「特異な才能のある児童生徒」はどこにでもいる
――才能のある子どもは「ギフテッド」と呼ばれることも多いですが、文科省は「特異な才能のある児童生徒」という言葉を用いています。これは具体的にどのような子どものことを指すのでしょうか。
「特異な才能」の内容に関して、文科省は特定の基準を示していません。才能教育研究においても、「才能」とは、知能、創造性、芸術、リーダーシップ、特定の学問などの多様な観点を交差するものであり、本人の素質と環境との相互作用によってさまざまな形で現れるため、一律的な認定が避けられる一方で、多様な定義や見いだし方が模索されています。
ただ、1つ確かなこととして言えるのは、特異な才能のある子どもは年齢や地域にかかわらず、どこにでもいるということ。愛媛大学では2010年より、興味関心や能力の高い幼年期の子ども向けの教育支援活動「キッズアカデミア」を実施していますが、北は北海道から南は沖縄県まで、日本各地からさまざまな才能をもつ子どもたちが参加しています。
――特異な才能のある児童生徒への支援にあたっては、どのような考え方が基本になりますか。
文科省の有識者会議は、「児童生徒を特定の基準で選抜し、特別なプログラム等を提供することを目指すのではなく、才能のある児童生徒を含むすべての子どもたちが多様性を認め合い、高め合える指導・支援の在り方を考えていくこと」を基本的な考え方としています。
多様性を認め合う教育に力を入れている国・地域は世界中に多数ありますが、児童生徒の才能を伸ばすための取り組みの内容はさまざまです。ただ、単一の教育モデルを全員に当てはめようとするのではなく、個々の強みや可能性を伸ばすように教育をより柔軟なものにしていこうという方向性は、多くの国々において共通認識になっていると言えるでしょう。
日常的な学びでは物足りない子どもたち
――愛媛大学の「キッズアカデミア」では、才能ある子どもたちの個性や能力を伸ばすために、どのような活動をされているのでしょうか。
年長児から小学2年生を対象としたSTEAM講座(サマースクールやウィンタースクール)やコンテストなどの開催をはじめ、小学校高学年まで参加できる交流会を開いたり、研究を深めたい子どもへのメンタリングを実施したりしています。

(写真:キッズアカデミア提供)
また、才能教育の最新知見などを紹介する一般の人向けのオンラインセミナーを開催するほか、国際共同研究にも取り組み、才能教育に関して信頼のおける情報発信とネットワークの構築などに取り組んできました。
――子ども向けのプログラムには、どのような子どもが参加していますか。
日常的な学びでは物足りない子ども、知的な疎外感を感じているような子どもが多いです。2025年7月時点で244人の子どもが在籍しています。例えば、以下のような子どもたちが全国から集まってきています。
このような子どもたちのユニークさは、IQなどのスコアよりも、実際の行動や成果物から見たいものです。そのため、キッズアカデミアでは、参加希望者に一律のテストや検査を行うことはしていません。

