年齢:29歳
勤務先:公立中学校
「教材の金額が高い」と何度も見直しを要求
「適応障害を患った原因は、学校徴収金です。新たに着任した学校の学年主任や教頭から、『教材の費用を低く抑えてほしい』『他で代用するなど見直せないのか』と何度も言われたことがプレッシャーになってしまいました」
富岡さんが「教員のリアル」体験談募集フォームに寄せたメッセージの一部だ。われわれが最初に抱いたのは、「学校徴収金をめぐって、ここまで深刻な展開になってしまうのか」という驚きだった。
学校徴収金とは、ドリルや問題集といった教材や実験実習、修学旅行など保護者が負担する費用のこと。大方の予算も使用する教材も、例年とそう大きくは変わらなさそうなものだが、なぜ何度も見直しを求められたのか。そしてなぜ、富岡さんは適応障害を発症するほどのプレッシャーを受けることになったのか。詳しく話を聞いてみると、学校や自治体、さらには教科を取り巻くさまざまな問題が浮き上がってきた。
富岡さんは大学卒業後に技術科教員となり今年で8年目。前任校で5年間勤務し、クラス担任や生徒指導も兼務してきた。その後、地元自治体の教員採用試験に現職枠で合格し、昨年現在の中学校へ着任。当然、技術科の教材申請は今回が初めてではなく、前任校でも金額の調整や交渉は経験していたという。
「技術科は、その性質上どうしても教材にお金がかかる教科です。例えばラジオのキットは4000円ほどかかるので、前任校でも学年主任から『もうちょっと安くならないか』とよく言われていました」
そのため富岡さんは、ラジオを作る理由やこのキットを選ぶ理由について、必ず説明できる準備をしていた。それほどに吟味して教材を選定したことで、前任校ではすぐに話が通ったという。
「現在の学校でも、説明が必要になるだろうと思い準備していたので、金額の調整を求められたことに驚きはありませんでした。初めて説明した日は『わかりました』と言ってもらえたので、無事に通ったと安心していたのです」
ところがその後、学年主任や教頭が何度もやってきて「もっと安い教材はないか」「お金がかからない方法で代用してみてはどうか」と、細かく教材の見直しを迫ってきたという。それらに妥当性がない理由を逐一説明するのは一苦労だったと富岡さんは振り返る。
たった1人で全クラスの授業と担任、校務分掌まで
孤立無援だったことも、富岡さんが追い詰められた要因の1つだ。地元とはいえUターンで着任したため知った顔は皆無で、困ったことを相談できる相手がいなかった。
「現在の学校は、前任校より規模が大きく、先生も結構多いんです。事前にコミュニケーションをとれていればまた違ったのでしょうが、着任後すぐに教材申請をしなければならず、いきなり難航したため、職員室への入りづらさも感じていました」
しかも、技術科の教員は富岡さん1人だけ。なぜここまで厳しく見直しを迫られるのか、理由を推し量ることもできなかった。
「技術科教員が1人しかいない学校は珍しくありません。前任校でも1人で、3学年全クラスの技術科の授業を1人で受け持つということだ」
実際、文部科学省が2022年度に実施した調査では、技術を担当する教員の23%が正規免許を持っていないことが明らかになっている。これはそもそも、技術の教員免許を取得できる大学が少ないことも原因のようだ。
「前任校は週10コマだったので、担任をしても週14コマと十分余裕がありました。生徒指導などの校務分掌にも積極的に取り組めたんです。しかし、今の学校は技術の授業だけで週18コマ。担任をすると授業準備の時間がほぼなくなってしまうため当初は断ったのですが、管理職に『他の先生方にも週18コマで担任をお願いしているので』と言われてしまいました」
もともと富岡さんは、生徒指導やクラス担任の先生に憧れて教員を志した。前任校でも担任として複数回卒業生を送り出し、その喜びは非常に強いものだったという。そこで現在の学校でも最終的にはクラス担任を引き受けたのだが、負担は想像以上だった。
「前任校では、働き方改革を意識して非効率なことはなるべくせず、残業も控える雰囲気がありました。でも、着任校は違いました。例えば、終業時間は17時にもかかわらず、学年会議は17時を回ってから始まり、当然のように2時間以上続きます。また、保護者や地域の人からのクレームを恐れて、職員室で出たゴミは一度封筒に入れてから捨てるというルールなどもあるのです」
