「多忙な教員が好きなときに無料で学べる場」をつくる理由

2023年12月16日、「LEARN Teachers Academy」(以下、LTA) という研修プログラムがオープンする。これは、東京大学先端科学技術研究センター「個別最適な学び研究」寄付研究部門が全国各地で実施しているプロジェクト「LEARN」から派生した、教員向けのプログラムだ。

12月16日、新たな研修プログラムがオープン

これまでLEARNでは、学校教育とは異なる多様な学びのプログラムを子どもたちに提供してきたが、LTAは全国の幼稚園から小・中学校、高等学校までの教員をはじめ、教員志望の学生や教育委員会の関係者なども対象に展開していく。

その学びは、下記のように3段階で構成されている。

1:基礎コース(オンデマンド動画の視聴)
2:実践コース(ディスカッションを中心としたオンラインおよび対面のゼミ)
3:発展コース(LEARNプログラムを使ったフィールドワーク)

 

多忙な教員が隙間時間を使って好きなときに学べるよう、主にオンラインで受講できるようにしている。受講料は原則無料だ。対面のゼミや長期休みに実施するフィールドワークでは、現地までの交通費や宿泊費が自己負担となるが、参加を支援するスカラシップ制度の開設も予定されている。

なぜ、こうした学びの場をつくるのか。LEARNとLTAの生みの親である東京大学先端科学技術研究センター「個別最適な学び研究」寄付研究部門 シニアリサーチフェローの中邑賢龍氏はこう話す。

中邑賢龍(なかむら・けんりゅう)
東京大学先端科学技術研究センター シニアリサーチフェロー
広島大学大学院教育学研究科博士課程後期単位取得退学後、香川大学教育学部助教授、米カンザス大学・ウィスコンシン大学客員研究員、英ダンディー大学客員研究員、東京大学先端科学技術研究センター教授などを経て2022年より現職。「ユニークな人材を受け入れ、多様性を認め合う社会の実現」を目指し、ICTを活用した学び支援研究、重度の知的障害や重複障害のコミュニケーション支援研究、不登校や引きこもり状態になっている若者の支援研究などを行っている。著書に『どの子も違う 才能を伸ばす子育て 潰す子育て』(中公新書ラクレ)、『育てにくい子は、挑発して伸ばす』(文藝春秋)など
(写真:中邑氏提供)

「偉そうに『先生を教育する!』と言うつもりはないんです。ただ、現場の先生をはじめ、多くの人が公教育のひずみを感じています。今の教育は詰め込み教育で、一斉指導の中で子どもたちは『人と違うことをしちゃダメ』と言われ続けています。不登校児童生徒数は過去最多の約30万人に上りますが、学校がワクワクする場所になっていないから、不安を覚える子が多いのでしょう。しかし、先生たちは教育を変える必要があると思ってはいても、どうすればよいのかわからないのではないでしょうか。今の先生たちは学習指導要領をこなしているかどうかで評価されて縛られており、学ぶ場がありません」

もちろん教員研修は行われているが、そこにも課題はあるという。法令研修はやるべきことがたくさんあり、新しい学びを取り入れる予算も時間もないと中邑氏は指摘する。

「私たちが『無料でいいから研修をやらせてほしい』と学校や自治体に声をかけても、『予定がいっぱいで組み込めない』と言われてしまうのが現状で、今の教員養成や研修を変えて新しいことを始めるのは難しいと感じています。だったら、学校の外でやろうと。すでに私たちが学校外で展開しているLEARNのコンテンツやベースとなる考え方を、先生たちが学べる場をつくればいい。そう思ってLTAを立ち上げたのです」

「今の教員養成や教員研修にはない内容」が学べる

LTAの受講者は、まずは基礎コースから学ぶ。人数制限は設けないので、誰でも受講することができる。20〜30時間のオンラインカリキュラムは「領域A:変化する現代社会と教育課題を広い視点から学ぶ」「領域B:科学的思考と子どもの能力の見立てを学ぶ」「領域C:子どもの力を引き出すテクノロジーと環境を学ぶ」という3領域で構成されている。

「今の教員養成や教員研修には含まれていない、重要なもの」(中邑氏)を学ぶ内容となっている。例えば、AI時代の子育て、子どもの貧困と社会の分断、ICTの活用に必要なアクセシビリティーの情報、AAC(補助代替コミュニケーション)や認知科学の基礎、インクルーシブ教育の現状と未来など、幅広いテーマが予定されている。

中邑氏をはじめ、教育哲学者の苫野一徳氏、こども食堂の支援をしている湯浅誠氏、文部科学省初等中等教育局視学委員でGIGAスクール戦略担当を務めるEdlog代表取締役社長の中川哲氏など、多様な講師陣を揃えている。

