文部科学省は2022年に「今後採用するすべての教員に特別支援教育の担任を2年以上経験させる」よう通知を出し、特別支援教育に本腰を入れる姿勢をみせている。しかし、現場からは教員に丸投げで何の支援もない“無為無策”に加え、教育委員会や管理職からの過度な“縛り”による悲鳴の声が上がっている。
現在、約65万人の児童・生徒が特別支援学校、特別支援学級(以下、支援級)、通級指導教室(以下、通級)などで、さまざまな形の特別支援教育を受けている。そのうち約37万人の児童・生徒が学ぶ、公立小学校・中学校の支援級の教員に実態を聞いた。
小学校支援級の教員を疲弊させる「複式学級」
公立小学校で支援級の担任をしている黒部五郎さん(仮名)は、こう話す。
「巡回方式などやり方がまちまちな通級ほどではないにしろ、支援級も地域や学校によって実態はかなり異なります。近年は支援を受ける児童数が倍増している背景もあって、ほとんどの小学校の支援級では、同学年を指導する単学年の学級ではなく、複数の学年の児童を1つの教室内で指導する複式の学級になっているのが現状です。この負担が非常に大きい」
黒部さんの支援級は2学年が一緒になった複式学級で、授業は最初の15分を共通で行い、その後は学年ごとに異なる課題を出し、片方ずつ順番に指導するスタイルを取っている。しかし、他校では3学年以上を同時に見ているケースも珍しくないという。
「2学年(2つの学習内容)までなら、1人でも何とかなりますが、知っているケースでは、4学年や6学年を1人で見ている教員もいます。いくら少人数だからといっても、無茶振りに感じます。異学年の内容を進めるための方法など、教員が何のフォローも受けられずに、教科書を3つも4つも並べて授業をしている学級もあるということです。どうしたらいいのですかと相談されても、私もわかりません。守秘義務が絡むため表に出てきませんが、そんな中で校内で協力しながら何とか日々を過ごしている教員もいるのです」(黒部さん)
しかも、支援級の児童はそれぞれ抱えている困りごとや特性が異なり、授業や支援内容をマニュアル化することができず、ベテラン教員でも対応に苦慮することが多いという。
「教員と児童の相性も大きく影響します。ベテラン教員でもASD(自閉スペクトラム症)の児童とうまくいかず、教員が教室にいる間はずっと児童が机の下に引きこもってしまうケースもありました。その教員は『これで給料をもらっていいのか……』と何もできないことを苦しんでいました。荒れたときの対応、振り向いてくれないときの対応なども、一般的なものは書籍にもまとめられていますし、昨年の先生が個別の教育支援計画を作ってくれていますが、子どもたちは成長するし、学級の状況は毎年違うし、先生のやっていた細かい配慮などの経験や技などが重要だったりします。
経験と教育技術にかかる部分が大きく、すべての子に通じるマニュアルを作ることは難しいと感じます。さらに、通常の学級で多人数の指導技術をどれだけ磨いたとしても、支援級ではまったく通用しないこともあります」(黒部さん)
新人や臨任教員ばかりの支援級、中学校では教科書が使えず困惑
現場の教員任せで支援がないのは、中学校の支援級でも同様だ。かつては年配の教員が退職前に長年の経験を生かしながら、のんびりと支援級を指導するイメージがあったが、現在は教員不足によって知識や経験の乏しい新卒教員や臨時的任用教員(以下、臨任)が、いきなり支援級の担任を任されることが増えている。
実際、小学校の学級担任全体における臨任の割合は11.49%、中学校が9.27%であるのに対し、特別支援学級の臨任の割合は小学校で23.69%、中学校で23.95%だという(文科省「令和4年3月 特別支援教育を担う教師の養成の在り方等に関する検討会議報告」)。
公立中学校で支援級を担任した加納陽子さん(仮名)は「支援級の担任は6人いましたが、そのうち2人は臨任、2人は新卒の教員でした。通常級にはたくさん教員がいて欠員がないのに、支援級は3分の1が欠員で臨任に頼っている異常事態でした」と訴える。
自身も臨任で特別支援教育の素人だった加納さんは、手探りでも出来る限りの指導を尽くそうと努力した。しかし、丸投げどころか、教材すらまったく用意がない実態に困惑したという。
「軽度の知的障害のある生徒は普通に会話ができるように見えても、発達段階は小学校3~4年生程度です。配布される中学生の教科書は難しすぎて授業でまったく使えません。しかし、小学校の教科書は用意されていないので、仕方なくネットでダウンロードした小学生向けの教材や、教員が自費で購入したドリルを授業で使っていました。文科省が本当に特別支援教育に力を入れるのであれば、実情に合った支援級向けの教科書を作ってほしい」(加納さん)
