「最悪のコンディション」でも勉強できる仕組みを作る

ドイツのミュンヘンで日本人学校に通っていた神田氏は、中3の12月に「東大に首席で合格しよう」と思いつき、非効率な学習を強制されることを避けるため、通信制高校への進学を選択。塾には通わずに独学を貫く決断をした。

神田直樹
神田直樹(かんだ・なおき)
1998年生まれ。中学生のときに東大を目指すことを決め、定時制高校にも塾にも通わず、通信制のNHK学園を経て、独学で2018年東京大学文科Ⅰ類合格(2次試験は首席合格者と3点差で合格)。東京大学法学部を卒業後、マッキンゼー・アンド・カンパニーを経て、2023年に東大生がつくる国語特化のオンライン個別指導「ヨミサマ。」を立ち上げる。現在、東大生講師150名、生徒数は900名(延べ)を超える規模に成長。著書に自分自身の独学ノウハウを詰め込んだ『成績アップは「国語」で決まる!』がある(X:@Kanda_Overfocus)
(写真は本人提供)

「当初はポジティブなやる気に満ちあふれていたのですが、いつしかゲームに熱中し、『10日に1日、60分間でも勉強ができれば良い方』という状態になってしまいました。高1の12月に受けた全国模試の偏差値は45まで落ち込み、『自分のやる気なんて1ミリも信じられない』と思うように。やる気は、スマホやゲームなどの誘惑で簡単に崩れてしまうもの。勉強を習慣化するには、最悪なコンディションの日でも勉強できるような“仕組み”を作らなければ、と感じたのです」

さまざまな勉強法を試しては、自分に合うかどうか見極めて取捨選択を繰り返したという神田氏。中でも効果があり、「ヨミサマ。」の東大生講師でも実践していた人が多かったのが、勉強する「時間」ではなく「場所」を決める方法だったという。

「私は基本的に図書館で勉強していました。しかし、家から図書館はバスと電車を乗り継いで片道40分かかるため、行くまでのハードルを下げるために2つのルールを設定していました。それが、『バス停まで行けば、図書館に行きたくない日は家に帰っていい』『図書館に着いても、気乗りしない日は勉強せず家に帰っていい』というもの。実際に、10回に1回はバス停まで行った時点で、もう1回は図書館に着いた時点で家に帰ってきてしまうこともありました。でも、残りの8回は図書館で勉強することができたのです。まずは勉強を始めるまでのハードルを下げることが、勉強を習慣化する第一歩になります」

人間は、“やらないこと”であれば実行しやすい

そのほかにも、歩きながら単語を覚える時間を確保するために、地下鉄を「ひと駅乗り過ごして降りる」というルールを設けた。「ひと駅手前で降りる」のは面倒だったが、「乗り過ごす=自分の駅で降りない」に変えたことで、実行しやすくなったという。

また「ヨミサマ。」の生徒の中には、「家に帰ったら、勉強するまで座らない」というルールを作っていた人もいるという。勉強を始めることで「立ちっぱなしから座れる」というメリットがあるため、自然と着手しやすくなったそうだ。

「人間は、何かを“やる”という能動的な行動は面倒に思えても、何かを“やらない”という受動的な行動であれば、実行しやすいものです。自分にとってハードルの低い行為や、それに紐づく行為を引き金にするのは、勉強を始めるために効果的な方法の1つだと思います」

一旦始めた勉強を継続する工夫として、まず神田氏は「スマホを遠ざけること」を意識していたという。

「スマホを近くに置いて集中するのは無理です。スマホは情報量が多く、脳も目も疲れるため、休憩中の利用はかえって逆効果です。『疲れたからスマホを見よう』と感じる時点で、冷静な判断ができなくなっているのかもしれません。私は、図書館のロッカーにスマホを完全にしまい込んで勉強するようにしていました」

さらに特徴的なのが、「休憩なしに勉強を続けること」だ。

「トイレや軽い散歩に出ることはありましたが、それ以外の休憩は取りませんでした。というのも、勉強中に疲れを感じるのは『脳が飽きているだけ』かもと考えたからです。それなら、休憩の代わりに、気分転換になる勉強法を取り入れてみようと思いました」

そこで神田氏が実践したのが「CM勉強法」だ。例えば、国語の勉強を長時間したら少し英単語を見る、数学の問題をじっくり考えたら歴史の一問一答を見るなど、長い勉強の間に5分程度、異なる科目を挟む。科目を変えることで脳が飽きを感じにくくなり、休憩せずとも疲れずに取り組めたという。

