8月27日に文科省の中央教育審議会(中教審)で、質の高い教師の確保のための総合的な方策についての答申が出た

かなり幅広い内容を含むのだが、新聞やテレビ、ネットなどのほとんどの報道は、公立学校教員に残業代を出さない特例法(給特法)を維持することと、教職調整額を現行の4%から10%以上に引き上げる提案であることが中心だった。私がヒアリングした限り、報道の影響もあってか、多くの校長や教員という当事者たちの認識も、そうした処遇の話に偏っていた。

確かに、残業代を出すべきかどうかや給与水準は、人材確保や現役の教員の職務満足、モチベーション、時間外勤務の状況などに影響しうる重要問題ではある。だが、打ち手、施策はそれだけではない。

あまり注目されていないが、今回の答申にはとても重要な施策が盛り込まれている。それが「勤務間インターバル」の学校への導入だ。

※「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(答申)

妹尾昌俊(せのお・まさとし)
教育研究家、一般社団法人ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー。主な著書に『校長先生、教頭先生、そのお悩み解決できます!』『先生を、死なせない。』(ともに教育開発研究所)、『教師崩壊』『教師と学校の失敗学』(ともにPHP)、『学校をおもしろくする思考法』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)

「勤務間インターバル」って何?

「またカタカナ語が出てきた」と嫌気をさす読者もいるかもしれないが、勤務間インターバルは、厚労省によると「終業時刻から次の始業時刻の間に、一定時間以上の休息時間(インターバル時間)を設けること」を指す。

勤務間インターバルは、学校の先生にはあまりなじみがないかもしれないが、民間企業では、法律で2019年4月より事業主の努力義務となっている(国家公務員や地方公務員は適用除外)。

例えば、8時から17時までが労働時間の事業所で、23時まで残業した日の場合、11時間のインターバルを設けるため、翌日の始業時刻を10時に繰り下げるといった運用がある。インターバルの時間は11時間と決まっているわけではなく、事業者によってさまざまだ。

公立学校でも導入事例はあり、例えば福岡市では、市役所全体が市長の宣言にもとづいて勤務間インターバルを導入したのに合わせて、2022年9月から11時間の勤務間インターバル制度を導入している。そのほかにも、私の関わるある県でも導入に向けた検討会やモデル事業を実施しているところもある。

福岡市立学校における勤務間インターバル制度の概要
出所:中教審・質の高い教師の確保特別部会資料(2023年10月20日)

なお、国家公務員や地方公務員(教員以外)でも、勤務間インターバルを導入することが人事院規則改正などを受けて、促されている。今回の中教審答申では、以下のとおり、学校でも導入が必要という提案になっている。

教師が十分な生活時間や睡眠時間を確保し、心身ともにゆとりを持ち教育活動を行うことができるよう、教師の健康福祉を確保するため、11 時間を目安とする「勤務間インターバル」の取組を学校においても進めることが必要である。

その際、上限指針においては、「本来、業務の持ち帰りは行わないことが原則であり、上限時間を遵守することのみを目的として自宅等に持ち帰って業務を行う時間が増加することは、厳に避けなければならない」とあることから、「勤務間インターバル」の確保に取り組むに当たっても、同様の考え方で取り組まれる必要がある。

出所:「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について (答申)p.32

 

実は、審議のまとめ素案という4月段階の文科省案では、「『勤務間インターバル』の取り組みを学校においても進めることには大きな意義がある」という、やや控えめな表現だったのだが、その後の審議を経て「必要である」というものになった。

なぜ必要?最低限の歯止め措置として

なぜ、インターバルが必要なのか。

そもそも、公立学校では、「残業ナシ」が労働基準法ならびに給特法の定める原則論である(超勤4項目と言われる、修学旅行での対応や災害時対応は除く)。とはいえ、周知のとおり、部活動指導をはじめとする時間外に及ぶ日常的な業務は多く、OECDの調査でも、日本の小中学校の教員の勤務時間は世界一長い。

そこで、時間外の勤務時間(在校等時間)を月45時間以内、年間360時間以内等に縮減していこうという指針を文科省は出して、各自治体、学校はこれまで取り組んできた。

在校等時間と労働時間はどう違うかなど、法的にはいろいろややこしいのだが、現実には時間外が月45時間以上の教員はまだまだ多い(文科省「教員勤務実態調査 令和4年度」)。中には、過労死ラインと呼ばれる月80時間を超えている人も、以前よりは減ってきたとはいえ、まだまだいる。

教員の仕事の中には、授業準備やコメント書き(宿題や作品の添削など)、行事の準備など、やればやるほど切りがない、もしくは、ついつい長くやってしまうものもある。そんな中、仕事量の多い先生や責任感の強い先生の中には、体調や睡眠時間を犠牲にしてまで、がんばり過ぎてしまうケースも多々ある。

実際、公立小学校教諭の約4割が深刻な寝不足、不眠症と疑われるとの調査結果もある(堀大介ほか「公立小学校教員の不眠症に関する業務時間分析」、『厚生の指標』第68巻第6号2021年6月)。先生が寝不足で、いい授業ができるだろうか?子どもたちの声にじっくり耳を傾けられるだろうか?

