年齢:57歳
勤務先:公立中学校・公立高校(家庭科非常勤講師)
時間外勤務が常態化するも、残業代は申告しづらい
平野さんは現在、中学校2校、高校1校の計3校で家庭科の非常勤講師をしている。平日はほぼ毎日、2コマから4コマの授業を行う。3校とも家庭科の専任教諭はいない。
「過疎化が進んでいる地域ということもあり、家庭科の教員免許を持つ先生自体が少ないのです。非常勤講師になって20年ですが、毎年複数の中学・高校から声をかけられます。私は3校兼務ですが、同じように複数校で非常勤講師をしている方はほかにもいます」
気になる給与は、平野さんの場合1コマで約2500円。非常勤講師の給与は自治体によって異なるが、おおむね時給2000円~4000円とされ、経験年数が長いほど高くなる。2024年10月に改定された最低賃金が全国平均1054円なので一見厚遇のようだが、実質1日5000円(2コマ)から1万円(4コマ)の計算だ。
交通費は支給されるが、勤務校の中には車で約1時間かかるところもあって拘束時間が長い。しかも、最近は時間外でも動かざるを得ない状況だという。
「勤務校の1つが、過疎化で統廃合の対象になったんです。以前は近くにスーパーがあり、調理実習の食材を運んでくれたのですが、対応できない場所になってしまいました。代わりに依頼できる業者さんもいないので、私が店舗を回って仕入れて、学校に運び入れています」
毎日勤務校が異なるため、調達の段取りをつけるのも大変だ。勤務の前日に食材を運び入れ、切り分けなどの下準備をすることもある。「そうしないと授業が回らない」(平野さん)ため時間外の授業準備であることは間違いないが、「残業代を請求するのは難しい」と平野さんは明かす。
労働基準法は非常勤講師にも適用され、残業代が支給された事例もある。これは平野さんも把握しており、行事関係で残業した際は残業代を請求したそうだ。ただ、ずっと職員室にいるわけでもないからか、家庭科の授業準備の苦労は理解されにくいと感じると話す。
「よく他教科の先生に、『いつもおいしいものをつくって、本当にいいわねえ』などと言われます。家庭科にそういう認識を持っているのだなと思いますね」
まるで趣味やレジャーのような言い方をされては当然不服だが、1年契約の非常勤講師が反論するのは難しいと平野さんは言う。地縁の強い地域社会ということもあり、身を守るためになるべく自分からは話しかけず、「すみません」「お願いします」「ありがとうございます」だけで済ませるようにしているという。
技術科教員の威圧的な態度に疲弊する日々
平野さんが「身を守るために」と口にするのは、過去に技術科教員からモラルハラスメントを受けたことが影響している。
「当時、生徒の成績は技術科と家庭科でそれぞれ点数化し、合計を2で割って算出していました。パソコンが得意でなかった私にも非はありますが、点数をうまく表計算ソフトにまとめられなかったんです。そうしたら自宅にまで電話が来て、『このボケカス』などと高圧的に罵詈雑言を浴びせられました」
授業に口出しされることも珍しくなかった。「荒れたクラス」の担任をしていた別の技術科教員は、「女性は調理と被服しかできない」と決めつけ、消費者トラブルについて書いたパンフレットを「こういうのも読め」と投げつけたという。実は平野さんは経歴的に民法に詳しいのだが、それを知らずに偏見で嫌がらせを受けた。
「同じ『技術・家庭』なのに、私が今まで出会った技術科教員は、家庭科教員に威圧的な方が多かったです。予算も、技術科の教材費が高いのは理解していますが、あまりに当然のように技術科に配分が偏っていました。技術科の先生はほとんどが男性で、家庭科は女性が多いこともあり、ジェンダーギャップを感じたこともありました」
そもそも教科名が「技術・家庭」で、「家庭・技術」と呼ばれることがない点からも技術科偏重を感じると語る平野さん。もちろん、技術科教員が必ずしも恵まれた環境にあるわけではない。こちらの記事でも紹介したように、2024年2月には文部科学省が、全国の公立中学校で技術を教える教員の23%が正規免許を持っていないと公表した。
一方で、家庭科教員の実態が置き去りにされているのも事実だろう。家庭科の教員免許を取得できる大学は全国に89(2023年4月1日現在 ※1)と全体の約8%(※2)しかないにもかかわらず、技術科と違って免許状所有状況の調査すら行われていない。
※1 文部科学省「令和5年4月1日現在の教員免許状を取得できる大学 中学校教諭・高等学校教諭(一種免許状・二種免許状)」より
※2 文部科学省が今年8月に公表した「学校基本調査(速報値)」によれば、大学と短期大学は合計1110
家庭科の時間に「国語や英語」を教える学校も
実際、平野さんの地域は、家庭科の十分な指導体制が整っているとは言い難い。家庭科の専任教諭がいないばかりか、非常勤講師も確保できていない中学校すらある。
「そういう学校では、英語や国語の先生が家庭科を兼任しています。兼任を打診されるのはたいてい女性です。『女性だから家事は得意でしょう』と言われることが多いと聞いています」
しかし、料理や裁縫ができることと、生徒に家庭科を教えることは別物だ。本業の英語・国語の授業準備や、校務もしなくてはならない。結果的に家庭科の授業がないがしろにされるという。
「私は公立高校の非常勤講師もしていますが、中学家庭科が未履修に近い高校生も目立ちます。ミシンを使ったことがない、調理実習を1度しかしていない、というケースも珍しくありません。中には、家庭科の時間に英語や国語の授業をしている学校もあります」
未履修をめぐっては、2006年に大きな問題となった。主に進学実績向上を重視した高校で、大学受験に関係ない教科を履修させず、単位不足となる生徒が続出。責任を感じた校長が自殺する事件も発生し、文部科学省が救済措置をとる事態にまで発展している。
こうした苦い過去があるにもかかわらず、同様のことをしてしまうのは、家庭科を軽視する傾向があるからのようだ。平野さんは次のエピソードを紹介してくれた。
「テレビのニュースで、オレオレ詐欺防止のポスターを作成する家庭科の授業が取り上げられたのですが、取材を受けた先生が『専門外なのでわからない』というニュアンスの発言をしていました。他の教科の先生が兼任していたのかもしれませんが、『消費者被害の背景とその対応』は学習指導要領にも盛り込まれているので、その発言には驚きました」
テレビで流れたにもかかわらず、その発言が問題視されなかったことも問題だろう。現場の教員が、マスメディアで「専門外」と発言し、それを咎める人もいない。たとえこれが限られた地域の話であっても、非常勤講師と掛け持ちに依存し、定められた時数をこなすだけの「教育」が行われているという現実は重い。
他方で、良質な教育環境を信じて積極的に協力してくれる人々も存在する。平野さんは、「調理実習の食材を仕入れていると、『生徒さんのためなら、いいものを提供しましょう』と頑張ってくれるお店が本当に多いんです」と語る。未来を担う子どもたちを地域ぐるみで大切にしよう、という思いは厳然としてある。その期待に応える教育が果たして実現できているのか、教員不足の今こそ見直すべきかもしれない。
(文:高橋秀和、注記のない写真:つむぎ / PIXTA)
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