脳科学の観点から、同時に体を動かすことを意識!

――田中先生は『豊かな感情が育つ!論理的思考が身につく!音読指導のアイデアとコツ』(ナツメ社)というご著書も出されていますが、なぜ音読を大切にされているのでしょうか。

日本では昔から「読み書きそろばん」といわれ、論語などの名文を音読して覚えるような実践が行われてきました。音読は、目で文字や文章を見る、声に出す、自分の声を耳で聞く、ページをめくるといったようにさまざまな動作が伴いますが、そんなふうに複数の感覚器官を同時に使うと脳内が活性化することは科学的にも明らかになっています。

つまり、伝統的にも脳科学的にも音読は学習効果が高く、大事にすべき実践なのではないかと考えています。

本を書いた当時は一斉授業をメインにしていたので、内容は一律・一斉を前提としたステップアップ型の構成になっています。今は協同学習を基本とした授業スタイルなので一斉の音読は減りました。各手法を「ミニレッスン」の形でレクチャーし、そこで扱った音読方法の中から子どもたちが選択する形を取ることが多いですが、音読を日常的に行っている点は変わりません。

――現在は具体的にどのように実践されていますか。

今お伝えした脳科学的な観点も踏まえ、なるべく体を使うよう意識しています。

「目、口、耳を使って音読しよう」と体を意識させる
(写真:田中氏提供)

例えば、低学年の教科書は、以下のように語の区切りに空白を入れて記述する「分かち書き」で表現されています。

「おじいさんが かぶの たねを まきました」

これは子どもでも負担なく読めるようにとの配慮なのですが、僕はこの空白を生かして「親指と人さし指でカッコを作って言葉の固まりごとに読んでごらん」と言って手先も使うよう指導しています。すると、「今、どこを読むのか」がはっきりすることで、読み飛ばしが減る効果もあり、だんだんスラスラ読めるようになります。音読がスムーズになると、読書(黙読)のスピードもアップしてきますよ。

このほか、体全体を使う音読も。例えば、ペアで句点ごとに交代しながら読む「一文交代読み」では、「自分が読むときは立ち、読まないときは座る」というルールで行い、立ったり座ったりの動作をプラスする。あるいは、歩きながら読むこともあります。子どもは体を動かすと楽しくなるようで、ただ座っているときよりも滑らかに読めるようになったり抑揚に工夫がしやすくなったりします。

自分に合ったスタイルで音読に取り組む子どもたち
(イラスト:田中氏提供)

また、学び方の1つとして知ってほしいので、音読はあらゆる教科で取り入れています。例えば、算数では脳のストレッチのような感覚で、問題文を3回音読したりします。子どもは問題文を間違って解釈することが多いですが、声に出して読むようにすると内容の読み飛ばしがなくなっていきます。

養う機会が失われつつある「表現力」の育成にも一役買う

――そのほか、音読を通じてどのような力が育つとお考えですか。

新学習指導要領でも重点が置かれている「思考力・判断力・表現力」の育成は大切だと思っていて、とくに「自分を表現する力」が重要だと考えています。その表現力を養うのに、音読は非常に有効です。

コロナ禍以前から学校では演劇活動なども少なくなっていて、今の子どもたちは表現する場に恵まれていません。そんな背景からも、国語の授業で音読する際には、表現力が伸びるよう取り組んでいます。

例えば、物語の全体を理解できた段階で会話文を工夫して読むことに挑戦。音読した後に「どうして自分はそのように表現したか」という根拠について、みんなで考える機会を設定しています。

「あぁ、どうしよう」の「あぁ」を落胆するように読んだ理由について、「だって会話の前に『ため息をつきました』って書いてあったから」と根拠を言えるようにすることは、読解力の向上にもつながります。また、表現の根拠を1人では気づけなくても、仲間と考える機会があることで学べる子もいます。

それができるようになってきたら、地の文の表現も研究します。NHK for Schoolの「おはなしのくに」はお薦めですよ。さまざまな著名人が昔話を読む番組ですが、「地の文でもこんな読み方もあるんだ」というたくさんの発見がある。みんなで見てまねしてもいいですし、教師がお手本を示してあげるのもいいと思います。

