「週6コマ程度の空き時間」を確保できるように
近年、精神疾患などによる若手教員の休職・退職が増加傾向にあった山形県。とくに小学校では大卒の新採教員が着任後すぐに学級担任を担うのは負担が大きいことから、県教委は2023年度より、小学校の新採教員の負担を軽減しながら育成する「新採教員育成・支援事業」を開始している。
この事業では、学校の規模によって2種類の支援を実施。5年生または6年生が3学級以上ある規模の小学校では、新採教員は「教科担任兼学級副担任」として特定の教科の授業を受け持ちながら、先輩教員の下で学級経営や保護者対応を学ぶ。一方、そのほかの小学校の新採教員は学級担任を受け持つが、授業の一部を代替するなどのサポートをする支援員が配置される。
導入の背景を報じた昨年4月公開の記事「山形県『新採教員に1人で担任を持たせない』体制開始、『若手の退職』に危機感」は大きな反響があったが、「現場のその後」が気になっている読者も多いのではないだろうか。
2023年度に採用された新卒の小学校教員106人のうち、24人が教科担任兼学級副担任、82人が学級担任(支援員配置)となった。
この取り組みにより、「新採教員は週6コマ程度の空き時間を確保できるようになった」と県教委担当者は話す。空き時間は、教材研究や授業準備、事務、ほかの教員の授業見学などに充てる新採教員が多いという。
新採教員たちの「満足度」は?
2023年11月に県教委が大卒新採教員と勤務校の校長に実施したアンケートでは、教科担任兼学級副担任の72.8%、学級担任(支援員配置)の91.4%が、この体制について「満足している」または「どちらかといえば満足している」と回答した。
教科担任兼学級副担任による自由記述では、「さまざまな学年や先生方の授業・学級経営・保護者対応を見ることができ、来年度からの学級経営に生かしたいことを学ぶことができている」「学級担任をしたいと思っていたが、4月の学級担任の忙しさを見て、副担任でよかったと思った」といった声が見られた。学級担任(支援員配置)からも「授業の準備や授業参観ができている」「支援員が授業の一部を受け持ってくれるので、教材研究や学級事務の時間が確保された」といった声が上がっており、好評であることがうかがえる。
また、校長も72.7%がこの取り組みを高く評価しており、92.9%が「ほかの教職員もこの取り組みを好意的に捉えている」と回答している。
しかしなぜ、より負担が軽いと思われる教科担任兼学級副担任のほうが、満足度が低い結果となったのか。県教委担当者は次のように分析している。
「アンケートでは『不安ではあるが、学級担任をしたかった』『来年度、単独で学級担任をすることへの不安がある』という声も見られ、担任を持ちたかった新採教員は一定数いたのだろう。また、1学期は学級担任の学級経営を見学し、2学期以降は朝の会や給食指導などを少しずつ受け持つというように計画立てて進めた学校もあるが、山形県の小学校には従来『副担任』というポジションがなく、学校としても新採教員にどのような役割を与えればよいのか不透明な部分があったので、新採教員が戸惑いを感じたのではないか」
「守りながら育てる」、2年目以降の支援が課題
とはいえ総じて満足度は高く、2023年度から現在に至るまで、大卒の新採教員の精神疾患による特別休暇取得者・退職者はゼロの状態が続いている。「若手の精神疾患が増加傾向にあった中、これは大きな成果だと捉えている」と県教委担当者は言う。
現場の教員からは「今までの新採教員よりは退勤時間が早くなった」との声もある。2024年度採用(2023年度実施)の教員選考試験では、新採教員の負担軽減の取り組みを知り、他県から受験した人もいたそうだ。また、この取り組みがどれだけ影響を与えたかはわからないが、2025年度採用(2024年度実施)の教員選考試験の志願者数(小学校)は、昨年度の236名から37名増えて273名となった。
しかし、新採教員の育成を手厚くすると、ほかの教員の負担が増大するのではないか。県教委はそうした事態を避けるため、2024年度から予算を増やし、週20時間までとしていた非常勤講師の勤務時間を週30時間へと拡大。非常勤講師が新採教員のサポートだけでなく、ほかの学年・学級の授業も担当できるようにした。
支援員の確保に向けては、専科加配の活用で不足する分は退職者に声をかけるほか、ペーパーティーチャー向けの説明会を実施して教員免許所有者の掘り起こしも行っている。「フルタイム勤務は厳しいが、非常勤としてなら勤務ができるとおっしゃる方は少なくない」と県教委担当者は話す。その結果、2024年度は支援員82名のうち、80名は再任用短時間勤務職員や非常勤講師などの教員免許保有者を確保できた。残り2名は教員免許を持たない会計年度任用職員だが、事務などのサポートを行う形で新採教員の負担軽減につなげているという。
