フリマアプリの「メルカリ」を利用したことがある人はもちろん、アプリの中でも人気がある「メルカリ」は、使ったことがなくても名前は知っているという人は多いだろう。そんなメルカリを率いる代表取締役CEOの山田進太郎氏は、日本の著名起業家の一人だ。
早稲田大学教育学部を卒業後、インターネットサービスを手がけるウノウを設立。2010年にウノウを米シンガに売却し、世界一周の旅を経て、13年にメルカリを創業した。フリマアプリを中心に業績を伸ばし、18年に東証マザーズに上場、現在は東証プライムに昇格し、今日に至っている。
企業としては、技術力を高めるために世界中からエンジニアを採用。全世界からエンジニアが集まるシリコンバレーのような経営スタイルで、多国籍で多様な文化をバッググラウンドに持つ人材が活躍している。その意味で、典型的な日本企業とは一線を画し、世界に引けを取らない“テックカンパニー”を目指している。こうした中、メルカリでは性別・年齢・人種・宗教を問わず、お互いを尊重し、それぞれが能力を発揮できる「ダイバーシティー&インクルージョン(D&I)」を推進してきた。
D&I推進をライフワークに、その1つがジェンダーギャップ解消
そんな山田氏は2021年、「山田進太郎D&I財団」を立ち上げている。名称には今後、日本国内でD&Iを推進していくという願いが込められており、当初から「STEM(理系)女子奨学助成金」を実施している。山田氏は財団設立の背景について次のように話す。
「技術力を高めるために人材採用を目指す中、日本だけではどうしてもエンジニアの数には限りがあって、海外に目を向けることになりました。その結果、社内ではダイバーシティーが広がり、社員間によい化学反応が生まれ、新たなサービスも生まれるようになっています。とくにテクノロジーやデザインでシリコンバレー的なアプローチができるようになり、シンプルで直感的に使えるサービスを作るうえでいい効果があった。しかし、周囲を見渡すと女性のエンジニアが少ないことに気づきました。社会では女性活用が叫ばれていますが、ここを改善していけば、もっと多様な意見が生まれ、会社の競争力向上にもつながるのではないかと考えたのです」
ただ、日本社会におけるジェンダーギャップは一向に改善の兆しが見られない。世界経済フォーラムが公表した「Global Gender Gap Report 2022」では、経済・政治・教育・健康の4つの分野を基にしたジェンダーギャップ指数が146カ国中116位と主要先進国の中で最下位という厳しい状況が明らかになった。ITエンジニアにおける女性比率も、日本は20%程度にとどまっている(情報サービス産業協会「2021年版 情報サービス産業 基本統計調査」)。
こうした中、これまでメルカリでは大学生や社会人の女性向けにエンジニア育成プログラムを提供してきた。だが、そもそも大学に入る時点でエンジニアを志している女性が少ない。日本の高等教育新規入学者において工学、製造、建築を専攻する人のうち女性が占める割合は16%と、OECD(経済協力開発機構)加盟国の中で最下位だ(OECD「図表で見る教育 2021年版」)。
ならば、中高生の段階からSTEM分野に興味を持ってもらう必要がある。そう考え、山田氏は財団の設立に至った。非営利団体としたのは、営利目的の企業だと活動などが制限されてしまうからだという。
「D&Iは課題を感じている分野であり、個人的なライフワークとして取り組む方針で、ジェンダーギャップもその1つと言えます。財団としては中長期的に30億円以上を投じる予定であり、その第1弾がSTEM(理系)女子奨学助成金になります」
選考は抽選、誰でも挑戦しやすい「STEM女子奨学助成金」
この「STEM(理系)女子奨学助成金」がスタートした21年度は、中学3年生(22年4月高等学校に入学予定)の女子を対象に約100名の奨学生が選ばれ、国公立高・高専で年間25万円、私立高で同50万円が支給された。
「やってよかったと思っています。奨学生が集まる座談会に出ると、親や教員など周囲からの反対、社会における理系女子のロールモデルの少なさ、理系科目の先生に男性が多い、同級生の多くが文系を選択するなど、さまざまな理由が女性のSTEM進出のハードルとなっていると実感しました。初年度を終えて、早速改善点が見えてきました」
そこで22年度は、奨学生の対象を中学3年生の女子100名に、高校1・2年生の女子500名を加えて計600名と大幅に拡大した。
応募はオンライン形式で、予備選考の後、多数の場合は抽選による選考となる。支給額は一律年間10万円。奨学金ではなく奨学助成金として支給することでサイエンスキャンプやプログラミングスクールなど理系進学に資する体験、PCや実験道具などの物品、学資に充ててもらうことを想定している。対象校は、中学3年生の女子は日本国内の高校理数科、または高専の入学予定者。高校1・2年生の女子は理系クラス・コースに在籍(または予定)する理系志望者となっている。
こうして内容を見てみると、これまでの奨学金のアプローチとはまったく異なることがわかる。海外や国内大学への進学に伴う経済的な支援を目的とする奨学金は多くあるが、所得制限や成績など応募条件が細かく設定されているものがほとんどだ。
