年齢:38歳
勤務先:国立大学附属小学校
放課後30分、全教員が校庭に出て児童と遊ぶ
遠藤さんが国立大学附属小学校(以下、国立小)でまず驚いたのは、「まるで部外者のような扱い」を受けたことだった。
「着任後は学校についてわからないことだらけですが、周囲の先生には聞きにくい雰囲気でした。話しかけるのもはばかられる空気感で、戸惑いましたね」
職員室では教員同士の会話が少なく、聞こえるのも授業や校務など最低限の内容。その後、誰もいない廊下ですれ違った教員に「大丈夫そう?」と声をかけられたとき、「この職場では雑談が許されないのだ」と察した。遠藤さんは過去3つの公立小学校で働いたが、こんな経験はなかったという。
さらに驚くことに、現場のリーダー格である教務主任は、自分が認めた教員としか話さないのだそうだ。必然的に、周りは教務主任の顔色をうかがいながら行動する。着任早々の遠藤さんを寄せつけなかったのも、教務主任の出方を見極めようとしていた面があるのだろう。
「配属まで、国立小の内実はまったく知りませんでした。冗談で、『医療ドラマの医局のように、縦社会なのかな?』と思っていたら、本当にそんな感じでしたね」
こうした縦社会は同調圧力を強め、「断れない業務」が増えていく。
「典型的なのが、放課後の校庭開放です。授業後30分ほど子どもたちが校庭で遊べるようにしているのですが、必ず先生も総出で遊ぶのです。国立小の児童は放課後も塾の子が多いので、子どもたちに少しでも遊ばせてあげたいという気持ちはわかります。しかし、保護者や地域の方が見守るならともかく、仕事の残っている教員が付き合う必要はあるのでしょうか。しかし、ほかの先生がみんな参加しているので、抜けるわけにもいきません」
保護者からすれば手厚い一方で、学校としては過剰ともいえる対応をする背景には、その分学校側が保護者に多くのことを要求しているからだと遠藤さんは見ている。
「そもそも国立小は、入学時の約束として保護者に多くの協力を求めています。行事への参加は必須ですし、PTA活動も公立小と比べて格段に多い。校内の清掃・消毒や花壇づくり、図書館スタッフなどを担ってくれる保護者もいて、日々100人程度の保護者が来校しています。保護者の方々も学校の要求は絶対だと感じていて、例えば行事の説明会は、持ち物や準備についてものすごく真剣にメモをとります。当日子どもが忘れ物をしようものなら、ほかの保護者から白い目で見られるほどです。そこまで熱心に関わってくれる分、自然と教員への要求も高くなる。お互いに高度なことを求め合う、歪な関係だと感じます」
保護者からは、学力向上や授業の質はもちろん、例えば毎日のノートチェックや写真付きの日報も求められている。子どもを通して耳にした、授業中の教員のちょっとした発言にも、納得できないとすぐに問い合わせが入るという。とくに子ども同士のトラブルの場合、相手の児童にも話を聞かなくてはならず、休み時間がすべて潰れる日も少なくない。
「児童も大人びているので、つねに見張られているようで片時も気が抜けません。公立小とは比べ物にならないほどのプレッシャーがあります」
休憩なしの12時間超勤務、持ち帰り残業も常態化
保護者への日報作成や個別連絡に対応していると、放課後の時間はあっという間に過ぎていく。1日の法定労働時間は8時間だが、朝8時頃から夜8時頃まで、毎日12時間働いても仕事は終わらない。月20日間勤務として、時間外労働時間は月80時間だ。
「小学校ならどこでもですが、休憩時間はほとんど確保できません。毎日休憩なしで12時間働いているのに、さらに家に仕事を持ち帰っています。これは私だけでなく、ほかの先生も同じです。大事な授業準備をする時間が取れないので、スマホで資料を見られるようにして通勤時間に考えたり、土日に先取りしたりしています」