息苦しさを増す教員への“縛り”、指導放棄に陥っているケースも
こうした“無為無策”に加え、不適切事案を過度に恐れる教育委員会や管理職からの“縛り”も支援級の教員を追い詰めている。
「月に1~2回ほど『服務事故』として処分を受けた教員の事例と件数が文書通達され、そのたびに管理職から『誤解を招きかねない行動は避けるように』とあいまいな注意をうながされ、近年は頻繁に不適切事案防止の研修動画の視聴やチェックシートの提出を求められます。また、毎学期末に必ず『服務研修』が行われるのですが、その際に使った文書はすべて名前を記入して回収され、外部に内容が漏れないようにしています。一体何をそんなに恐れているのでしょうか」(加納さん)

(出所:東京都「令和5年度 児童生徒性暴力の防止に向けた取組について」)
小学校の通常級を10年、支援級を15年間指導してきた黒部さんは「これはクビかなぁ、と覚悟することもしばしばありました」と苦しい胸の内を明かす。
「PCでゲームをひたすらやり続けて話を聞かない子、教室から走って逃げ出す子、配ったプリントをびりびりと破ってばらまく子、何かにキレて椅子を投げつけてくる子……そんな子どもたちを前に話術だけで立ち向かえるのか。 これまで叱ったり褒めたり、聞いたり語ったり、支援グッズを試したり仕組みづくりを工夫したりとさまざまに対応してきましたが、触れたり、1対1だったり、叱ったりしたこともあります。
何かを達成したときにおんぶして教室を一周したり、高い高いをしてあげたり、けんかの仲裁で1対1で話を聞いたり諭したりすることもあります。 集中力が散漫な子や思い出すのが苦手な子は、刺激を避けたほうがいいためです。人権が蹂躙されるような悪口に対して一喝したこともあります。穏やかに治める技量は自分にはまだありません」
黒部さんのような使命感を持ったベテランが不在の学校では、過度な“縛り”の結果、指導放棄に近い状況に陥っているケースもある。中学校の支援級を担任した加納さんは「生徒の体格が大人と変わらない中学校では、ますます手が付けられない状況になっている」と明かす。
「じっとしていられない多動の特性に加え、執着の強い自閉症状を併せ持つ生徒が、他学年の教室に居座り、教員に暴言を浴びせ続けることは日常茶飯事でした。生徒の特性に配慮しなければならず、教室から強制的に排除すると“不適切な指導”になるということで、ほかの生徒に物理的な危害を加えなければ、教員はじっと耐えるしか選択肢がありませんでした。教員もほかの生徒もメンタル的に追い込まれ、これが教育なのか大きな疑問を感じました」(加納さん)
こうした事例は少なくないはずだが、近年は個人情報保護の壁が立ちはだかり、モデルケースとして解決策を共有することが難しくなっているという。
「個人情報の守秘義務があるため、校内ですら一部の教員しか詳細を共有することができません。ましてや外部には公開できません。全国で同じような問題が多発しても解決のモデルケースが確立できず、それぞれの学校が個々に対応するしかないのが現状です」(黒部さん)
一方で、長年にわたって支援級を指導してきた黒部さんは「それでも通常級よりは、まだ支援級のほうが“縛り”は緩い。教員がやりたい教育ができる余地が残されている」とも語る。
「通常級では、やる気のある教員が独自の宿題を出すと、同じ学年のほかの教員から『保護者に“なぜあのクラスだけ違うことをやっているのか”と言われかねない。足並みをそろえてほしい』と横やりが入り、創造的な教育ができなくなっている。でも、支援級の場合は『それぞれの子どもに合った支援が受けられる学級なので』と説明がしやすく、保護者と情報交換をする機会も多いので、信頼や納得も得ながら個に応じた宿題を提供することができる。だから、私は何とか教員を続けられています」(黒部さん)
いまや学校全体が人手不足で厳しい状況にあることは十分に承知している。だが、文科省が特別支援教育に本気で力を入れる気があるのなら、まずは現場に踏みとどまっている教員を支え、教育ができる最低限の環境を整えるべきではないだろうか。地域や学校によって特別支援教育の実情が大きく異なるのであれば、教育委員会がリーダーシップをとって現状を把握し、自治体全体で体制を強化していくことも欠かせない。
(注記のない写真:izolabo / PIXTA)