桜前線も北上し、もうすぐ新学期が始まります。

3月から4月は年度替わりの時期。進学、進級など、春は新しい環境に入る季節です。楽しみである反面、新しい環境になじめるのか、不安を感じている子どもたちも大勢いるでしょう。環境の変化はどのような人にもストレスがかかるもので、自分でも気づかないところで疲れがたまってしまっていることがあるかもしれません。

そんな時期に、できるだけスムーズに新しい環境に適応していくためにはどうすればいいのでしょう。今回は、3人の先生に話を伺いながら、子どもたちが環境の変化とうまく付き合っていくために、周りの大人はどう対応したらいいのかを考えてみたいと思います。

中曽根陽子(なかそね・ようこ)
教育ジャーナリスト/マザークエスト代表
小学館を出産で退職後、女性のネットワークを生かした編集企画会社を発足。「お母さんと子ども達の笑顔のために」をコンセプトに数多くの書籍をプロデュース。その後、数少ないお母さん目線に立つ教育ジャーナリストとして紙媒体からWeb連載まで幅広く執筆。海外の教育視察も行い、偏差値主義の教育からクリエーティブな力を育てる探究型の学びへのシフトを提唱。「子育ては人材育成のプロジェクト」であり、そのキーマンであるお母さんが幸せな子育てを探究する学びの場「マザークエスト」も運営している。著書に『1歩先いく中学受験 成功したいなら「失敗力」を育てなさい』(晶文社)、『子どもがバケる学校を探せ! 中学校選びの新基準』(ダイヤモンド社)、『成功する子は「やりたいこと」を見つけている 子どもの「探究力」の育て方』(青春出版社)などがある
(写真:中曽根氏提供)

新しい環境に適応していくためには、まずストレスについて知っておく

「たとえ念願の学校に進学できて楽しみにしていたとしても、環境の変化はストレスになる。新しい環境に適応していくためには、まずストレスについて知っておくことが大事」と言うのは、徳島県の県立高校の保健室に勤務するA先生。ストレスというと、何かネガティブな状況に置かれた結果と思いがちですが、必ずしもそうではないのですね。

人は、新しい環境に適応するときに、いくつかの段階を経るといわれています。環境の変化を前にして、新しい環境にワクワクするか、逆に不安を持つか、平常心でいられるか……。これは状況によって個人差があります。

例えば、第1志望校に落ちて進学した、親や先生の意向に従って不本意で入学したという場合、なかなか前向きな気持ちにはなれず、ストレスがある状態です。しかし、A先生が言うように、たとえワクワクして新しい環境に入ったとしても、ストレスはあります。

新しい環境に入ってすぐの時期は、すべてが目新しく、ウキウキして前向きな気分でいられますが、たとえこの時期にいい状態で過ごせていたとしても、かなりエネルギーを使っているので、気づかないうちに疲れもたまっていくのです。

つまり新学期は、どの人も無意識で適応しようと頑張っていて、気づかないうちに疲れがたまっている時期なのです。

ライフイベント法というストレスを測る尺度がありますが、この尺度ではストレスのマックスを100とすると、結婚が50となっています。結婚のような喜びの出来事でさえ、新しい環境を前にしたストレスがあるのです。なので、A先生は生徒たちにこうした話をして、「ストレスを感じるのは悪いことではない。自分だけが弱いのではなくて、人間みんな同じで、疲れるのも当たり前だ」と伝えているそうです。確かに、ストレスについて知っておくって大事ですね。

※ 米・心理学者のホームズらが開発したストレス測定法の1つ

学校の現状と工夫していること

5月の連休明けや夏休み明けは、体調不良を訴えて学校に来られなくなる子どもが増えますが、そんな子どもたちが最初にやって来るのが学校の保健室です。

京都府内の公立中学校の保健室に勤務するT先生は、子どもたちは疲れが出てエネルギーが上がらなくなって、やっとの思いで保健室に来ていると言います。中にはもう限界に達している子もいて、状況はさまざまだけれど保健室の先生として心がけていることは次の3つだそうです。

1. 自己理解をサポートする→来室したときに、しんどさを紙に書いて言語化し、その子が一人で抱えているものを外に出すサポートをするよう心がける。

2. 「それでいいよ」と伝える→ 怒りや悲しみの感情を表せる子は、その感情に寄り添う。保健室に来る子は自分を責めていることが多いので、まず受け止めてあげる。

3. 担任との連携 →担任にも家庭にも自分の状況を伝えていない子もいる。その場合、本人の気持ちを尊重したうえで、担任と子どもや家庭の間をつなぐ役割を担う。

実際に学校全体でクラスに2、3人は学校に来られない生徒がいるという、名古屋市の公立中学校に勤務するK先生は、その主な原因は人間関係だと言います。

つまずきポイントの多くが、新しい環境に入っていく時期に、人とつながれないと思ってしまうこと。とくにこの3年間は、コロナ禍の影響で人とつながることができない状態が続きました。そんな中で生徒たちは互いに気を使い、仲良くなれないと思い込んでいる。これには、教室の席の配置も影響しているとK先生。

