分)」「互いの作品を紹介し合う共有の時間(10分)」というサイクルを回し、一方で先ほどお話しした「ネタ集めから出版」までの大きな学習サイクルを回して進めていくのが「作家の時間」のポイントです。これにより、子どもたちは表現技術を試して上達していったり、自身の間違いに気づいたりして、成長していくのです。
ほかの先生も驚く「子どもたちの成長ぶり」
また、僕は、日常的に書くことを積み重ねられるよう毎週数時間「作家の時間」を行っています。国語の教科書どおりに授業をすると、「書くこと」は1学期に6時間などまとまった形でやることになりますが、それだと次の「書くこと」を学ぶ授業までに書き方を忘れてしまうことも多いからです。例えば3・4年生では、学習指導要領に「書くこと」の指導は年間で85時間程度と目安が提示されていますが、週に2~3時間「作家の時間」をやるとちょうどこの目安に達します。
こんなふうに日頃から書いていると、子どもたちは行事後の振り返りの作文もまったく抵抗なく5分程度でサラサラと書きますよ。「えー! やだー!」という声が出ません。これはほかの先生からも驚かれます。
「作家の時間」を始める前まで「作文嫌い」と言っていた子が、しだいに「先生、今日作家の時間ある?」「休み時間もやってもいい?」と聞いてきたり、放課後に残って書いたり家で続きを書いてきたり。「読まれたくない」と書いたものを隠していた子が「まだ途中だけど読んで!」と言うようになったりもします。そんな変化を目の当たりにすると、「すごいな」と思いますね。
進めていくうえで大事なのは、ポジティブに肯定してあげること。どうしても苦手な子はいるので、とくに最初のうちは誰もが取り組みやすいよう配慮することが大切です。
1つ、忘れられないエピソードがあります。あるクラスで「教室のどこで書いてもいい、寝ながら書いてもいい」と伝えたら、黒板の上に乗ろうとしたやんちゃな子がいました。結局うまく登れなくて降りたのですが、黒板の縁にたまっていたチョークの粉かホコリが足に付着したようで、着地したときに紙に足形が付いたんですね。
それを僕が「これも詩だね」と褒めたら、彼はとても喜んでものすごい勢いで詩を書き始めました。「あいつがやる気になっているところを初めて見た」なんて周囲の子も驚いていましたが、後日聞いた話では、彼は卒業文集にこのエピソードをつづり「これを機に詩を書くのが苦手ではなくなった」と書いてくれたそうです。とてもうれしかったですね。
(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はiStock)