互いを知らないままで「働き方改革」はうまくいかない

庄子氏が2024年に全国の学校や教育委員会で実施した研修や講演は約150回に上り、そのうちの4割程度は働き方改革に関する依頼だったという。

庄子 寛之(しょうじ・ひろゆき)
ベネッセ教育総合研究所 教育イノベーションセンター 主任研究員
公立小学校の教員を20年近く務めた後、現職。大学院にて臨床心理学科を修了し、人をやる気にさせる声かけや環境づくりを専門とする。次世代教育・働き方改革・道徳教育などに関する研修を全国各地で行い、研修回数は400回を超え、受講者も10,000人以上となる。著書に『学級担任のための残業ゼロの仕事のルール』(明治図書出版)など
(写真:ベネッセ教育総合研究所提供)

複数の学校で年数回、対面研修やオンライン研修による伴走型支援も行っているが、その1つが、広島市立吉島東小学校だ。同校は、2022年度は担任教員の時間外在校等時間の月平均が63時間になる月もあり、中には月108時間に達する教員もいるなど、広島市の学校の中でもかなり厳しい状況にあったという。

その状況を改善すべく、同校では2022年度の途中から、校内に働き方改革推進委員会を設置。個人情報を含まない校務書類のクラウド化や、職員室にコミュニケーションスペースを設置するなどの改革を始めていた。

しかし、同校が2023年度より広島市の働き方改革推進モデル校に指定されたことを受けて外部講師として招かれた庄子氏は、初回の研修を実施した2023年7月の時点では、「教員同士の活発な会話は少なく、急に始まった働き方改革への戸惑いからか、お互いに少し距離を取ろうとする雰囲気がある」という印象を受けたという。

「これは多くの学校に共通して言えることですが、小学校の担任は個人事業主のような感覚で自分の学級だけを見ていることが多く、ほかの教員のことをあまり知らないケースが少なくありません。教員がお互いのことをよく知らない段階でいきなり働き方改革に着手すると、改革に積極的な教員と消極的な教員が対立する構造になりがちで、正論に基づいた施策を講じようとしてもうまくいかないことが多いのです」

そこで、初回の研修で庄子氏は、教員が互いをよく知るためのワークを冒頭に取り入れた。輪になって座り、中央に一人の教員が立ち、その教員のよいところをほかの教員はペアになって大きな声で一斉に話す。輪の中央に立っている教員は、どんな話が聞き取れたかを報告し、自分の感想を伝える。このワークにより教員間の心理的安全性が高まったことで、教員が意見を言いやすくなり、ほかの教員の意見にも耳を傾けやすくなるという変化が見られたそうだ。

「なくす」「へらす」「うつす」「ふやす」の4つの観点で考える

また、庄子氏は初回の研修において、教員が「自分は何のために働いているのか」「どんな働き方が理想なのか」を自問自答する機会をつくり、それを教員間で共有した後に、理想の学校像を全員で対話する時間を設けたという。

「『残業して授業の準備を万全にしたい』という思いがあったとしても、『自分が死ぬとき、時間を戻せたとして今の自分にかける言葉は何か』と問いかけると、『今より1時間早く退勤してプライベートも大切にしたい』と考える人は多いです。働く目的や理想の学校像を教員間で共有しておくと、トップダウンではなく教員一人ひとりが何をすべきかを考えて実行する風土が生まれやすくなります」

教員同士が打ち解けた後は、複数人で1冊の本を分担して読んで要約を発表する「ABD(アクティブ・ブック・ダイアローグ)」の手法で、文科省の働き方改革事例集を1人10ページずつ読んで要約を発表。続いて、現在の「当たり前」となっている仕事をすべて洗い出し、以下のように「なくす」「へらす」「うつす」「ふやす」という4つの観点で仕訳していったそうだ。

【なくす】
家庭訪問、紙の印刷、通知表の所見、使っていない備品、学校からの配布物、現金徴収、連絡帳(3年生以上)など

【へらす】
授業時数、会議、学年費会計の報告回数、ワークシート、職員室に保管する物、子どもが学校にいる時間、掲示物など

【うつす】
学校通信や学年通信は配信へ、文書は紙からクラウド管理へ、教材作成や健康診断入力などはスクールサポートスタッフへ、連絡掲示板はGoogleクラスルームへ、など

【ふやす】
研修の頻度、外部機関との連携、ChatGPTの活用、Googleカレンダー、欠席連絡・保護者連絡アプリ、職員室のフリースペース、教育書共有本棚、年度末の個人懇談、職員間のコミュニケーションの機会、オンラインでのコミュニケーション、生活科・総合的な学習の時間での地域との関わりなど

 