一方で、担任を持たず、授業も週10コマ程度しかない教員も複数人いたという。休職経験があるなど、のちにそれぞれの理由は判明するが、当時着任したばかりの富岡さんは知る由もない。風通しの悪さや不透明さに起因する不信感もあり、富岡さんの心身は次第に蝕まれていった。
技術科の学びの意義は管理職でさえ理解不足
さらに追い打ちをかけたのが、「技術科に対する理解の低さ」だ。中学校学習指導要領では、技術科において「材料と加工」「エネルギー変換」「生物育成」「情報」の4つに関する基礎的・基本的な知識および技術を習得することを目的としている。
「技術科は受験科目ではないことから、『副教科』と呼ばれるなど軽視される傾向にあります。しかし、2020年からの学習指導要領は技術科の目標を『問題解決能力の育成』としています。よりよい生活の実現に向けて必要な力を身につけるために、子どもたちにとっても重要な科目だと思うのです」
例えば「材料と加工」は、散らばっているものをどうするかという問題を、棚の作成などを通じて考える。また『生物育成』では、例えばトマトの栽培などを通して必要な栄養素や環境を考えるという。
「予算申請において、私は1年生にプランター(鉢植え)のキットを購入したいと希望していました。2年生ではそのプランターを使用して植物の栽培をすることで、『材料と加工』と『生物育成』を連続的に学ぶことができます。しかし教頭には、『プランターは備品があるので、それを使えないか?』と言われました。また、技術を通して学ぶ問題解決能力は一生ものです。科目を通して『持続可能な社会の構築』を体現する意図もあって、教材を閉じて長く保存できるクリアファイルも申請しましたが、それも不要だと言われました」
各分野の学びの意義を深く理解していない相手に、その価値を伝えるのは難しい。粘り強く説明を繰り返し、なんとか申請を通したものの、富岡さんはすっかり疲弊してしまった。
そして、異変が起きる。まったくやる気がわかず、体が思うように動かない。教室に向かう階段で、耐えきれず座り込んでしまうこともあった。病院で適応障害と診断され、富岡さんは休職することに。管理職へ報告した際に、予算の見直しに関する一連の対応について弁明されたという。
「ちょうどその年から、自治体で学校徴収金の上限額が一律で設定されたのだと言うのです。今まで勤務してきた自治体では聞いたことのない話で驚きました。保護者の負担を軽減するために、例年よりかなり低く設定されていたようでした」
保護者負担を減らして教育ができないのは本末転倒
もちろん、保護者の負担を減らすべきという考えは「十分理解できる」と富岡さん。物価高でただでさえ教材費が値上がる中で、少しでも金額を抑えようと富岡さん自身もさまざまな教材を比較検討した。
しかし一方で、お金が原因で子どもたちに施すべき教育を諦めるのは本末転倒ではないかと訴える。授業を受けるのは保護者ではなく子どもたちであって、不十分な教育の弊害を被るのもまた、子どもたちなのだ。
「保護者に金銭的な負担をかけないのであれば、国や自治体が補助金を出すなどの対応をするべきだと思います」と、富岡さんは語気を強める。
現在、富岡さんは無事に適応障害から回復し、復職を果たした。今はクラス担任や部活動の顧問を外れて、技術の授業だけを行っている。ほとんどの時間を、職員室ではなく準備室で過ごし、学年会議にも参加していないという。もちろんその分、別の教員がクラス担任や校務分掌を引き受けているわけだ。
「学習指導要領が以前よりも分厚くなって、教員のやるべきことが増えたのは確かです。技術科教員を増やすだけでなく、1人ひとりの教員に負担をかけすぎないような制度設計が絶対に必要です。そうしないと、元気な教員にどんどんしわ寄せがいってしまいます」
現在、文部科学省は技術科の指導体制をさらに充実させる意向を示している。しかし、この「しわ寄せの連鎖」を断ち切れる仕組みをつくらなければ、学校そのものの持続可能性が危ういのではないか。
(文:高橋秀和、注記のない写真:CAN CAN / PIXTA)
本連載「教員のリアル」では、学校現場の経験を語っていただける方を募集しております(詳細は個別に取材させていただきます)。こちらのフォームからご記入ください。