「火星移住」を目指し、高2で独立系研究機関を立ち上げた

『火星に住むつもりです~二酸化炭素が地球を救う~』(光文社)

村木風海さんは現在21歳、東京大学工学部化学生命工学科の3年生である。だが、彼は単なる東大生ではない。一般社団法人炭素回収技術研究機構(CRRA:シーラ)を設立し、代表理事・機構長として地球温暖化を止めるための研究を行っている研究者でもある。サイトを見ると、化学者だけでなく、発明家、冒険家、社会起業家などの肩書も並ぶが、さらに面白いのは人類の火星移住を実現させる研究も同時に行っていることだ。それも相当本気で、である。今年9月には著書『火星に住むつもりです~二酸化炭素が地球を救う~』を刊行。タイトルもぶっ飛んでいるが、私たちの小さな価値観がひっくり返るような、誰もが元気になる内容で多くの読者を獲得している。

火星移住を標榜した有名人といえば、自動車メーカーのテスラや宇宙企業スペースXの創業者で、トリックスターのように振る舞うイーロン・マスク氏が想起される。村木さんも、さぞやエッジの効いた若者だと想像したのだが、実際にはまじめで素直、ちゃめっ気のある、チャーミングな男性だったのでびっくりである。

そんな村木さんが創設したCRRAのミッションは「地球を守り、火星を拓く。」というもの。地球温暖化を止めて人類全員を救う研究から、その技術を使って人類の火星移住を実現する研究を続けている。CRRAをつくったのは2017年、驚くことに村木さんが高校2年生のときだ。そこから1人で研究を続け、法人化したのがコロナ禍にあった2020年だった。

「これまでも国の研究機関や大学で研究活動を行ったことがありますが、時代の流れに左右されず、100年一貫して温暖化を止めていける方法を確立するために独立の道を探りました。しかし、NPOでは収益化はかなわず、株式会社では株主に気を使わなければならない。そこで株主がおらず、営利事業が可能な一般社団法人を選んだのです。将来はCRRAをNASAやJAXAを超えるような世界最高峰の独立系研究機関にしたいと思っています」

米航空宇宙局(NASA)の火星無人探査機「キュリオシティー(Curiosity)」が初めてカラーで捉えた火星の夕日の画像。キュリオシティーのTwitterでも公開されている。火星から見た夕日は、青みがかっていたようだ(写真:Curiosity RoverのTwitterより)

そもそも村木さんが研究の道に入ったのは小学4年生の頃。祖父からプレゼントされた1冊の本がきっかけだった。

「それがイギリスの理論物理学者スティーヴン・ホーキング博士らが著した子ども向け宇宙冒険小説『宇宙への秘密の鍵』という本でした。人類が地球以外に住める星を探すというストーリーで、それが火星だったのです。しかも本には実際に火星探査機が撮った写真も掲載されており、そこには火星の赤い広大な砂漠に青い夕日が沈んでいく風景が映っていた。その風景に心を奪われ、『絶対にいつか火星に行って、青い夕日を自分の目で見たい』という夢を抱くようになったのです」

そこから村木さんは研究する人生を自分でデザインしていく。だが、まだ21歳。世間的な見方で言えば、大学院で博士号を取って、それから研究機関で働いて成果を出しても遅くはないと思うのだが、村木さんはなぜ独自の道を選んだのだろうか。

「今日、僕が生きていることは奇跡。だから、今やる」

「今日、僕自身が生きていること自体、奇跡的なことだと考えています。例えば、僕は飛行機が好きなのですが、飛行機に乗ることはとても安全なことで毎日乗ったとしても、飛行機事故で死ぬ確率は、およそ400年に1度しかありません。その一方で、階段から転げ落ちて死ぬ確率は圧倒的に高い。つまり、僕たちの日常は危険にあふれているのです。その意味で、僕には“待つ”という選択肢はなかった。今日やりたいことは今日すべてやりたい。研究に関しても今はインターネットがあるので、最新の情報を入手しながら、いくらでも独学で勉強することができます。SDGsの目標到達期限は2030年。僕がもし、博士課程まで行ったら2028年です。そこまで待っていたら何もできません。やりたいことがあれば、今すぐやるべきだ。そう考えたのです」

