今年で9期目を迎えた東大の推薦入試

現在、大学受験は激変の時期を迎えています。従来行われてきた一般選抜入試によるペーパーテストの大学受験よりも、学校推薦型選抜・総合型選抜入試の割合がどんどん多くなっています。

2023年度の大学入試全体での一般入試の割合は48.9%に対し、学校推薦型選抜30.5%、総合型選抜20.6%となっており、学力で大学合格を目指す一般選抜よりも推薦型・総合型(旧推薦入試・AO入試)の割合のほうが多くなっています(文部科学省「大学入学者選抜の実態の把握及び分析等に関する調査研究」)。

そしてこの傾向は、私立大学だけのものではありません。177校ある国公立大学でも、2024年に学校推薦型選抜入試は173校、総合型選抜入試は105校が実施しており、半数を超えて年々多くなってきています(文科省「令和6年度入学者選抜について」)。

西岡 壱誠(にしおか・いっせい)
現役東大生。1996年生まれ。偏差値35から東大を目指し、オリジナルの勉強法を開発。崖っぷちの状況で開発した「思考法」「読書術」「作文術」で偏差値70、東大模試で全国4位になり、2浪の末、東大合格を果たす。そのノウハウを全国の学生や学校の教師たちに伝えるため、2020年に株式会社「カルペ・ディエム」を設立。全国5つの高校で高校生に思考法・勉強法を教えているほか、教師には指導法のコンサルティングを行っている。また、YouTubeチャンネル「ドラゴン桜」公式チャンネルを運営、約1.2万人の登録者に勉強の楽しさを伝えている。著書『東大読書』『東大作文』『東大思考』『東大独学』(いずれも東洋経済新報社)はシリーズ累計40万部のベストセラーとなっている
(撮影:尾形文繁)

東京大学も、学校推薦型選抜・総合型選抜入試を実施する国公立大学の1つで、2016年度入試から学校推薦型選抜入試を行っています。一般入試で合格する人の人数が3000人程度なのに対して、推薦入試の定員はわずか100人。今年で東大の推薦入試は9期目になりますが、合格者は合計でも1000人に満たない人数です。

しかし学内では、そんな彼ら彼女らの存在感は強く、どの子も東大に新しい風を吹かせています。

海外のトイレに深い悲しみを感じたあとで……

今回は、第7期の推薦生である原田怜歩(らむ)さんから話を聞きました。

第7期の推薦生、原田怜歩(らむ)さん

原田さんの研究テーマは“トイレ”です。「トイレを研究テーマにしている人というのは聞いたことがない」という人のほうが多いと思いますが、実際に彼女はトイレの研究を行って、その実績を認められて東大に合格しています。

きっかけは、中学3年生の夏休みにフロリダへ2週間語学研修に行ったときのことだと言います。ある意外なものによりホームシックを感じたことでした。それは日本の食べものでもなく、離れ離れの家族でもなく、あのトイレに深い悲しみを感じたと言います。

アメリカのトイレは防犯上の観点から、あらゆる場所が隙間だらけだったり、小動物のような温もりを感じさせる便座もなければ、川のせせらぎも聞こえない……そんなトイレに出合ったことで、日本のトイレの「おもてなし」精神に気づいたといいます。

しかし、そんな話をホストファザーにふと漏らしたら「大学のトイレへ行ってみてくれ」と言われ、その一言が彼女に新たな出合いを与えました。行った先に目にしたもの、それは男性とも女性とも言えないマークをしたトイレ、オールジェンダートイレでした。

原田さんが中学生のときにまとめた「日本全国トイレの旅」

幼い頃、親友からのカミングアウトでジェンダーについて関心を持った彼女。それまで彼女にとって普段使うトイレの定義は「日常における唯一のプライベート空間」で、「ほっと一息つける憩いの場」で、さらに「街中どこにでもある」ことでした。

しかしトランスジェンダーの中には、自らの性自認との相違や周りからの視線によって外出した際などに気軽に使えるものではなく、トイレの時間が苦痛に感じる人も少なくありません。

こうしてアメリカでトイレに魅せられた彼女は、「もっとトイレの中に秘めた無限の可能性を発見したい!」と考え、日本からトイレの機能的側面を、アメリカから文化的側面を相互発信すべく国の代表高校生として1年間の無償研究留学を決めました。

推薦入試への出願を決めたのは締切数日前だった

現地では、トイレメーカーと協働でバリアフリーやジェンダー対応などの観点をもとに学校や図書館などの公共施設、観光地でのトイレの調査を行ったといいます。

また現地のLGBTコミュニティーでは、理想的なトイレ環境の実現についてディスカッションを行うも、COVID19の急速な蔓延で緊急帰国を迫られ、現地での研究を途中で打ち切る形となったそうです。

全国の公共機関や教育の場に寄付したトイレットペーパー

国を代表して研究に行ったのに、打ち切りでの帰国。そんな失意の中、日本でも何かできることはないかと考え、16歳で「トイレから社会課題を解決する」をテーマに団体を立ち上げました。

代表的な活動として、クラウドファンディングでの資金調達をもとにトイレットペーパーと漫画を掛け合わせたプロダクトを全国の公共機関や教育の場に寄付しました。また、商業施設のトイレ設置の監修や顧問なども行っていました。