「今の学校のあり方や学習指導要領を否定するわけではありません。しかしこれまで、『時間割なし・教科書なし・目的なし・協働や計画も緩やかに』を基本とする、いわば学校とは正反対の学びを実践するLEARNでは、子どもたちが明らかに生き生きと変わっていきました。子どもたちが動き出すのを待つ教育なので、今すぐ学校の枠組みで実装するのは難しいですが、東京都渋谷区や広島県、福島県は、LEARNへの参加について出席配慮をしてくれるようになりました。こうした動きがある中、3割の先生の意識が変われば、学校の学びはもっと自由になっていくと考えています。気の長い話ではありますが、学校の中から少しずつ日本の教育を変えていこうというのが、私たちの目論見なのです」

子どもたちが変わっていくというLEARNは、いったいどのような学びを提供しているのか。例えば、今年は「ものづくりの好きな高校生集まれ 60年代の空冷ポルシェを甦らせよ!―人や機械からものづくりの知恵を学ぶ5日間―」「昆虫学者と森を歩き、生き物とコミュニケーションする!」「働くってなに?〜とりあえず働いて、その面白さを体験してみよう〜」「子どものためのプログラム『動物県からの贈り物』、保護者のためのプログラム『子育て作戦会議』」など、多彩なプログラムを全国各地で実施してきた。

LEARNは、子どもや保護者を対象にさまざまなプログラムを提供している

こうしたLEARNの運営を支えているのは、教育に関心の高い個人や企業などの寄付による東京大学基金の中のLEARN基金だ。そのため、LEARNプログラムの参加費は、交通費や宿泊費を除いて原則無料となっており、LTAもこの基金で賄われる。

「LTAが目指すのは、LEARNが追求してきた個別最適な学びを前提とするインクルーシブ教育の実現です。近年、裕福な家庭の子は早くから私立に進学し、均質な集団の中で教育を受けているという背景もあり、多様性のある公教育をもっと大事にしなければいけないと思っています。それを担っている学校の先生には自信を持ってもらいたい。子どもたちの支援に当たって医師の診断を必須とする学校が多いですが、1人ひとりの様子を一番近くで見ているのは保護者と先生です。例え医師のサポートが必要な状態でも、環境を調整することで困り事が解消するケースもあります。それぞれの子どもに合った学びの提案を先生が自信を持ってできるようにしたいと考えています」

そのためにも、教員は子どもたちに「学びのリテラシー」を教える必要があり、新しい知識や発想の転換が求められるという。「だからこそ、LTAでは先生が集まって教育課題や社会課題について議論する場もつくります。これからの教育について一緒に考えてもらい、私たちが思いつかないような教育がここから生まれればいいなと思っています」と中邑氏は語る。

発展コースでは「子どもを見立てる」ところまで実践

中邑氏の言う「教員が集まって議論する場」に該当するのが、LTAの実践コースだ。基礎コースを受講した人が、実践コースのコミュニティーに参加できる。そして発展コースでは、人数を絞った形で夏休みなどに東大先端研で数日間のフィールドワークを実施する。

「例えばLEARNでは、ICTツールを駆使して街で買い物をするプログラムを実施したことがありますが、今年9月に開催したLTAのプレオープニングイベントの際にこれと同じことを先生たちにやってもらいました。学習に困難のあるお子さんは、ICTツールの録画機能や録音機能、メモ機能などを使うことで学びやすくなることがありますが、その便利さや能力拡張の重要性を実感してもらえたのではないかと思います。発展コースでは、そんなふうに子どもを対象に行ってきたさまざまなLEARNプログラムを体験してもらう予定です。ゆくゆくは、LTAで学んだ先生たちと子どもを対象にしたLEARNプログラムを全国で展開し、子どもを見立てるところまで実践できるようにしていきます。ワクワクする学びの場をつくるので、ぜひ先生たちには私たちと一緒に旅をしてほしいです」

9月のLTAプレオープニングイベントで行われた、ICTツールを駆使して買い物をするワークショップの様子
※タイトル上の写真もこの時に撮影されたもの

12月16日に京都で行われるグランドオープニングイベントは、150人の定員があっという間に満席になったという。イベント開催日と同日にオンラインの基礎コースもリリースされる予定だ。LTAで学びたい人は、LEARNのウェブサイトで「LEARN ROOM」に登録すると受講の案内を受け取ることができる。

現場の教員が学び直すことで自らを変え、学校を変え、そして教育を変える。その変革を目指す一歩が今、踏み出されようとしている。

(文:吉田渓、注記のない写真:東大先端研LEARN提供)