「STEM女子奨学助成金」は、あくまでSTEM分野に興味関心を持ってもらう女子を増やすことを目的としているため、支援者の数が圧倒的に多く、選考も抽選となっている。理系志望であることなど最低条件はあるものの、誰でも挑戦しやすい奨学金だ。
「奨学金プログラムを開始して、初年度から多くの反響や賛同をいただいています。ジェンダーギャップの解消については、ほかの多くの企業やNPO、NGOとムーブメントのような形にして行っていかなければならないと考えています。そうしなければ解消に向かうのは難しい。22年9月には私たちの財団も公益財団法人に認定されました。これからは公益財団として仕組みづくりを強化して、さまざまなアプローチで支援活動の幅を拡大させていきたいと思っています」
STEM分野の人材需要が大きければ自然と教育も変わっていく
こうした活動を通して、実際に中高生の話を聞く機会もある山田氏だが、学校教育の現状についてどう見ているのだろうか。
「詰め込み的な教育は、私たちの時代から見ても、それほど変わっていないという印象です。ただ、詰め込み教育は必要不可欠なところもあると思っています。むしろ、それ以上に問題なのは、子どもたちが学校と家庭だけという狭い世界で行き来しているように見えることです。社会に対するリアリティーを持てていない。その意味でも、もう少し社会を知るための経験をしたほうがいい。ネットも発展し、今は自分で能動的に学ぼうと思えば学べる時代。もっと外の世界にも目を向けてほしい。学校の世界だけで完結してしまうのは、もったいないと思いますね」
日本では起業家輩出という点においても、海外と比べ見劣りするとよく言われるが、山田氏は、その点についてこう話す。
「何か1つに答えがあるわけではありませんが、米国ではオンリーワンになることに主眼が置かれているため、社会に出るときも自分のやりたいことをやるという意識が強いように思います。一方、日本ではオールラウンドプレーヤーというか、優秀な組織人を求める傾向があり、その分、自分の個性を埋没させてしまうのかもしれません。米国とは社会文化的な違いもあり、教育にのみに問題があるとは言えません。しかし、もし多くの女性がSTEM分野へ進めば、科学技術の発展が促されるとともに、女性の給料も高くなり、リモートワークや産休・育休が取りやすい柔軟な働き方が可能となります。女性が社会で評価されたり活躍したりする機会が増えていくことで、結果として起業家も増えていくと考えています」
ただ、社会ではダイバーシティーの促進が問われているものの、摩擦を心配する向きもあり、その進捗は遅いと言わざるをえない。しかし、逆に社会が欲しい人材が変われば、教育が変わる後押しにもなるはずだ。STEM分野の人材需要が大きいのなら自然と教育も変わっていくだろう。
「私も大学卒業後、米国で仕事をするときに自分がマイノリティーになるという体験をしました。多様な世界で生き残っていくためには、自分の価値を示さなければなりません。そのときは意識していたわけではありませんが、後で自分の人生の中で大きな転換点になったと感じています。得てして私たちはマジョリティーの立場になびく傾向がありますが、マイノリティーになれば見えてくるものもある。当然、摩擦はありますが、ジェンダーギャップの解消、そしてダイバーシティーを包括していくことで、教育でもビジネスでも世界に通用するような新しいものが生まれていくと思っています」
外国人がいなければグローバルなサービスは作れないし、女性がいないと男女が満遍なく使うサービスは作れない。国や年齢、宗教も同様で、みんなに受け入れられるものを作るにはダイバーシティーがないと実現できない。だからこそダイバーシティーが大事というわけだが、そのためにも、中高生にはさまざまな体験をしてほしいと強調する。
「私にも子どもがいますが、子どもたちには学校以外でもさまざまな体験してほしいと思っています。そこから自分の好きなこと、得意なことを見つけていく。とくに中高生は狭い世界から抜け出して、こんな生き方もあるということを知ってほしいのです。私もさまざまな場所を旅行しましたが、自分が知らないもの、新しいものを見ることで好奇心が生まれていく。今の中高生もさまざまな体験をする中で、体で衝撃を感じるような好奇心を持ってほしいと思っています」
今後も「SETM女子奨学助成金」をはじめ、ジェンダーギャップの解消、ダイバーシティーの促進に取り組むという山田氏。財団では、大学入学者におけるSTEMの女性比率を2021年度の18%(文科省「学校基本調査」を基に算出)から35年度には28%に引き上げることを目標として掲げている。そのために、これからもさまざまな新しい取り組みにチャレンジしていく方針だ。
「私たちの会社はスタートアップ企業なので、ほかの会社と同じことをやっていても成長できません。そのためにも人と違うことを大胆にチャレンジできる人材が必要となります。同じように、これから日本社会の課題を解決していくためには、好奇心を持って、大胆にチャレンジすることが大事になってくるのではないでしょうか。これから私たちの財団はもっと活動の場を広げ、将来の日本社会に貢献していきたいと考えています」
(文:國貞文隆、注記のない写真:山田進太郎D&I財団提供)