こうした活動が認められ、2021年日本トイレ大賞や「日本を変える10人の10代」に選出されました。

そしてそんな彼女も、受験の時期を迎えます。もともと彼女は東大を一般受験で目指していました。きっかけは、たくさんの個性がきらめく環境に足を踏み入れたい、いろいろな専門分野の人と話して見聞を広めたいという憧れだったと言います。推薦入試に関しては存在すら知らず、とにかく努力して少しでも近づけるよう、がむしゃらに机に向かったといいます。

周りの東大志望の生徒が1を聞いて10や100を理解する中、彼女自身はどう頑張っても最大で1、0.8でも理解できたらよいほう、ほかの人の10倍でも、100倍でも努力しないと同じスタートラインには立てないと感じたそうです。

とくに高校3年間のうち1年を研究留学に費やすというブランクもあり、1日20時間勉強を続け、高校1年の留学前に高校3年間の内容を終えて渡米。そんな勉強づけの毎日でも、唯一ホッと一息つける場所は、やはりトイレだったと言います。

帰国後は営業やプロダクト作成、PR広報などに追われるも、大学に入ってさらにこの社会課題を専門的に見つめ分析したいという思いで、しっかりとメリハリをつけて平日は学業6割、仕事4割、休日は学業8割、仕事2割と決めて1日に最低12時間は机に向かう時間を確保しました。

塾に通っておらず、また学業以外の活動について学校の理解もあったことから、わからないことがある度に職員室で根気強く先生方に教えてもらったそうです。その結果、高校2年生で東京大学の過去問70年分を3周し、3月の東大入試同日では全国1位を取るまでに成長を遂げました。

では、なぜ彼女が推薦入試に挑戦することにしたのか。それは出願締切の数週間前に恩師からいただいたオファーが決め手でした。

推薦入試は、一般で合格することを第一に考えていた彼女にとって二兎を追うような非常に勇気のいる選択。さらに、自身の活動がメディアに出たり、表彰という形で評価されたのは紛れもなく自分を支えてくれた周りの力あってのことであり、その成果物を自身の大学進学という素材に使うことに対して非常に抵抗感があったと話します。

しかし、最終的に支援者の1人から「今後大学に入ってからさらに学びが深まり、社会に貢献してくれるのならそれが本望だ」とのお声をいただいたこと、そして面接などは入学前に自分の関心分野を専門にする教員と対話することができる貴重な機会だと考え、一般入試に加えて推薦型での受験を決意しました。

正確に言えば、合否についてはまったく気にしておらず、自身のプロダクトの営業や今後の展望に対してフィードバックももらえたらラッキーだな、といったようなラフな姿勢だったそうで、面接官の教授など1人でも多くの人の目にこの課題が映り考えるきっかけになってほしい、その想いでの受験でした。

出願を決めたのが締切数日前だったため、過去に取り上げていただいたメディアの記事や自身の言葉を元に志望理由書を作成したそうです。

合格できたのは「熱意」と「姿勢」のおかげ?!

1次の書類審査が通った後も、とくに面接の対策はせず、一般の試験対策として迫り来る共通テストの対策を淡々と進めました。彼女の場合、テレビや講演会など「自分の言葉で想いを伝える」場に恵まれていたので、あまり緊張せず当日を迎えられたそうです。

東大推薦は受験してから結果が出るまで約3カ月、2次試験の10日前ほどに合否が出る仕組みだったので大人しく一般の2次試験対策を進めました。

なぜ彼女が東大に合格することができたのか? その理由は、「熱意」と「姿勢」が非常に大きかったといいます。

「高校3年生の私にとって、経済学という学問自体の知識は非常に少なく、最前線を走る教授陣の専門的な質問に答えられないことはわかっていました。でも、自身が研究していた『トイレ』についての知識やその研究をするに至った背景や想い、熱意について誰にも負けない圧倒的な自信がありました」

また、「トイレ」「経済」という一見つながらなそうな点同士がどうしてつながるのか、そのプロセスを論理的に説明できることを第一に意識したそうです。トイレ問題の根幹にはトイレに関するデータ収集がされていない現状や日常的なものに対する経済的効果の期待の薄さが挙げられます。トイレと経済学を結びつけている先例がないからこそ、予期せず面接の場で「自分がこの研究の第一人者になる」と意思表明までしていたそうです。

原田さんの研究は東大の学内誌にも掲載された

彼女は将来、オールジェンダートイレを含め、多様なトイレのあり方やその重要性の認識を深めてもらうために『トイレ×経済学』という新たな学問テーマとして多機能トイレ設置がもたらす経済インパクトや理想的なトイレの追求に励んでいきたいと話します。

例えば、現在はトイレマップアプリの開発を行っており「車椅子」「乳幼児ベッド」など、さまざまな機能のついたトイレを現在地から探すことができ、既存のトイレを可視化して効果的に活用するほか、どの地域に設備が不足しているのかも洗い出すことで、さらなるトイレ環境整備に努めていきたいそうです。

また、高校時代から行っているトイレの監修事業では「トイレをよりよいものにすることによってどれくらいの収益が上がるのか」といった経営者らの声を受け、経済インパクトの測定をすることで裏付けられたデータを元にさらなる推進に取り組みたいと話します。

「トイレは日常的で当たり前で、だからこそいまだ学問として研究があまりなされていない分野だと感じます。人生100年時代と言われる中、そのうちトイレで過ごす時間は5年。トイレを快適な空間にすることは人生を豊かにするために不可欠です」と彼女は語りました。

(注記のない写真: すべて原田さん提供)