学校単位ではなく「教育委員会主導」で改革を実行
教員の働き方改革について、神戸市教育委員会事務局長兼教育次長の竹森永敏氏は、「特別なことをやっているわけではないが、他都市よりも早く取り組んできたことにより、成果が出ているのではないか」との見解を示す。

神戸市教育委員会事務局長兼教育次長
1994年入庁。教育委員会事務局社会教育部スポーツ体育課主査、保健福祉局障害福祉部主幹(指導監督担当)などを経て、2014年から教育委員会事務局総務部担当課長(給与定数移管担当)、同学校経営支援課長、教育委員会事務局学校支援部長、同学校教育部長を歴任。2025年4月より現職
神戸市教委では、「働き方改革」という言葉が浸透する前の2013年頃より、各課がそれぞれ業務改善に着手していたという。その取り組みの一例として竹森氏が挙げるのが、学校徴収金の会計システムだ。各学校が行っていた教材費の集金作業を、神戸市が収納代行事業者と契約して口座振替に切り替えた。現在はどの自治体も実施していることだが、2015年での導入は早かったといえる。
さらに、2016年策定の神戸市教育大綱で、教員の多忙化対策に取り組むことが明確に打ち出され、教育委員会全体として本格的な働き方改革を開始することになった。まず取り組んだのは、現場の教員の声を聞くことだ。
全教員へのアンケートを実施した結果、「『人を配置してほしい』『業務を減らしてほしい』という意見が多く見られました」と竹森氏は言う。これらの声に応えるべく、教委は「組織体制の強化」「業務負担の軽減」「現場の教員の意識改革」の3つを柱として、改革を推し進めてきた。
組織体制の強化に関しては、2017年度より「教頭業務補助スタッフ」を導入。これは今でいう「スクールサポートスタッフ」にあたるもので、教頭にとって負担の大きかった朝の電話対応や来客対応などを担う人材を学校現場に配置した。人材の確保も従来は各学校に委ねていたが、教委が人材派遣会社と契約して各学校にスタッフを派遣できるようにした。学校現場からは「スタッフを探す手間が省けて助かった」という声が多く寄せられたという。
業務負担の軽減に関してとくに効果が高かったのは、学校行事の見直しだ。小学校では、運動会や文化祭とは別に地域住民と共に開催するフェスティバルや「2分の1成人式」を廃止。多くの小学校が実施していた6年生のスキーキャンプも、けがおよび感染症のリスクや教員負担を考慮して、教委が各学校に廃止を勧告した。中学校でも、1・2年生の両方で実施していた宿泊を伴う「野外活動」を、どちらか片方のみに減らす方針とした。
「教員は『子どもたちのために』となると、学校行事などの業務を増やしていってしまう傾向があります。行事の見直しは学校単位で実行するのは難しいため、教育委員会として全体の方向性を示しました。保護者や地域の方々に対しても、教育委員会として方針を出して周知を図ることで理解を求めていきました」
保護者や地域住民からの電話対応も教員の負担となっていたため、2017年度からは夜間の電話での問い合わせの自粛を要請。2020年度からは一定時刻以降に自動音声に切り替わる電話機に更新した。
さらに、中学校の部活動改革にも着手し、2018年度に策定した「神戸市立中・義務教育学校部活動ガイドライン」では、朝練の廃止、活動は平日2時間・土日祝日3時間まで、週2日以上を休みとすることをルール化して徹底を図った。「当初は『部活動がなくなったら学校が荒れる』といった懸念の声も聞かれましたが、そのようなことはなく、結果的に皆にとってよい方向に向かったと思います」と竹森氏は話す。
コロナ禍を機に「教員の意識」も変わり始めた
これらの取り組みを地道に進めながらも、竹森氏は「現場の教員の意識改革が進まなければ、在校時間を減らすことは難しいだろう」と思っていたという。そんな中、新型コロナウイルス感染症の拡大を機に、変化が起きた。
「コロナ禍で行事が中止になっても、子どもたちに大きな影響はなく、学校が荒れることもありませんでした。この経験を通じて、教員の間に『今までのやり方を変えても学校運営はできるじゃないか』という意識が広がっていったように思います」
教員の意識が変わったことで、加速度的に働き方改革が進んだ。現場から変化が起きた事例もある。例えば、現教育長の福本靖氏が中学校の校長だった際に「17時に完全下校」と定めたところ生徒や保護者に好評だったことで他校にも取り組みが波及し、「2年も経たないうちにほぼ全中学校が17時下校となった」(竹森氏)という。
ここ1~2年の教委の取り組みとしては、学校・学年・学級だよりを統合して作成の手間を省く方針を示すほか、登下校時などの児童生徒の見守りは地域や保護者の協力が得られる体制を作った。2024年度からは給食費を公会計化して徴収・管理業務は教委事務局に一元化するなど、「これまでの当たり前」を見直すことで教員の負担軽減を推進している。
「コベカツ」でさらなる時間外在校等時間の減少に期待
働き方改革の成果は明確な数値として表れている。教職員の時間外在校等時間の平均を見ると、2019年度は小学校で41時間、中学校で59時間だったが、2024年度は小学校で28時間、中学校で39時間にまで減少。また、2019年度は中学校教員の27%が過労死ラインとされる月80時間以上の時間外勤務をしていたが、2024年度にはわずか7%にまで激減している。