県教委は2024年度、新採教員を「守りながら育てる」意識の浸透をさらに図るため、事業概要や校内体制の工夫例などをまとめたリーフレットを作成して各学校に配布している。また、「2年目の育ちを丁寧に見ていかなければいけない」(県教委担当者)との考えから、2年目教員のサポート体制を検討していくに当たり、本人や現場の様子を知るために学校訪問を実施している。
「ある2年目教員は、1年目に教科担任兼学級副担任として過ごす中でさまざまな教員の授業を見学して気づいた点をノートにまとめていました。その教員は、単独で学級担任を持つようになった今年度は、周りの先生方に教えてもらいながらも、そのノートを生かして授業や学級経営を行っていると話しています。今後は2年目教員の不安を解消するための好事例などを県内で共有するとともに、研修を担当する教育センターとも連携しながら2~3年目の研修体制を充実させ、切れ目のない支援体制を確立していきたいと考えています」(県教委担当者)
部活動の地域移行、ICT活用、外部人材活用も推進
県教委では2019年度に「公立学校における働き方改革プラン(Ⅰ期)」を策定し、教員の働き方改革を推進してきた。現在は第Ⅱ期(2023~2025年度)が進行中で、当初の目標値に届かなかった第1期の反省を受けて、「半期における時間外在校等時間の月平均が80時間を超える教員数0人」「年間における時間外在校等時間の月平均が45時間を超える教員数0人」を目指し、新採教員の支援に留まらず、多角的な取り組みを進めている。
例えば、「中・高の教員の時間外勤務が増える主な要因は部活動」という調査結果から、休日の部活動に関しては2023年度より地域移行を推進。2024年度は県内全35市町村のうち23の市町村で、地域移行の各調整を担うコーディネーターを配置し、休日は地域のクラブが部活動を担う体制づくりを進めている。
「現在は、中学校の約3割で休日は学校が部活動を行わない体制を組めている。これをほぼすべての中学校に普及させていけるように、今後も地域移行を進めていきたい」と県教委担当者は話す。
ICTの有効活用も進めており、県立高校の一部の学校で先行導入していたデジタル採点サービスを2023年度には35校まで拡大。2024年度はさらに4校への導入を予定しており、「ほぼすべての県立高校に導入できる見通し」(県教委担当者)だ。点数の集計やデータ化ができるようになったことでミスが減り、採点作業を勤務時間内に終えられる教員が増え、「こんなに効果があるのかと驚いている」と県教委は言う。
また、2018年度より導入を始めた教員業務支援員(スクール・サポート・スタッフ)を、2024年度は小・中・特別支援学校の全校に配置を進めている。教員業務支援員は教員免許を所有していない人材でも任用可能で、印刷作業や給食指導などのサポートを担っている。
これらの取り組みはいずれも段階的に進められており、2022年度上期と2023年度上期の月平均時間外在校等時間を比較すると、小学校は37時間から36時間10分、中学校は47時間56分から44時間39分、高校は44時間26分から42時間33分、特別支援学校は24時間30分から23時間42分へと、いずれも減少している。
時間外在校等時間が80時間を超えた教員数は、2023年度上期の時点では小学校が4人、中学校が65人、高校が142人。目標の0人までは道半ばだが、中学校では最多だった2021年度上期と比べ約56%減となった。「部活指導や生活指導で忙しい中学校教員の時間外在校等時間を減らすことは容易ではないが、働き方改革の成果が数字に表れ始めたと捉えている」と県教委担当者は話す。
「教頭マネジメント支援員」や「スクールロイヤー」も配置
2024年度から始めた取り組みとしては、教頭マネジメント支援員やスクールロイヤーを新たに配置。教頭マネジメント支援員は、規模の大きな小・中学校10校に配置し、教頭に集中しがちな事務作業をサポートできるようにした。スクールロイヤーは弁護士を県として委嘱し、県立学校だけでなく市町村立学校も含めて各校から要請があれば相談できる体制を取っている。相談内容は教育課程に関すること全般を対象とし、児童・生徒の問題行動への対応や保護者対応についても相談が可能だという。
また、教員確保のために、介護や子育てなどで離職した教員経験者を対象とする「元職教員特別選考」も行っている。2024年度採用より応募条件を緩和し、正教員経験を「山形県で3年以上」から「山形県またはほかの都道府県で3年以上」、退職後の年数を「5年以内」から「制限なし」にしたところ、0人だった応募者が16人まで増加したという。
さまざまな形で教員の負担軽減に取り組む山形県。県教委担当者は「教職員のワークライフバランスを実現し、職場環境を整えることで、より充実した教育活動を行えるようにしていきたい。そして、生き生きと働く教員の姿を見せることを通じて、教職の魅力を若い世代にも知ってもらいたい」と語る。
(文:安永美穂、注記のない写真:ふじよ/PIXTA)