年齢:48歳
勤務先:国立大学附属中学校(数学)
「国立附属校は残業代が出る」に異議を唱える理由
「昨今の給特法をめぐる報道で、『国立附属校は残業代が出る』と言われることにモヤッとしています」
織田さんが「教員のリアル」体験談募集フォームに寄せた一文だ。給特法(※1)とは、公立学校の教職員の給与や労働条件を定めた法律。給料月額の4%に相当する教職調整額を支給する変わりに、残業代(時間外手当)を支給しないというルールが定められている(※2)。
※1 給特法の正式名称は「公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」。1972年1月1日に施行されたときは「国立及び公立の義務教育諸学校等の教育職員の給与等に関する特別措置法」だったが、2004年4月1日の国立大学法人化に伴い、名称変更された。
※2 文部科学省は、2025年1月の通常国会で給特法改正案を提出し、2030年度までに教職調整額を10%まで段階的に引上げるとしている(文部科学省HP 「令和7年度予算 大臣折衝」)
国立附属校は、給特法の適用外だ。正確には、2004年3月まで適用されていたが、同年4月に国立大学が法人化されたことで、国立附属校の教員の時間外労働には、労働基準法が適用されるようになった。そのため、「国立附属校は残業代が出る」とみられるのも無理はない。しかし、現実は異なると織田さんは言う。
「私は毎日2時間程度の時間外労働をしていますが、残業代は支給されていません。同様の国立附属校は他にも多くありますので、『国立校の待遇は恵まれている』とも受け取れる報道には違和感があります」
なぜ残業代が出ないのか。理由の1つに、労働時間を繁忙期に長く、閑散期には短くする「変形労働時間制」を採用していることが挙げられる。文部科学省が2018年に発表した調査結果によれば、変形労働時間制を採用している国立附属校は全体の89.3%だった(※3)。
※3「一年単位の変形労働時間制について(労働基準法第32条の4)」(中央教育審議会初等中等教育分科会「学校における働き方改革特別部会」平成30年10月15日)
変形労働時間制でも、勤務時間が管理されていれば残業代は支給されるはずだが、うまくいっていないケースが多いようだ。公立学校では近年、勤務時間を客観的に把握するタイムカードのツールが導入され始めている。しかし、織田さんの勤務校は未導入。変形労働時間制とは名ばかりで、なしくずし的に、残業代が支給されない状態になっているのだ。
「労働基準監督署に通報したり、裁判を起こしたりすれば、勝てるのではないかと思っています」と織田さんは話す。実際、2019年に高知大学、2021年には三重大学が、附属校教員の残業代未払いについて労働基準監督署から是正勧告を受けており、勝ち目がないわけではない。
しかし織田さんは、「正直、そこに費やす時間も気力もないし、残業代が出なくても仕方がないのかなという気持ちもあります」と弱気だ。なぜそう思うのか。話を聞いていくと、国立附属校ならではの課題が見えてきた。
「寄付がなければやっていけない」財政難の実態
国立附属校の大きな特徴は、国立大学という法人に属していることだ。一方、公立学校は地方自治体の教育委員会が所管している。教育委員会は文部科学省が策定した方針に基づいて教育行政を行っているため、両者は密接に連携している。
しかし、国立附属校は教育委員会の管轄下にはなく、文部科学省との連携もみられないと織田さんは話す。
「国立大学が法人化した2004年以前からいる先生によると、昔は日頃から文部科学省の人が学校に来ていたそうです。それが、法人化されてからパタっとなくなったと聞いています。国は、『もう自分たちが面倒を見る対象ではない』と思っているのでしょう」
公立学校との人事交流はあるものの、人事権自体は大学にあるため、教員の流動性も低い。腰を落ち着けてじっくり授業研究ができるのは利点だが、さまざまな面でガラパゴス化しているのも実情だ。たとえば校務支援システムも、公立学校は各自治体の教育委員会が一括導入することが多いが、国立附属校は学校ごとに調達する必要がある。
いわば、独立した事業者として学校運営をしている状態。当然、お金のやりくりも重要だ。