ところで、読者のみなさんも、大きめの書店に行ってみてほしい。ビジネスパーソン向けの棚で、睡眠に関する本がたくさん並んでいるのに気づくのではないだろうか。日本人は世界でいちばん睡眠時間が短いという調査結果もあるが、やっと、最近になって、睡眠の重要性に気づき始めた人が多いようだ。

学校・教員を対象とした研究ではないが、92の論文をもとにしたメタ分析(M.M. Van Veen, M. Lancel, E. Beijer et al. The association of sleep quality and aggression. Sleep Medicine Reviews 59 〈2021〉)によると、睡眠の質の低下は、80.8%の研究で攻撃性の高さと関連していた。つまり、睡眠不足だと、イライラしやすくなったり、怒りっぽくなったり、攻撃的な行動に出やすくなったりする傾向が認められた。

これを学校に当てはめてみると、睡眠不足の先生のもとでは、ついつい児童生徒に怒りっぽくなったり、威圧的な学級運営になったり、不適切指導の温床になったりするリスクが高まる、と解釈できるだろう。日本の学校でそういう相関があるのかどうかは今後検証が必要ではあるものの、そうしたリスクは重く想定しておいたほうが、子どもの安全・安心にとっては望ましい。

また、睡眠不足とも関連深いこととして、教員の過労死や過労自死が毎年のように起きている。過労死等防止白書が毎年出ているが、過労死の公務災害(労災)申請をした教員は、ここ最近でも20人前後いる。公務災害の申請をしないケースも多いので、氷山の一角だ。

しかし、公立学校では、給特法の影響で、残業代といったかたちで使用者にペナルティを課して、労働時間を短くしようとする仕組みはない。言い換えれば、残業拡大への歯止め措置が、公立学校は非常に弱い。

しかも、働き方改革が叫ばれる以前、この10年ほど前までなら、「夜遅くまでがんばっていて、子ども思いの熱心な先生だね」と校長や同僚、あるいは保護者等から褒められていたかもしれない。従来慣れ親しんだ仕事の仕方や価値観を転換するのは、そう簡単なことではない。

そこで今回、勤務間インターバルの導入によって、最低限の歯止め措置、健康確保策を打とうとしているのだ。言い換えれば、勤務間インターバルは、教員の睡眠時間・生活時間の確保により、命・健康を守るための施策であるし、それは、児童生徒を守るための仕組みとも言える。

「学校は通常の企業や市役所などと違って、夜遅くまで残業したからといって、翌日の始業時間を遅らせることはできない。毎朝子どもが登校してくるし、代わりをしてくれる教職員も少ないのだから」。こういう反論や疑問は必ず出る。

もちろん、それはわかるし、教職員数の増加も合わせ技としていくことが本筋だろう。文科省や中教審は、「インターバルをやれ」と文書に書くのは簡単だが、やるほう(学校、教育委員会)に十分な人的体制、環境がないなら、絵に描いた餅になる。早々に形骸化する可能性も高い。

とはいえ、はなから「インターバルなんて学校には非現実的」などと、はねつけるのではなく、教員と子どもたちの健康、安心を守ることの重大性も考えてほしい。私は、多少自習(必要なら、教員以外のスタッフによる見守りを付けて)になる日が出たとしても、残業の多い教員の始業時間を遅らせる日があってもいいのではないか、と思っている。授業を進めることの重要性は、教員と子どもの健康と比べれば、そこまで高くない。

11時間のインターバルで十分なのか?

しかしながら、私個人は、以上の趣旨に鑑みると、11時間のインターバルでは、まだまだ最初の一歩に過ぎず、不十分だと考える。中教審答申には反映されなかったが、私見を中教審で以下のとおり提出した。

・健康確保策として、勤務間インターバルの必要性が強調されたことは歓迎。

・とはいえ、11時間のインターバルでは、翌朝8時過ぎに出勤する場合、夜9時頃まで仕事をできてしまう。この場合、教員の多くは休憩もとれていない現実も勘案すると、時間外は1日5時間程度であり、仮にこの状態が20日続けば、月100時間であり、過労死等のリスクは高い。

・つまり、11時間のインターバルでは、必要最低限の健康確保の歯止め、呼びかけにしかならず、健康確保策としては十分とは言えない。将来的には13時間のインターバルを設けることなども含めて、今後の検討課題とするべきだ。

・国家公務員や他の地方公務員で推奨されているのは11時間のインターバルだ、との反論はあろう。なぜかこういうときだけ、ほかの公務員とあわせようとするのだが、健康確保策である以上、上乗せがあってもいいはずだし、前述のとおり、休憩がとれていない問題などは教員は他の公務員とはかなり異なる。

出所:中教審・質の高い教師の確保特別部会(第13回 2024年5月13日)筆者提出資料(誤字等を微修正)

 

つまり、11時間のインターバルというのは、過労死防止や睡眠不足防止の歯止めとしてはまだまだ弱いし、甘い。逆に言えば、このインターバルさえ「できない」「学校にはなじまない」「現場を知らない文科省や一部の識者が机上論でルールを追加しただけ」などと認識している教育長、校長がいるのだとしたら、「月100時間以上残業させないと、仕事が回らない職場を、あなたは放置しているのですか? 使用者、マネージャーとして失格では?」と問いたい。

国が言うことから上乗せするのは、地方自治でできる。以上、ご理解、納得できる部分があれば、ぜひ教育委員会の中で、13時間などのインターバルも検討してほしい。そういう教員にも、子どもにも「やさしい」自治体には、おそらく教員志望者は増える、と私は思うのだがどうだろうか。

(注記のない写真:プラナ / PIXTA)