
どんな裁判だったのか
現役の公立学校教員が教育委員会、学校を相手に裁判に訴えるのは異例です。この裁判は、学校現場や教育行政にとって、たいへん耳の痛い教訓を含んでいる、と私は捉えています。

教育研究家、合同会社ライフ&ワーク代表
徳島県出身。野村総合研究所を経て、2016年に独立。全国各地の教育現場を訪れて講演、研修、コンサルティングなどを手がけている。学校業務改善アドバイザー(文部科学省委嘱のほか、埼玉県、横浜市、高知県等)、中央教育審議会「学校における働き方改革特別部会」委員、スポーツ庁、文化庁において、部活動のあり方に関するガイドラインをつくる有識者会議の委員も務めた。Yahoo!ニュースオーサー、教育新聞特任解説委員。主な著書に『教師と学校の失敗学 なぜ変化に対応できないのか』(PHP新書)、『教師崩壊』(PHP新書)、『こうすれば、学校は変わる! 「忙しいのは当たり前」への挑戦』(教育開発研究所)、『学校をおもしろくする思考法 卓越した企業の失敗と成功に学ぶ』『変わる学校、変わらない学校』(ともに学事出版)など多数。5人の子育て中
(写真は本人提供)
若手教員であった西本さんは、2017年度に世界史の授業、1年生の学級担任、ラグビー部の主顧問と卓球部の副顧問などを務めていました。これらだけでも忙しかったのですが、生徒をオーストラリアの姉妹校へ語学研修派遣する仕事がたいへんな重荷となりました。現地校とのやり取りなど、業務は多岐にわたるものでしたが、校長から頼まれ、西本さんはその責任者(国際交流委員長、17年度から)を引き受けざるをえませんでした。
こうした過重な業務とプレッシャーの中、西本さんは体調を崩し、17年7月下旬ごろには適応障害を発症していたとみられます。自殺願望も芽生えたといいます。原告(西本さん側)は、学校側が業務負担の軽減などの措置を取らなかったため、精神疾患を発症したとして、大阪府に損害賠償を求めました。
今回の判決は西本先生の個別事案について判断したものですし、下級審のものですから、最高裁判例と比べると、全国各地の学校、行政にどこまで言えるのかは、弱いところがあります。ですが、教育関係者がよくよく考えていかなければならないことの問題提起をしています。今回の裁判から学校、行政は何を学ぶべきか。以下、4点に整理します。
声かけや気遣う程度では、校長は責任を果たしたといえない
この裁判で大きな争点となったのは、校長に注意義務(安全配慮義務)違反があったかどうかです。安全配慮義務とは、労働者の心身の健康を損なうことがないように注意する義務を使用者は負っているという考え方です。最高裁判例でも認められた法理で、民間(私立学校などを含む)はもちろん、公務員にも認められます。