合格体験記20年分を熟読して、「学び方を学ぶ」

こうした勉強法は、「勉強法関連の書籍やビジネス書、合格体験記などからヒントを得て、自分なりにアレンジを加えていった」と神田氏。特に影響を受けたのは、東京大学新聞社から刊行されている『現役東大生がつくる東大受験本』のシリーズで、メルカリなども駆使して過去20年分を集め、300〜400人分の合格体験記および不合格体験記を熟読したそうだ。

「まずは『学び方を学ぶ』ことから始めました。勉強法を1つずつ試して、自分に合わなければ別の方法を試すことを繰り返したのです。例えば合格体験記では、多くの人が『音読』を挙げていましたが、私の場合、文字を音声化する作業に気を取られて内容を理解する余裕がなくなってしまいました。人間は成長する存在なので、つねに今の自分に合った新しい勉強法を模索していくことも重要だと思います」

続けて神田氏は、「数多くの合格体験記を読んだことは、参考書や問題集を選ぶにあたっても役立った」と話す。ドイツから日本に一時帰国すると大型書店に足を運び、実際に参考書や問題集を手に取って中身を確認し、自分に合うか判断していたという。

「当初は、『参考書は内容を理解するもの』『問題集は理解度を確認するもの』という違いを理解できておらず、例えば数学では、高難易度の問題集である『青チャート』から始めて挫折したこともあります。でもそこで、『独学で理解するには詳しい解説が必要だ』と感じ、すぐに参考書に切り替えました。

一方で、先に問題集を見ておくことで、学習の観点を把握してから勉強を進める考え方もありますが、その場合も1周目は簡単な練習問題を解くだけに留めるなど、時間をかけすぎない工夫は必要です。問題集:参考書=2:8くらいが良いのではないでしょうか」

「勉強は1日30分まで」で効率重視の勉強法を追求

独学での東大合格を果たすうえで、神田氏が「すべての始祖とも言える、最も重要なルール」と振り返るのが、小中学校時代の「1日30分以上勉強してはいけない」という神田家独自のルールだ。

「『1日30分まで』という制約がなければ、長く勉強することで成果を出そうとして、勉強法を工夫するという発想に至らなかったかもしれません。勉強の成果は、『質と量の掛け合わせ』で決まりますが、成果を上げるにはまず『質』を高める必要があります。

私はこのルールのおかげで早い段階から、1日30分で最大効果を生む方法を追求する姿勢が身についていました。そのため、東大受験に向けて勉強時間を増やしてからも、最大効率で勉強できたのだと思います」

独学で入試に関する情報も少ない中で、神田氏が「北極星のような存在」として頼りにしていたのが、東大の過去問だ。中3秋の時点から、「資料集など何を見てもいいし、どれだけ時間をかけてもいい」というルールで解き始めていたという。その中で傾向をつかみ、受験勉強の戦略を考えていった。

「過去問を解いて、東大が求めるレベルと自分の実力にどのくらい距離があるか把握します。すると、自分の不足を補うために何をすべきか考えられるようになります。ただし、解けない問題が出たら、疑問をすぐ解消しようとはせず、『なぜ分からないのだろう』と、自分の思考の“癖”や“盲点”を考えることを意識していました。

このようにメタ認知をすることで、体系的な学びに取り組めるようになったと思います。東大の過去問は出版社ごとに解答が異なることもありますが、『なぜ、このような違いが出るのか』を考えてみると、より能動的な学びに繋がります」

なお、一般的な塾の指導では、東大が第一志望の場合でも、他の併願大まで視野に入れた受験対策を勧められることが少なくない。

神田氏は「リソースを分散させると第一志望の合格率を下げかねないので、戦略としては望ましくない」とした上で、「浪人はできないなどの事情がある場合も、まずは一番行きたい大学に絞って対策をし、そこから徐々に範囲を広げていくと良い」とアドバイスする。

数々の試行錯誤をしてきた神田氏だが、今、当時の自分にさらに声をかけるとすれば、どんな言葉を贈るのだろうか。神田氏は、「どういう成長カーブを描くべきか見定めて」と助言したいと話す。

「当時の私は、1カ月後、2カ月後の成果をすぐに欲しがっていました。しかし今振り返れば、もっと長いスパンで考えて戦略を立てるべきだったと思います。特に、もっと早い段階から国語力を鍛える時間を取ればよかったと思います。文章を正確に読んで深く考える力は、全ての学習の基礎です。私は、一浪してじっくり読書する時間を取ったことで、他教科の成績が上がりました。受験勉強では、目先の問題だけにとらわれず、長い目で見て今何をすべきかを考えることが重要だと思います」

(文:安永美穂、注記のない写真:msv / PIXTA)