中教審の「審議のまとめ」に批判相次ぐ
先月、中央教育審議会で、質の高い教師の確保のための総合的な方策※が出た。このタイミングだったのには2つの理由がある。教員の世界も人手不足が深刻化していることと、政府の骨太の方針が固まる前に打ち出しておかなくては、来年度の予算や事業に反映されにくいためだ。
※「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(審議のまとめ)
この審議のまとめは、報道やSNSで厳しく批判されている。教職調整額(月給に4%分上乗せて支払われている)を10%以上に増額する案であり、残業代を支払わない教職員給与特別措置法(以下、給特法)を抜本的に見直さないからだ。
たしかにその問題も重要だが、給特法以外の方策や環境整備にも注目していく必要がある。給特法だけで解決できるほど簡単な問題ではないし、給特法の廃止には功罪がある(関連記事)。
ここでは、今回の審議のまとめの注目するべき点や背景について、解説する。なお、私も委員として審議に関わってきたが、中教審を代表する立場ではないし、個人の見解を述べる。本文や概要版もお読みいただいたほうがよいが、わかりづらい箇所もあるので、私なりに意訳したざっくりとした解説をしたい。
そもそも、何のためのまとめか?
今回のまとめは、なぜ出されたのだろうか。実は、このもっとも基本的な問いが重要なのだが、文科省等の説明や動きの一部には、はたして何のためのまとめなのか、あいまいになっている印象を受ける。
例えば、調整額のアップは手段の1つであり、それをやること自体が目的ではないはずだ。また、目的に照らして、対策が十分か、あるいは副作用や費用対効果などの点で優れた方策と言えるか議論されたほうがよいと思うが、どうしても報道やSNSでは、給特法という、これもまた手段の1つに注目が集まりがちだ。
審議のまとめ本文では、次の記述がある。
子供の学びを支える教師は公教育の要であり、教師の質や量は子供たちへの教育の質に直結するため、現在の教師を取り巻く環境を改善しなければ、我が国の教育の質の低下を招きかねないと考えられる。このため、このような教師を取り巻く環境は我が国の未来を左右しかねない危機的状況にあると言っても過言ではない。
出所:文科省「令和の日本型学校教育」を担う質の高い教師の確保のための環境整備に関する総合的な方策について(審議のまとめ)p.7
かいつまんで申し上げれば、現状を放置すれば、優秀な人材が教員を目指さなくなり、それは子どもにとっても日本の未来にとってもよくない、という認識だ。
だから、「質の高い教師の確保」というタイトルになっているのであろう。人手不足は日本のあちこちの業界で起きているので、学校教育にだけ人をよこせというわけではないが、教員の環境への投資は、子どもへの教育に直結し、ひいては社会に影響するという話だ。
教師が「魅力的な職」になるための3つの条件
「質の高い教師」あるいは「優秀な人材とはどんな人のことを指すのだろう」という議論を始めるとややこしくなるので、ここでは深入りしないが、優秀な人材にもっと来てもらうためには、何が必要だろうか。
大学生向け調査(関連記事)などを参考に、また一般常識に照らしても、とくに重要な条件は3点あると、私は考える。①多忙の解消(働きやすさアップ)、②意義のある仕事に集中できること(働きがいアップ)、③処遇がよいこと(好待遇、給与アップ)だ。
もちろん、人によって仕事に求めるものや価値観は異なるので、さまざまな要素が重要となりえるが、上記3点に違和感のある人は少ないだろう。だが、今の公立学校はこの3点に大きな問題がある。
1つめの働きやすさに関しては、毎日忙しくて、ワークライフバンスがよい職場とは言えない。過労死等が起きているし、育児などと両立しやすい仕事とは言い難い。
2つめの働きがいは、「授業や教材研究は楽しいし、やりがいがある」、「子どもの成長に携われる、いい仕事だ」と述べる教員はとても多いが、事務作業など負担感の募る仕事もあるし、保護者からの理不尽なクレームに悩まされるケースもある。
部活動は、やりがいを感じる人と、やりたくない教員とで差が大きい。また、忙しすぎるので、職場の内外での同僚などとの支え合いや切磋琢磨もどんどん弱くなってくる。働きがいや成長という点でも課題があるのだ。
3つめの給与は、正規職なら給与水準がすごく低いとは言えないとは思うし、公務員なので恵まれているところも多々あると思うが、残業代はつかないし、民間やほかの公務員と比べて、魅力的な給与条件とは学生などには映っていない。
働き方改革、教職員定数の改善、処遇改善の3本柱
では、今回の審議のまとめは、どうなっているか。調整額だけの話ではなく、働き方改革の加速化、指導運営体制の充実(教職員定数等)、教師の処遇改善の3つを一体的に進めることが、最大のポイントになっている。
働き方改革の加速化では、2019年に出した中教審答申をベースに、学校・教員の業務の3分類をさらに推進することなどが明記されている。
例えば、会計事務などで教員の負担感が強い学校はまだあるが、これは原則教育委員会の仕事としている。また、登下校中の見守りやトラブル対応は、基本的には保護者責任の領域であり、学校の管理責任下ではない。
学校行事の準備や運営は、教員の業務ではあるが、コロナが落ち着いたからといって、過度に演出に凝って、長い時間やる必要はない。長くなるのでほかは割愛するが、こうした業務の見直しをいっそう進めることを、中教審も述べている。
「教職調整額を10%に上げるといった小手先ではなく、教員の業務をもっと減らしてほしい」「文科省は方針を示せ」という批判があるのだが、以上の経緯を踏まえると、やや的外れかと思う。文科省が悪いというよりも、教育委員会で施策化、予算化できていない問題や、保護者のことを気にしすぎて校長が働きかけをしていない問題にも目を向けるべきだ。
もっとも、文科省が学校の負担を増やしている部分も大いにあるので(学習指導要領の内容やGIGA端末の管理など)、そこはしっかり反省して、対策を講じてほしいことは、私も何度も意見を出している。
次の図では、私なりの理解、解釈とはなるが、前述した優秀な人材を確保するための3条件と照らして、今回の3つの柱がどこに対応するかを図示した。
中教審や文科省の姿勢や案にも踏み込み不足はある
もちろん、中教審の案で、不十分なところやもっと強く推進するべき点もあると思う。例えば、現在は5・6年生の小学校の教科担任制を3・4年生まで拡大することを述べているが、
・そうした加配(追加の教員配置)を受けられるのは、一部の小学校にとどまるのではないか。
・仮に別の加配(少人数指導など)が減らされると、教員の負担軽減効果も相殺されるのではないか。
・その程度の教員定数改善で抜本的な改善になるだろうか。休憩もとれないほど、授業がつまっている状況を変えるには、もっと思い切った施策が必要ではないか。
などの疑問が尽きない。また、調整額の10%以上増という方策が、そもそも財務省は反対しているため実現するかどうかという疑問もあるし、実現したとしても、大学生らにとって魅力的かどうか、あるいはシニア世代が定年延長や再任用などを受けてくれるうえでもプラスに働くかどうかなどを注視していく必要がある。
今回は、中教審の審議のまとめについて、かなりざっくりではあるが、趣旨と骨子を解説した。少しでも参考になればうれしいが、よいところや不十分なところ、もっとこうしたほうがよいというアイデアなどがあれば、私あてに、もしくは文科省でも意見を募集している。
(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)