やる気や思いはあるのに実践に至らない理由

2020年初旬の新型コロナによる一斉休校をきっかけに、私の元には全国の学校現場で働く教員から、「どうやったら学びを止めない環境がつくれる?」「どうオンラインを活用すればいい?」といった多くの相談が寄せられました。

20年2月27日、私は東京都にある普通の公立小学校の一教員でした。退勤途中の車内で一斉休校のニュースを知り、いてもたってもいられず次の日から独断でオンライン環境を整備し、そこから3カ月、毎日リモートで担当学年の子どもたちとつながり続けました。その実践は各メディアで取り上げていただき、お陰で多くの方とのご縁につながりました。

オンラインによるイベントや講座などで、全国の現場教員の先生方ともたくさんお話しさせていただきました。もちろん、ICTの使い方や場のつくり方などのテクニカルな質問もありました。しかし、最も多かった質問が「どうやって校長や職員室の先生たちを巻き込んで、ICT実践を広めていけばよいのか」というものでした。

やる気や思いのある先生は全国にたくさんいる。でも当時、実践に至ったケースはほとんどありませんでした。環境がないわけでもなければ、知識や方法を知らないわけでもない。実践に至らないその最たる理由は「行動することへのハードル」だったのです。

「先輩教員や校長から止められた」「教育委員会が許してくれない」「保護者から何を言われるかわからない」……もちろん事情は学校によってさまざまですが、職員室・行政・地域のすべてがOKになることは、まれなのだなぁと改めて痛感させられました。

蓑手章吾(みのて・しょうご)
HILLOCK(ヒロック)初等部 校長
公立小学校で14年勤務した後、2021年3月に東京・世田谷にオルタナティブスクール、ヒロック初等部を創設、22年4月に開校。専門教科は国語。特別支援学校でのインクルーシブ教育や発達の系統性、学習心理学に関心を持ち、教鞭を執る傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士号を取得。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京・小金井の前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任するなどICTを活用した教育にも高い関心と経験を持つ。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書)、『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)、『個別最適な学びを実現するICTの使い方』(学陽書房)などがある
(撮影:今井康一)

研究指定校への「ICT導入」、当初は保護者の反対強かった

どうすればICTを中軸に据えた学びの環境づくりができるのか。そんな質問に対する私なりの回答は「共通了解を探る」ということでした。

私が当時勤めていた小学校は、現在子どもたちに1人1台端末が整備されているGIGAスクール構想がまだ影も形もない、2017年度からICTをフル活用した研究をしている珍しい学校でした。総務省や市の研究指定を受けながら、プログラミング教育を基軸にICT活用授業を模索しており、私はそこでICT主任や研究主任として学校をリードする立場を務めてきました。

研究指定を受けた当初は、学校にICTを導入することへの保護者の反対意見がかなり強く、毎月のように全校保護者会を開いて説明してきました。主に健康被害や学力低下の懸念から「なぜうちの学校だけやらなきゃいけないのか」「全学年でICT実践をやめてほしい」という声も少なくありませんでした。

当時の空気感を思い出すと、コロナ禍の一斉休校を経験してGIGAスクール時代を迎えている今、隔世の感があります(笑)。

保護者の反対を正面から受けながら、その中で職員一丸となってICT教育を推進していくのはかなり難易度の高い舵取りでした。保護者の不安は子どもにも影響するし、プレッシャーの中にあっては担任の先生も後ろ向きになっていきます。その中で大切なことは、方法ももちろんそうですが、それ以上に「なぜICTを使うのか」「何のためにICTのスキルを身に付けるのか」といった目的の共有でした。

学校と保護者に加えて、先生同士の「共通了解」をどうつくるか

前回の記事でも触れましたが、学校教員は業種の特殊性や忙しさも相まって、どうしても社会の動きをキャッチしきれないことが多い気がします。当時の勤務校では推進リーダーとして、今日の社会構造やそこで求められる力がどのように変化してきているか、海外ではどのように教育が捉え直されてきているかを、個人の思いではなく事実ベースで共有するようにしてきました。事実ですから、理念や理想と違って「共通了解」できますよね。これは保護者に対しても、学校だよりなどで知ってもらうよう心がけてきました。

さらに、こんなときだからこそ、ICT以前に学校の意義や教師の役割を確認し合うべきなんだと思います。ただ「ICTなんて面倒くさい」と考えているだけの教育関係者は論外ですが、子どもを取り巻く大人たちの大半は「子どもたちに幸せになってほしい」という点では一致しているはずなんですよね。みんなの思いを確認したうえで、現状の学校教育システムでは何が課題になっているのかを共通理解するのです。まずは課題の把握、次に解決のための方略を練る。そこで初めて、ICTが1つの選択肢として登場してくるのです。始めから「ICTありき」ではありません。

デジタルに慎重になる先生もいます。しかし多くの場合、その先生は子どものことを考えたうえでマイナスになると判断されているのです。理由やニーズをしっかり傾聴したうえで、ICTができることを「その先生が大切にしていること」をベースに理解してもらうことが重要です。

私は若い頃から、職場の先輩の影響もあり、これまでの日本の教科教育について学校外のセミナーなどでも学んできました。わが国が築き上げてきた教育のすばらしさもよく理解していますし、今でも役に立っています。だからこそ、デジタルに慎重になる先生方の気持ちも理解できるのです。そのうえで、私はICTを活用することが有効だと感じているので、これまでも率直にお伝えしてきたし、議論させてもらってきました。

今の若い先生方や専門家の方々、地域の方々も「あの先生は世間のことをまったくわかっていない」と一蹴するのではなく、これまでの教育が積み上げてきたものについて、もっと学ぶべきだと思います。そうしない限り、肯定派と否定派がお互い「相手は何もわかっていない」と言ってばかりで、本当に子どものためになるよい実践は生まれてこないのではないかと感じています。

ノウハウや研修は、ちょっと調べれば無料でいくつも手に入ります。専門家から教わらなくても、職場や保護者の方が普段使いされているような方法で、学び方は大きく変わります。私の経験から言えることは、お互いから学び合えるような時間を勤務時間内に設定すれば、確実に理解は進むということです。

先生方が心の底から「ICTが必要だ!」と思えれば、学校はいつからでも、いくらでも変われます。まずは、時間をかけてでも「共通了解」を探ること。対話を続けること。焦らず、土台を築いていきましょう。

(注記のない写真:EKAKI / PIXTA)