人口減少や少子化で、技術科教員の採用を見送る県も
そもそも、技術科教員はなぜ不足しているのか。山本氏によれば、実際の教員数はここ数年で大きく増加も減少もしていないという。
「不足だと言われるのは、人口減少や少子化によって、学校が統廃合されていることが主たる原因と考えられます。さらに学習指導要領の改訂で、技術・家庭科に使う授業時数が減って、週に1回や隔週になる学年もあり、授業時数に対して先生が余ってしまうという状態になることも。そうすると、技術科の先生の採用をとりやめて、別の教科の先生に兼務してもらおうという学校が出てくるのです」
現に、長らく技術科教員の採用を行っていない県や、技術科の免許を持たない教員が指導にあたっている学校もある。もちろん熱心な教員は少なくないだろうが、その教員への負担や、技術科指導の質への影響は心配だ。
一方で、技術科教員を養成する大学の数は現在進行形で減っている。複数の国立大学が、免許取得が可能な教科から「技術」を削除したり、他大学との統合を進めており、技術科教員の養成機能が“縮小”している。こちらも、学生の減少を受けて国から教員養成の縮小が求められており、大学側の定員数を削減したことが影響している。そもそも技術科教員を目指せる場自体が減少しているという事実があるようだ。
また、教材費や設備費といった予算確保の面でも苦しい状況が続いている。技術科で必要な予算は、実際に生徒が何かしらを製作するための教材費と、教室や機材などの設備費とに大別されるが、技術科の指導内容は20年前と比較してデジタル化し、大きく変わっているのだ。
「かつて製図版とT定規で製図を勉強した、という方もいるかもしれませんが、現在はそれに代わる技術としてCADも学んでいます。3Dプリンターやプロジェクターなどの設備が必要で、予算がかかる。予算というと教材費に目がいきがちですが、生徒から徴収してまかなえる教材費と違い、こうした設備への投資は自治体からの予算が欠かせません」
技術科の教材費・設備費には助成もあるが、現場で忙しく指導にあたる教員からの認知度はまだ低く、講習会などを通してさらなる周知が必要だと山本氏は語る。
技術科担当教員のスキルアップに向けた“テコ入れ”も
技術科の教員がいない学校では、指導にも影響が出かねない。とくに、先に述べた指導内容のデジタル化は、実生活でデジタル機器を活用していない教員も多く、ハードルが高くなりがちだ。
こうした状況を打開すべく、文部科学省は2024年2月に「中学校技術・家庭科(技術分野)の指導体制の一層の充実について」という通知を出し、技術科教員の人員確保やスキルアップに取り組むよう各教育委員会へ依頼している。
「文部科学省でも免許外教科担任(技術科の免許を持たない教員)を対象にした研修を行うなどして、スキルの底上げを図っています。自治体ごとにスピード差はあるものの、技術科教員の拡充に向けた動きは始まると思われます」
文部科学省から「技術科の指導体制を拡充せよ」という通知が出たことは、一見すると朗報にも思える。しかし、傍目にはこれまで技術科を軽視してきたようにも見える中で、なぜ今になってこのような方向に舵が切られたのだろうか。
「1つには、デジタル教育のさらなる加速を目指している背景があると思います。通知の中心が『初等中等教育局 学校デジタル化プロジェクトチーム』であることからも、学校教育のデジタル化について、技術科が中心的な役割を担うべきだと判断されたのではないでしょうか」と山本氏は分析する。
技術分野の学習指導要領では、「材料と加工」「生物育成」「エネルギー変換」「情報」のそれぞれの技術を育成することを目指す。これらの指導で、デジタル技術の活用可能性を見出されたというのが実情のようだ。
「政府は最先端のテクノロジーを活用して、Society5.0の実現を提唱しています。そのためには、狩猟や農耕、そして工業社会を支えてきたものづくりの技術と、情報技術が高度に融合した社会システムの構築が不可欠です。しかし現在の『技術・家庭科』では、この構築のために必要な内容を学びきれません」
例えば、技術科の「生物育成」では、生物はもちろん、畜産業や水産業についても学ぶことになっている。日本の将来を担う産業の後継者を輩出するためにも必須の分野だが、とても学びきれないのが現状だ。ただでさえ、日本で技術科を学ぶのは中学校の3年間だけ。アメリカの学生が12年間かけて技術科を学ぶのと比べても、圧倒的に少ない。
「日本の国際競争力が下がっていることや、理学部・工学部に興味を持つ学生が減っている根底がここにあるのだと思います。世の中を、早い段階から技術的な視点で見ることは大切です。技術科専科の先生に聞いた話ですが、修学旅行でディズニーランドに行った時、技術科を学んだ生徒はジェットコースターを見て『どういう作りなんだろう』と疑問を持ってくれるのだそうです。でも、技術科を学んでいなければ、ただ「楽しい」で終わってしまうでしょう。技術科が、Society5.0の実現を構造化させる基盤になることを期待しています」
「生きる力」を総合的に学ぶ場としての技術科のあり方
山本氏が代表理事を務める日本産業技術教育学会は、技術科の教育充実の方策として、技術・家庭科を刷新した「テクノロジー科」への再編を提示している。従来の技術・家庭科の指導内容をベースとしつつ、情報技術の活用や諸分野との融合に注力していくべきだという。
「ものづくりで世界に名を馳せた科学技術立国である日本として、技術に明るい市民を育てることは非常に重要です。また、Society5.0では“フィジカルとサイバーの融合”という新たな価値観が求められます。フィジカルは現実社会、サイバーは仮想社会でデジタルが位置付けられます」
Society5.0を生き抜くためには、技術を適切に活用することが必要だ。生活のさまざまな場面とリンクする技術科には、子どもたちへの指導も多面的に行える可能性が秘められていそうだ。
「中央教育審議会(中教審)での諮問を注視しています。そこに実践的・体験的な活動を通じた教育の重要性が盛り込まれれば、情報活用能力を育てる教科の充実はマストになりますし、次回の学習指導要領改訂に向けて具体的なワーキンググループも立ち上がるでしょう。テクノロジー科設置の提言には技術教育や工業関連の40以上の団体から賛同表明をいただいており、学会としても働きかけを行っていきます」
技術科教育を取り巻く環境は、その指導内容とともに大きく変化している。個々の教員自身にアップデートが求められると同時に、より大きな枠組みで取り組むべき課題も見えてきた。海外と比較して大きく遅れている日本の技術教育をいま一度ここで見直し、よりよい形で次世代につなげるよう努めてほしい。
(文・藤堂真衣、注記のない写真:YsPhoto / PIXTA)