「財政はかなり苦しいです。勤務校の管理職はよく、『寄付金がなければやっていけない』と嘆いています。昨年、教職調整額が今後段階的に引き上がることが決まりましたが、『この学校も変わりますか?』と管理職に聞くと、露骨に渋い顔をされました。それどころか、『残業代を出すには、基本給が大幅に下がってもおかしくない』と言われ、改めて深刻な状況にあるのだと痛感しています」
財政難に陥っているのは、織田さんの勤務校だけではない。2024年6月、全国に86(現在は85)ある国立大学のうち82が参加する国立大学協会は、国立大学を取り巻く財務状況の悪化について「もう限界です」とした声明を発表。2004年の法人化以降、国立大学全体の基盤的経費である運営費交付金が1631億円も減っていることを明らかにしている(※4)。最も多くの運営費交付金を受けている東京大学ですら、授業料の引き上げに踏み切ったことに鑑みると、その他の大学、とりわけ地方の教育大学の状況は容易に推察できよう。実際、空調設備やバリアフリーへの対応が不十分な国立校も珍しくない。織田さんが、「自分たちの残業代が出なくても仕方がないのかな」と感じてしまうのも無理はない。
※4 「国立大学協会声明―我が国の輝ける未来のために―」(令和6年6月7日)
教員養成校だからこそ「基本」を教えるべき
これほどの財政悪化に、周囲の国立教員が危機感を持っていないことも、織田さんを弱気にさせている。残業代が支給されない現状にも、とくに疑問の声はあがっていないそうだ。
「国立附属校は良くも悪くも独立性が高く、世間の波風のようなものが入ってこない場所なんです。授業研究は、予算も含めて公立学校よりかなり大きな裁量がありますし、学会などでの発表も比較的自由に動けます。『どんどん外に出て積極的に活動してください』と背中を押してもらえるのは、公立学校ではなかった経験です」
公立学校では授業実数や予算の縛りが厳しく、授業の質にこだわって試行錯誤できる環境ではなかったという。とにかく教科書を終わらせることが目標で、それ以上のことを考えている同僚も少なかった。織田さんは、公立学校にも還元できるモデル授業を確立すべく、国立への異動を希望したのだ。
「一方で、『働き方』に対する意識は総じて低いです。公立学校では『長時間残業は良くない』という認識が広がっていますが、今の勤務校にそうした意識はあまり見えません。むしろいまだに、遅くまで残って頑張ることを美徳とする雰囲気が根強い印象です」
定期的に異動がある公立校と異なり、国立校は個々の教員に属人化されている業務も多い。それぞれの能力は高くてユニークだが、「ノー残業」など共通の意識で動くことは難しいのかもしれない、と織田さんは語る。百歩譲って、研究者としてはそれでいいのかもしれない。しかし問題は、国立校が多くの教育実習生を引き受けていることだ。
「教員不足が課題の今、ほかの職業より魅力を感じられなければ、教員のなり手は増えません。教員養成の場である国立附属校はなおさら、教員の魅力を学生に伝えなくてはならないはず。それなのに、働き方に対する考えが古いままで、労務管理もろくにされていない状態を見たら、教育実習生はどう思うでしょう。今のままで良いわけがないと、強く感じているところです」
織田さんのように、公立や私立から来た教員は比較的、国立校の役割に「地域学校への還元や橋渡し」を意識している。ところが、ずっと国立校にいる教員はそうでもないようだ。公立教員からも、国立校の取り組みは「どうせ出来のいい子たち相手だからできるんでしょ」と身構えられるという。実際、国立校の生徒たちの学力は高く、織田さんが授業中にする話のレベルが国立校ではかなり高くなったのは事実だ。
「しかし、日本の中学校の9割は公立校です。国立附属校は、毎年数十人から百人単位で教育実習生を受け入れていますが、そのほとんどは公立学校で教鞭をとります。国立校では、教育実習生にも発展的で新たな工夫を盛り込んだ授業をさせる傾向にありますが、まずは教科書をしっかり教えられるようにすべきだと思っています」
それは、授業だけでなく、労働環境についても同じだ。法で定められた労働時間を守り、やむなく発生した時間外労働への対価は適切に支払う。教員の卵にこそ、社会のルールがしっかり守られた現場を見せるべきだろう。国立附属校はむしろ、独立した組織として小回りを利かせられるからこそ、時代に合わせたアップデートに取り組める存在かもしれない。
(文:高橋秀和、注記のない写真:EKAKI / PIXTA)
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