こうした案が教員たちから出されて段階的に実施したところ、業務効率の改善や教員のスキルアップにつながっていったという。

研修において庄子氏は、一方的な提案をするのではなく、教員自身がやるべきことを選択できるようにすることを重視しているという。同校でも、次回の研修までに実行することを教員同士の話し合いによって決定し、初回の研修は終了。2回目の研修で庄子氏が同校を訪問した2023年9月の時点では、「別の学校かと思うほど、教員が生き生きとして働き方改革の成果も上がっていた」という。

同校では、働き方改革を開始する以前の2021年度は48時間8分だった担任教員の時間外在校等時間の月平均は、2024年度12月末時点では38時間55分へと減少。

教職員の校内アンケートでは、2023年4月と2025年1月の結果を比較すると、「気兼ねなく帰れる雰囲気がある」が83.3%から100%に、「子どもと向き合う時間が確保できている」が83.3%から95.8%に、「仕事と私生活の調和が取れている」が54.2%から75.0%に増加した。

また、「教職員が意見を出し合うことができている」が75.0%から87.5%に、「共通認識のもとで教育活動を行うことができている」が70.8%から91.7%に増加し、教職員間の意思疎通が円滑に行える組織になっていることがうかがえる。

現在、同校は働き方改革以外の研修にも力を入れるようになっており、庄子氏は生成AIの活用法に関する研修を実施したという。

「自由進度学習なども始まっていて、働き方改革で捻出した時間をこれからの教育に関する学びに充てているのが、吉島東小のすばらしいところ。働き方改革を通じて教職員同士の関係性や意識が変わったことで、デジタルツールの導入など新しいことにチャレンジする風土が生まれたように思います」

早帰りだけを目的とせず、教員自らが学ぶ風土づくりを

働き方改革が順調に進む学校の特徴について、さまざまな学校を見てきた庄子氏は次のように話す。

「まず、教職員間に良好な関係性が築けていて、助け合う文化があることが重要です。そのうえで、理想の学校像を共有することで学校経営方針が一人ひとりの教員の中に落とし込まれていて、いつまでに何をするかという短期目標が明確になっている学校は成果が出やすいと言えるでしょう。教員間の業務分担に関しては、皆がついていきたくなるようなタイプの人を責任あるポジションに配置し、何でも平等に割り振るのではなく、力量に不安がある人の負担は軽減する配慮をしている学校では改革が進みやすくなります」

このほかに、職員室が片付いていて、雑談ができるコミュニケーションスペースが設けられている学校は、教員間の交流が活発になりやすいという。また、教員同士が互いの授業を見学し合う雰囲気がある学校や、自由進度学習やICTの活用といったこれからの時代の教育について話題に上がることが多い学校も、教員が目的意識を持って働き方改革に取り組めることが多いため、成果が出やすいそうだ。

「働き方改革というと、業務削減や早く帰ることだけが注目されがちですが、捻出された時間を有効活用して教育の質を高めることが本来の目的です。早く帰ること以上に学ぶことを大切にする風土がある学校、そのために必要な外部リソースをうまく活用できる学校は、残業を減らしても教育の質を高めていけるでしょう。管理職が『やりたいことがあれば何でもやってかまわない』という姿勢で現場の教員に裁量を持たせていると、改革の成果はさらに出やすくなります」

なお、働き方改革ではGoogleカレンダーの導入やクラウドでの共同編集などの校務DX化が効果的な施策の一つとなるが、庄子氏によると、「校務DX化は自治体単位での判断が必要となるケースが多く、現状では情報漏洩などへの懸念から消極的な姿勢のところが多い」とのこと。しかし、「働き方改革においては、国や教育委員会主導でなければできない施策があるのは確かですが、教員個人や学校単位でできることも多くあり、それをいかにして実行していくかが重要です」と語る。

管理職が働き方改革に消極的なことに悩んでいる現場の教員や、現場の教員の理解が得られずに悩んでいる管理職に対して、「まずは関係性づくりから始めてほしい」と庄子氏はアドバイスする。

「管理職が消極的なのであれば、いきなり働き方改革の話を持ちかけるのではなく、まずはほかの話題で良好な関係を築いたうえで、時代の変化に応じて働き方改革を進めることの必要性を丁寧に説明する必要があります。現場の教員の理解が得られない管理職の方については、自身と考え方が近い教員と良好な関係を築いてその人に権限をゆだね、現場の教員たちが萎縮せず動きやすい風土をつくっていけるとよいでしょう」

働き方改革では、例えば紙からデジタルへの移行など、「これまでの習慣が崩れることで痛みを伴う」と庄子氏は言い、こう続ける。

「その痛みを超えていくには、教員が一丸となって取り組める雰囲気があることが非常に重要。成果を焦るあまりにいきなり正論を押し付けるのではなく、相手の立場を理解しながら対話を重ねることから始めてみてほしいと思います」

(文:安永美穂、注記のない写真:Fast&Slow/PIXTA)