明らかに過大な業務量だが、校長や教頭といった管理職に改善の意思はないそうだ。遠藤さんは心身のバランスを崩して適応障害と診断されたため、その報告とともに管理職に長時間労働の是正を訴えた。しかし回答は、「全国的な問題で、すぐには解決できない」というものだったそうだ。
「がっかりしたのは、文字として記録に残るメールにもかかわらず、管理職が『改善はできない』と答えたことです。違法な長時間労働の常態化を認識しておきながら、対応はしないと宣言できてしまうほどの意識というわけです。民間企業であれば、環境を整えなければ離職が進むと危機感を募らせるはずだし、そもそも休憩なしで長時間働かせることもほぼないでしょう。なぜこんなにも一般常識とズレているのか、理解に苦しみます」
この実態が、現代深刻な社会課題となっている「教員不足」にも大きく影響していると遠藤さんは指摘する。
「国立小は、教員を志す学生が教育実習に来る場でもあります。長時間労働や過大な業務に苦しむ現場教員を目の当たりにしたり、配布されたスケジュールに休憩時間の記載がないのを見れば、学生が将来に不安を感じるのも無理はないでしょう。教育系国立大学附属校の教育実習が厳しいのは有名ですが、本来全国の学校のモデルとなるべき国立小を経て、教育学部の学生が教員を諦めているとすれば、教員不足の原因の1つは国立小にもあると私は思ってしまいます」
実際、学生の教員離れは深刻だ。高知県では、小学校教員採用試験合格者の7割超が採用を辞退したとして大きなニュースとなったが、他の自治体でも採用辞退は相次いでいる。東京都の2024年度の小学校教員採用試験の倍率は1.2倍と、受験者自体も減少した。
「残業代が十分に支払われないのも問題だと思います。私の勤務校で残業代は、定時を過ぎた労働時間に支払われるわけではなく、残業と認められる特定の業務に対してのみ、さらに申請を通す必要もあります。そのため、多くの教員が実質残業代を申請していません。残業代を払わない就職先など、学生が選ぶはずもありません。早急に見直してほしいですし、まずもって現在の状況が法律に反しているという事実を自覚すべきだと思います」
国立校が「地域における指導的・モデル」であるために
実は遠藤さんは、公立小での勤務時に職場の働き方改革を進めていた。休憩時間の確保と残業の削減を行い、自身も定時帰宅を実現している。
「私も新卒2年目までは、積極的に残業を行い、休日も勉強会に通って教材研究や授業準備をしていました。でも、私1人が熱心に取り組んでも教育全体を良くすることはできません。だからと言って、ほかの先生にも重い負担を求めるのは違いますから、勤務時間でできる再現性の高い取り組みをしたいと思い、学校単位で調節可能な時程の変更を皮切りに、少しずつ改革を進めていました」
国立小に求められる役割は、こうした働きやすい環境を整えて全国の学校のお手本になると同時に、学生に教員の魅力を感じてもらうことではないかと遠藤さんは提言する。
「私は、国立小での働き方に賛成できませんでした。現在の働き方が残っているのは、今までの先生方が従い続けてきたからです。このまま働き続けることは、今の職場を実質認めることになると思いました。これから日本全体が協力し合って教育に取り組めば、より良い社会にできると思います。実際、私はそれがしたくて教員になりました。働き方も授業内容も、まだ良くなる可能性はあると思うので、ぜひ管理職の方々とともに取り組んで、教員を目指す人を増やしたいです」
文部科学省の有識者会議で示された「国立の附属学校の概要」によれば、国立学校の使命・役割の1つに「地域における指導的・モデル的な学校としての取組」とある。もしこれが、個々の教員の先進的な授業のみを指すと考えるならば、それは想像力に乏しいと言わざるをえない。まずは遠藤さんの言うように、教員自身が生き生きと働く姿を見せることが重要なのではないだろうか。
(文:高橋秀和、注記のない写真:buritora / PIXTA)
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