確かに、前を向いて座っているだけだと、自分の前後左右の人としか話す機会がないですよね。本当は新学期こそ、1週間に1度くらい席替えをしたいけれど、なぜか先生の学校ではそれが禁止されているそうで、その理由は「頻繁に席替えをすると、生徒の顔と名前が一致できないから」。とくに中学生は、教科ごとに先生も変わるのでそうなっているのでしょうが、一般社会ではフリーアドレスのオフィスが増えているというのに、子どもたちだけが今でも堅苦しい空間の中に閉じ込められているのです。これって、極めて大人の都合だなと思いますが、皆さんの学校ではどうでしょうか?

大切なのは、安心してコミュニケーションできる仕掛け

そんな中、K先生はコミュニケーションゲームを取り入れ、できるだけ生徒同士がつながれる機会をつくっているそうです。そして、意外にも生徒同士のコミュニケーションを促すのに役立っているのが授業のICT化だそうです。

K先生は社会科の教員ですが、授業はすべてPowerPointを使用。板書の時間を減らす代わりに、生徒同士の対話やグループワークの時間を取り入れたところ、生徒同士がコミュニケーションを取るようになったそうです。しかも、生徒自身が考えて進める授業にした結果、こちらの想定以上のアウトプットを見せて驚いたと言います。

安心してコミュニケーションできる仕掛けにICTが役立つという
(写真:ふじよ / PIXTA)

その時にK先生が心がけているのが、生徒それぞれの強みを見つけて、伝えること。それによって生徒は自信を持ち、それぞれの強みを生かし合うことにもつながる。そのためにも、安心・安全な場をつくることを心がけているそうです。

新しい環境に適応していくために家庭でできること

では、ストレスを取り除き適応していくために家庭では何ができるのでしょうか。A先生は「まず大事なのが睡眠・食事などの生活習慣を整えることだ」と言います。心身の健康と、健全な発達のためには、何より早寝早起き朝ご飯が大切だといわれますが、これは心身を整えストレスから自分を守るための必須事項でもあるのですね。

「新しい環境に入ると、それまでとは違うことがいろいろと出てきます。とくに新入生は、通学方法や通学にかかる時間が変わります。また、新入生でなくても、学年が上がれば1日のスケジュールが変わります。そんなささいなことと思われるかもしれませんが、生活リズムが乱れると、それをきっかけに不調になってしまう可能性があるのです」(A先生)

不調のサインは、やる気がない、落ち込む、不安になる、イライラする、集中できない……など。また、寝られない、食欲がない、頭痛などの身体症状として表れることもあります。1学期の間は、新しい環境に適応していく時期と捉えて、本当は焦らずゆっくりと慣らしていく必要があります。しかし、今の学校はやらなくてはいけないことも多くて、じっくり慣らしていく余裕がないのが現状でしょう。だからこそ、ストレスから身を守るために意識して、睡眠、食事など基本的な生活習慣を整えていくことが大事なのですね。

そうはいっても、新学期早々、子どもが家でだらだらしているのを見ると、親はついつい「だらだらしていて大丈夫か」とイライラしたり、「学校が楽しくないのでは」と心配になったりするかもしれません。でも、新しい環境の中で慣れていこうと頑張っている子どもたちは、そうやってエネルギーを充電していると思えば、見守ることができそうです。

T先生も、「家庭のサポートはやはり大きい」と言います。そして家庭でできることとして、いちばんは「信じて見守る」こと。先回りして心配してしまうと、不安が子どもにも伝わってしまうから。また親が対応を先取りしすぎると、子どもは自分で考えたり決めたりする経験が少なくなり対応力が身に付かず、新しい環境に適応するのが困難になる。実際そう感じるケースが多々あるそうです。もう一つ大切なことが、「子どもの話をよく聴く」こと。家庭で言えずに一人で抱えてしまう子の理由には、「心配をかけたくないから」が多いそうです。 子どもが安心して過ごせる場所をつくることが何より大事。やはりそのためには、親は焦らないことです。

人は、たとえうれしいことであっても、変化そのものがストレスになりますが、しっかりとエネルギーを充電できれば前に向かって進むことができます。新学期、子どもたちが新しい環境にスムーズに適応していくためにも、家庭と学校が安心できる場所であることが、欠かせないと改めて感じました。

(注記のない写真:Taka / PIXTA)