現在、CRRAに所属する研究員は、本人を含めて16名。その構成も19歳の若者から68歳のベテランまでと幅広く、各人さまざまなバックグラウンドを有しているという。CRRAは組織としてもユニーク。社内では敬語が禁止で、給料は自己申告制となっている。収入源はCO2を空気中から直接回収する機器「ひやっしー」などの製品の販売、企業アドバイザーとしての収益のほか、共同研究、村木さん自身の講演などの活動、一般からの寄付金などで賄っている。

「二酸化炭素は悪いやつだというイメージがありますが、僕は二酸化炭素からこの世のすべてのものがつくれるのではないか、という研究をしています。本当は、二酸化炭素は可能性の塊であり、とてもいいやつなのです。僕は二酸化炭素が大好きすぎて、二酸化炭素に恋した東大生だと言われることすらあるのですが、それでも二酸化炭素の可能性を追求したいのです」

実際、主力製品もCO2にまつわるものが中心だ。「ひやっしー」とは誰もがボタン1つ押すだけで簡単に空気中からCO2を集めることができる機器で世界最小レベル(「CRRA調べ」)のものをつくり出した。空気中からCO2を集めることができれば、温暖化防止に役立つことは言うまでもなく、閉め切った部屋にCO2が充満し、集中力が低下する、といったような事態も防ぐことができる。

現在は、ひやっしー4の開発中だ。バージョンを重ねるごとに改良している
(写真:村木氏提供)

ほかにも「そらりん計画」では、CO2など空気中にある物質からガソリンの代わりとなるエネルギー源を生み出すことで、すべての石油製品が「空気製品」に置き換わることを目指しているという。こうした事業を展開することで、CRRAは国や大学からいっさい財政援助を受けず、金融機関からの借入金もなく、自己収益だけで運営されている正真正銘の独立研究機関として活動を続けているのだ。

ここまで読んで村木さんのような人物は例外だと思う人も少なくないかもしれない。だが、実は村木さんはもともと「ド文系」。得意科目は国語・社会・英語で、理科は普通、数学は苦手科目だった。それでも根っからの化学好きで、とくに理科の実験は好きだった。

「だから、化学者に憧れました。ただ、得意というより好きだったからこそ、“化学界の池上彰さん”のように絶対に専門用語を使わないスタイルで、正しく楽しくわかりやすく化学のことを伝えられる人になりたいと思ったのです」

そこから独自に自分の信じる道を歩んできた村木さん。今、教育界では自分で課題を解決していくためにSTEAM教育の必要性が叫ばれているが、そのことをどう見ているのだろうか。

「もちろん、すばらしいことだと思いますが、じゃあ、これから理系の勉強をしなさい、と子どもに押し付けるものであってはならないと感じています。そもそも僕は人類全員が好きなことを好きなだけやればいいと考えています。世の中の人の興味はいい感じで分散していて、それぞれが徹底的に好きなことを世界一だと自負できるくらいやりこむことができれば、絶対に人類は幸せになれると思っています。誰かが嫌いなことでも、誰かにとっては好きなことだったりする。だから、理系はよくて、文系はダメだということはまったくない。むしろ、どうやって人に伝えるとか、どう人の意識を変えていくかといったことは文系の人にしかできない仕事です。それがなければ、科学も回らなくなってしまう。僕は、基本的に科学に興味を持った子が好きなことを好きなだけやれる環境を整えることが大事で、全員に理系を押し付けることは違うと思っています」