(写真:キッズアカデミア提供)
交流会では高度な能力を持つ子どもたち同士で話をするため、ついていけずに発言に詰まってしまう子もいる一方で、保護者から「幼稚園では話が合う友達がいないので、興味のあることを存分に話せて楽しそうでよかった」という感想が寄せられることもあります。才能のある子にとって、話ができる仲間との出会いや自分が考えたテーマの研究に没頭できる機会は心の安定につながっていると感じます。
高学年になるとJST(国立研究開発法人科学技術振興機構)のジュニアドクター育成塾などを受講する子もいますし、科学だけではなく、作文や書道、音楽、スポーツといったさまざまな外部のコンテストなどに挑戦して評価されている子も多いです。子ども自身の興味や適性は活動に参加する中で見えてくるものなので、多様な機会を提供しながら成長を促すことが重要だと考えています。
「月に1度」「学期に1度」の支援でも効果はある
――文科省は、特異な才能のある児童生徒に対して特別の教育課程編成を認める方針です。学校ではどのような教育支援や体制が求められるのでしょうか。
「多様な柔軟化」の実践成果を蓄積していくことが重要です。例えば、教育支援のあり方に関しては、「誰が(担当教員/教員による連携/外部専門家等)」、「どこで(教室内/学校内/学校外)」支援を行うかにより、それぞれの掛け合わせで9つの類型化ができ、以下のような支援が想定されます。
通常の練習問題のほかに、さらに思考を深められるスペシャル問題を用意する。とくに小学校低学年くらいで取り組みやすい支援
中学3年生の授業で社会と理科の教員が連携して、「『2050年には日本の発電は何を重視すべきか?』という討論会に向けて、根拠に基づいた発表資料を作成し、そこで得た学びも生かして日本の資源・エネルギー問題に対する方策と自身の行動宣言をレポートにまとめる」といった、教科横断的なパフォーマンス課題を設定する
小学6年生の理科の授業で「体のつくりとはたらき」を学ぶ際に、動物園の職員を教室に招いて、動物の体のつくりについての特別授業を実施。人の体のつくりとの共通点や相違点を考える
・JST次世代科学技術チャレンジプログラムを受講して、大学などの先端的研究施設を使用したり、大学教員などから指導を受けたりする
・国際ユースサミットなどに参加し、世界の多様な人々の中で探究活動に挑戦する
「担当教員(自分)」が「教室内」で対応できることは多数あり、実際にすでに工夫されている先生も多いでしょう。一方で、「やり方がわからない」「負担が大きすぎて手が回らない」と考えて負担に思う先生もいるかもしれません。児童生徒が興味関心のある分野を専門家につなぐことも重要な役割だと考え、ほかの先生方や外部の専門家との連携を進めることが大切です。
――教員が外部の専門家とのつながりを作るには、どうすればよいでしょうか。
小学校であれば、遠足や社会科見学などで訪れている施設に協力を依頼するのもよいでしょう。中学・高校で、より高度な内容の支援が必要とされる場合は、校内でそれぞれの分野を専門とする先生に相談したり、図書館で専門書や学術書を調べたりすると、情報が入手しやすくなります。
それに加えて、JSTの電子ジャーナルプラットフォーム「J-STAGE」では、生徒の関心領域のキーワードをもとに関連する研究者の論文などを探すことができます。また、全国の研究者が業績を管理・発信するデータベース「researchmap」や大学のウェブサイトでも、研究者や教員の研究分野や業績等が公開されています。
特異な才能のある児童生徒の支援に資するプログラムを実施している外部機関やコンテストの情報は、文科省のウェブサイトでも一覧が公開されています。
――支援を毎回の授業で行うことが難しい場合、月に1度や学期に1度の実施でも効果はあるのでしょうか。
先生方も、つねに完璧を目指す必要はありません。月に1度、学期に1度でも、才能のある子どもたちがその特性を発揮し、強みを生かせる場を提供できれば、それは貴重な成長の機会となります。例えばさまざまな教科の学習や授業外の場面において、それぞれが学期に1度、そのような機会を設ければ、学校全体としては子どもたちに複数の機会を提供できます。
キッズアカデミアのメンバーの事例では、小1で高校の理科の内容を理解できるものの、学校で居場所を見つけられずに不登校傾向だった児童が、小2で担任が変わり、授業中に時折スペシャル問題を用意してもらえるようになったことがきっかけで学校に足が向かうようになったケースがあります。頻度が低くても、自分の特性を発揮できる機会があることは子どもによい影響をもたらすと言えるでしょう。
「才能教育センター」では教員向けの研修を実施予定
――通常学級の中で、特異な才能のある児童生徒から高度な内容の発言があった際は、どのように対応すればよいのでしょうか。

愛媛大学学長特別補佐・教育学部附属才能教育センター長・教育学部教授
博士(教育学)。専門は、才能教育・STEAM教育。才能のある幼年児を対象とする「キッズアカデミア」を2010年にスタート。2013年に野依科学奨励賞受賞。ケンブリッジ大学のキース‧テイバー教授と共に世界の科学才能教育研究成果を編纂し、Routledge社より3冊シリーズを刊行。2018年日本科学教育学会学術賞を受賞。2022年The 17 Asia-Pacific Conference on GiftednessにてBest Oral Presentation Award受賞。アジア太平洋才能教育連盟(Asia Pacific Federation on Giftedness)理事、世界才能教育協議会(World Council for Gifted and Talented Children)日本代表
(写真:本人提供)
子どもの発言したキーワードを拾い上げ、それを取り込みながら授業や学級活動を柔軟に進めることができればよいと思います。
例えば、行事の当日に晴れるようにてるてる坊主を作っていた学級で、みんなが「てるてる坊主のおかげで晴れてよかったね」と話しているときに、「晴れたのは高気圧が来たからだよ」と言う子どもがいた場合、「難しい言葉を知っているね」といった反応だけにとどめず、「では、曇りのときはどうなのかな?」と問いを投げかけてみることもできます。そこから、「次の行事のときはみんなで天気予報をしてみよう」と話を広げていけば、学級全体で天気のことについて学ぶ機会が得られます。
才能のある子が自らの興味や関心に基づく貢献や協働を通じて、学級全体での学び合いを広げたり深めたりしていけるように意識できるとよいでしょう。
――教員が特異な才能のある児童生徒の支援の方法を学ぶには、どのような方法がありますか。
文部科学省の令和5年度・6年度の「特定分野に特異な才能のある児童生徒への支援の推進事業」の研修パッケージでは、具体的な支援の例などを1本あたり約20分の動画で解説しています。
また、今年4月に開設された愛媛大学教育学部附属の才能教育センターでは、才能教育の最新動向などを紹介するオンラインセミナーやイベントを継続して実施していきます。今後は、教員向けの研修の実施も予定しているほか、保護者や先生方からの相談窓口を設け、適切な情報提供を行っていきます。
多様な子どもたちが各自の才能を輝かせることができる社会を実現できるよう、信頼できる情報を発信していきますので、ぜひアクセスしていただけたらと思います。
(文:安永美穂、注記のない写真:topic kong/PIXTA)