「さまざまな取り組みが複合的に影響した結果だと捉えています。これまでは中学校のほうが小学校よりも在校時間が長い傾向が見られましたが、今後、部活動が地域に完全移行されると、それが逆転する可能性すらあると考えています」
神戸市では、2026年8月末で中学校の部活動を終了し、同年9月からは平日の放課後・休日ともに、生徒が地域住民と共にスポーツや文化芸術活動など多様な活動に取り組む「コベカツ」を開始する予定だ。
現在、神戸市の公立中学校には約1100の部活動があるが、「コベカツ」の活動主体となる地域クラブには第1次・第2次募集を合わせて約1000クラブの応募があり、全体の数で見れば、現在の部活動をほぼカバーできる状態だという。しかし、個別の種目や地域によってはまだ指導者が不足しているため、教委としては「今後は地域団体や競技団体と連携して不足分を1つひとつ丁寧に埋めていきたい」とのことだ。
大半の教員が、コベカツを歓迎しているという。指導を希望する教員は、兼業許可を得たうえで地域の一員として指導に携わることができる。「自分で地域クラブを立ち上げるため活動主体として申請中の教員もいます。指導が負担になる教員も、指導したい教員も、満足できる形で進めていきたい」と竹森氏は話す。
一部の保護者から反対意見もあったが、丁寧に説明することで、子どもたちの活動の選択肢が増えるという点で理解を得られることが多いという。現状の部活動に満足していなかった保護者からは、「コベカツ」への移行を歓迎する声も上がっているそうだ。
熱心に活動したい生徒は既に外部のクラブチームで活動しているケースも多く、「学校の部活動に対しては『あれば参加するし、なければないで構わない』という、大人以上に冷静なスタンスの生徒も多く、反対の声はあまり上がっていない」と竹森氏は言う。
一方、「コベカツ」への移行にあたり、地域クラブでの活動には会費が発生するため、経済的な困難を抱える家庭への負担が懸念されている。これに対し神戸市では、「就学援助制度の対象となる家庭に向けた支援を制度化できないかを検討している」(竹森氏)。
社会の変化に即した「ちょうどいい」教育活動を目指す
2024年度の神戸市の男性教職員の育休取得率は45.9%で、「一般の行政職員に比べると取得率は低いものの、以前では考えられないくらい男性教員も育休を取れるようになってきた」と竹森氏は話す。男性の育休期間は1~2週間から1年間まで、人それぞれだというが、竹森氏の感覚では「1カ月くらい取得する人が多い」とのことだ。
「育休中に代替教員が配置される状況が見えれば、多くの教員が安心して育休を取れるようになると思うので、代替教員の配置には力を入れています。短期間のケースや年度後半の配置は難しいのですが、ほかの教員に負担がかからないよう今後も配置に努めたいと考えています」
一方、メンタルヘルス対策には課題があった。2023年度に全教員を対象に実施したアンケートでは、回答した教員の65.1%が「メンタル不調を感じたことがある」と回答したにもかかわらず、2024年度まで神戸市教委としては独自に産業医を配置できていなかったのだ。そこで、2025年度から非常勤の産業医を2名配置し、1名だった保健師は5名に増員した。
「これにより教職員専用の相談窓口が充実し、個別の復職支援ができるようになりました。また、新規採用教員全員に対して面談を実施するなど、個別のアウトリーチ支援も強化していきます」
神戸市教委の働き方改革の取り組みは、教員志望者からも注目されているようだ。2025年度の教員採用試験では、ここ数年減少が続いていた中学・高校教員の募集枠の受験者数が720名と前年度から91名増加、2020年度の受験者数(725名)並に回復した。大学三年生等早期チャレンジ選考枠の受験者数も100名となり前年度に比べ21名増えた。
県外の現職教員から、「『コベカツ』への全面移行が本当なら神戸市の採用試験を受け直したい」という問い合わせもあったという。部活動指導を負担に感じていた教員や、部活動指導と教員生活の両立に不安を感じていた学生にとって、神戸市教委の改革は魅力的に映るのだろう。
「コベカツは志願者の増加に影響していると思います。市として時間外勤務の減少などはとくに打ち出していませんが、ご自身で調べたうえで取り組みに共感して志願してくださる方もいらっしゃるのではないかと見ています」
働き方改革が実を結び、教員の時間外勤務が減少している一方で、現場の教員からは「人間関係が希薄になった」「やりがいが低下した」といった声も聞かれるという。今後について竹森氏は、「数字だけを追い求めるのではなく、教員の時間外勤務が従来よりも減った中で、教育活動の質をいかに充実させていくかを重視していきたい」と話す。
「これからの教育活動は、『ちょうどいい』がキーワードになるように思います。教員同士のコミュニケーションも、しつこすぎず、淡白すぎず、『ちょうどいい』ものを目指す。学校行事も、誰もが満足できる『ちょうどいい』ものにしていく。『ちょうどいい』の基準は社会の変化に伴って変わるものなので、社会の変化にしっかり対応しながら、学校教育活動のあり方を考えていく必要があると思っています」
(文:安永美穂、写真:神戸市教育委員会提供)