勉強しなさいと、一度も言われたことがない

では、これから子どもたちが主体的に学べるように促していくために、親はどんなことをすべきなのだろうか。

「すべきことというよりは、逆にするべきでないことを考えればいいと思っています。うちはサラリーマン家庭で、中高も公立でした。塾は通ったことがないし、英才教育を受けたこともありません。ただ、僕が両親にとても感謝しているのは、勉強しろ、と一度も言われたことがないことです。もちろん親として言いたいことはあったと思いますが、あえて言わなかった。高校も大学も行きたくなければ行かなくていい。もし皆が行くからという理由で行くのなら、絶対行くなと言われました。テストも点数で怒られたことはありません。いかに努力したか、いかにやれることをすべてやったかが大事で、そこを怠っていれば怒られますが、やることをすべてやって、その結果なら仕方ない。プロセスが大事で結果はついてくるものであることをよく親は話していました」

ちなみに両親は化学に詳しい研究者だったわけではない。基本は自分の人生だからという理由で、村木さんが好きなことをできる環境を与えてくれた。だから、ネットで独学しながら研究に没頭できたし、そんな自分を応援してくれたことがうれしかったという。

「今は大学に行かなくても、ネットで最新の情報を入手して独学できる時代です。そもそも僕の研究分野は新しく、参考文献も少なく、あっても海外のものばかり。ですから、ネットで調べて課題を解決していったのです。一方で、小説などもたくさん読みましたね。読みながら世界を想像したのです。そのおかげで結果的に想像力が豊かになってしまったことは研究者として今役立っています。僕は基本的に実現したい未来から考えて、そこから逆算して今やるべきことを割り出していく方法をとっています。現在からの積み上げではない。まず未来を想像するからこそ、研究者としてぶっ飛んだ発想ができるのです」

最後に今、子どもが養うべき力とは何かについて聞くと、次のような答えが返ってきた。

「1つは人に会いに行くスキルを磨くことです。もし自分のやりたいことを実現したいなら、聞きたいこと、知りたいことについて、自分でその分野の専門家に会いにいくことが大事だと思っています。そこから自分の世界が広がっていくのです。フットワークも軽くなり、自分の道を切り開くことにもつながっていきます。もっと言えば、ググって、コスプレしろ、ということになります。情報についてはグーグルで調べて、もっと知りたいなら人に会いにいけばいい。そして、もう1つ大事なことは、コスプレして、形から入れ、ということです。僕は夢を未来の歴史と言い換えるようにしています。いわば、未来から逆算する思考です。その未来の歴史を思い描いて、そこに自分を引き寄せていくためには臨場感が必要です。僕も化学者になる前はパイロットに憧れて、最初にしたことはパイロットの制服を買いに行くことでした。親に制服姿の写真を撮ってもらって、ずっと自分の部屋に飾っていました。そうやって、なりきることが重要なのです。そこから死に物狂いでやれば、中身は後からついてくる。子どもは可能性の塊だと言われますが、それは“なりきりごっこ”ができるからです。だからこそ、僕たちは描いた夢を忘れないことが大事なのです」

村木風海(むらき・かずみ)
化学者・発明家。一般社団法人炭素回収技術機構(CRRA)代表理事・機構長。内閣府ムーンショットアンバサダー。東京大学工学部3年生。小学4年生の頃から地球温暖化を止めるための発明と人類の火星移住を実現させる研究を行っている。 2017年総務省「異能vation 破壊的な挑戦部門」本採択。研究実績をもとに、19年、東京大学の推薦入試合格・理科1類入学。21年1月からは、ポーラ化成工業のフロンティアリサーチセンター特別研究員(サイエンスフェロー)を兼任。同年3月よりアグリテック企業・株式会社Happy Quality 科学技術顧問を兼任。「地球温暖化を止めて地球上の77億人全員を救い、火星移住も実現して人類で初の火星人になる」という夢をかなえるべくCRRAで独立した研究開発を行っている
(写真:村木氏提供)

(文:國貞文隆)