座った状態の「1」から黒板の前で読む「6」まで段階を分け、基準をクリアした子は進化していく設定で行う「進化音読」。子どもたちがいちばん好きな自由音読で、上達が実感できるので大盛り上がりだという
(写真:田中氏提供)

また、「音読発表会」など、成果を公表する機会も定期的に設けています。発表のやり方をはじめ、1人でやるか仲間とやるかなども自由。自分で選択・決定する機会を保障してあげると、みんな生き生きと頑張って取り組みます。

しかし、発表会当日にうまくいかない場合もあり、それだと「音読って楽しくないな」ということになりかねない。だから僕は、練習のプロセスを通してどう変わったかという「形成的評価」を大切にしています。

具体的には、僕の評価だけでなく、仲間からもポジティブな評価をたくさん得られるよう、練習の最後に途中発表をする共有の時間を取って、フィードバックし合うようにしています。

「もっとこうしたほうがいい」という助言がしんどい子も少なくありません。できていないことを指摘されていると受け取る子もいます。なので、ダメ出しではなく「ここがよくなったね」の積み重ねでお互い成長していこうという雰囲気を大切にしています。

そのために「ファンレター」を用いています。これは、相手のよいところや成長したところなどをポジティブな言葉で書いて届けるもの。書く負担感を減らすため、B5のコピー用紙の4分の1(B7)程度の小さなサイズにして取り入れています。

「前よりもよくなったところを見つけよう」と伝えていると、しだいに「毎日の練習が今日の音読によく表れていたと思います」なんて声も出てくるのですが、そういう仲間からの評価は教師に言われるよりもきっとうれしいものですよね。

こうして音読を互いに聞く機会を増やすと、日常的にも相手のほうを向いて話をしたり聞いたりするようにもなります。そういった姿勢は「あなたを大切にしていますよ」というメッセージになるので、互いを尊重し合う雰囲気も高まっていきますね。

声の大きさを意識させる「声の物差し」の板書
(写真:田中氏提供)

日常的に取り組むと、地声が大きくなるのも音読のメリット。話し合いなどでせっかくいいアイデアを出しても、相手に声が届かないのではもったいない。地声が大きくなることで、話し合いもより活発になるし、クラスの雰囲気も明るくなっていきます。

新時代を生きるスキルだけでなく「自己肯定感」も高めやすい

このような形で音読に取り組むと、表現力はもちろん、読解力傾聴力発声力褒める力といった、新時代を生き抜くスキルがアップしていくと感じます。

また、そういったスキルだけでなく自己肯定感も育まれていきます。僕はすべての授業で「わかる・気づく・納得する」を大切にしていて、その前段階として「自己選択・自己決定」の機会を保障し、そこから「自分にもできた」という実感を得る機会の創出を意識しています。

音読は、比較的その「できる体験」が得られやすい活動だと思います。初めは全然読めなかったのに、繰り返すうちにだんだん見通しがついてスラスラ読めるようになるものなので、自分の「伸び」を実感しやすいんですよね。

また、繰り返し音読をするうちに気がつくと覚えてしまっていることがありますよね。これも「覚えちゃった! すごいなあ」「やればできる!」につながり、自信を生みます。

ただし、教室内には、識字障害、吃音など、さまざまな学びづらさを抱えたお子さんがいます。そういう子たちにとって、音読はすごくハードルが高い。皆さんも子どもの頃に「みんなの前で、1人で音読をする」経験があったと思いますが、どうでしたか。僕はとても苦手だったし、今でもそういう場面では緊張します。

子どもならなおさらでしょう。でも、まったくやらないのではなく、音読活動を通じて互いの成長を一緒に分かち合おう、見守ろうという雰囲気を大切にしていきたい、そんなクラスをつくっていきたいと考えています。

例えば、ハンディキャップを周囲が理解していることが前提ですが、識字障害のお子さんであれば、友達が読んだ後に復唱するなど、仲間がサポートする形を取る。そうやって、「聞く力」や「発声力」を中心に伸ばしていくなど、その子ならではの成長の実感が得られるような配慮が大切だと考えています。

「昨日の自分より今日の自分は一歩進めた」、この感覚は誰にとっても重要であり、自己肯定感につながる部分ではないでしょうか。

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)
(写真:田中氏提供)

(文:編集部 佐藤ちひろ、注記のない写真:IYO/PIXTA)