「楽しい」授業で学びの意欲を引き出す

北野高校は、2018年度に京都大学における合格者数トップを獲得。それ以降8年連続で1位を保持している。2025年度入試では、2020年度に100人の合格者 を出して以来、5年ぶりに3桁の大台に乗せた。浅田充彦校長はこう語る。

「本校にはもともと力のある生徒が入学してきますが、さらに本校の授業で基礎学力を固めつつ思考力を深めていきます。意外に思われるかもしれませんが、東京大学や京都大学のような難関大は、しっかりとした基礎学力がないと合格できません。基礎学力があることで、問題を取りこぼさないんです」(浅田校長、以下同じ)

同校では、通常の50分×6時間授業ではなく65分×5時間授業を行っている。朝夕のホームルームもなく、総務の生徒が中心になってクラスをまとめている。

「65分授業の狙いの1つは、授業時間の確保です。これで1日に25分間、授業を延長することができます。もう1つは生徒同士が話し合ったり、考えを深めたりする授業のやり方だとどうしても時間が必要になりますし、演習や実験にもじっくり取り組んでもらいたいと考えています」

2011年度から「文理学科」を新設し、2年生に進級するときに「文科(人文社会国際系)」と「理科(理数探究系)」に分かれるカリキュラムを導入した。普通科の枠組みにとらわれない、柔軟なカリキュラムを作ることが目的で、「理数数学」「理数化学」「異文化理解」などの発展的な科目が取り入れられている。

「毎年、教員全員の授業を最低2回は参観していますが、本校の特徴はとにかく授業が楽しいこと。学力をつけるには時間がかかりますが、大事なのは、生徒自身が授業時間のほかにどれだけ自主的に勉強するか。楽しいと思わないと、勉強は続けられません」

視野を広げる進路支援、特別な入試対策はしない

目覚ましい合格実績を誇る同校だが、進路については「指導」よりも「支援」の形を取っているという。支援組織は「進路指導部」ではなく「進路部」と称している。

「進路の指導を行うのではなく、自身で未来を切り開いていくための、支援を行うという考え方です。入学式では、『夢なき者に成功はなし』と語りかけます。夢を実現させるために、まずは方向性を決め、次に成功の具体像を描いて、そこに到達するための計画を立てて実行しなさい、と話しています」

浅田 充彦(あさだ・みつひこ)
1961年生まれ。大阪市立大学(現大阪公立大学)文学部卒業。大阪府立玉川高校などで国語教諭として勤務。大阪府教育センター、大阪府教育委員会高等学校課を経て、泉陽高、摂津高、生野高で校長を歴任。2024年より現職
(写真:本人提供)

豊富な人脈を生かして、キャリア教育でもOBOGが後輩を支えている。1年次の「職業ガイダンス」では、さまざまな分野で活躍する卒業生が講演。ノーベル化学賞を受賞した吉野彰氏や、JAXA副所長の藤本正樹氏など、多くの著名な卒業生が来校した。

2年次には「学部学科ガイダンス」として京都大学や大阪大学に進学した学部生や院生が、生徒にそれぞれの学部で学ぶ内容や大学生活などを語る。

「講演の目的は、将来どういう形で社会に貢献できるか、そのイメージを描かせることです。JAXA相模原キャンパスに生徒を連れていったときには、藤本氏の協力で宇宙工学の最先端を見学することができました。生徒たちは刺激を受けたようです。

学外のものをどれたけ見せて、体験してもらうかが大事だと考えています。教員が進路を導くのではなく、生徒がさまざまな職業を知り、そこに至るまでの進路を自分で調べる。そして、どこで学ぶのがいいのかを考えてもらいます。もちろん、わからないことは聞いてもらってもかまいませんが、まずは自主的に調べ、考えることが基本です」

京都大学のほかに、2025年度は大阪大学59人、同志社大学199人、立命館大学114人など、難関国私立に大勢の合格者を輩出したが、大学入試のための講習などは行っていないという。

「そのかわり職員室の前では、毎日のように3年生が教員に質問したり、教員を囲んで数学の問題を解き合ったりする姿を見かけます。教員にとっては、むしろ決まった時間に講習をやる方が楽だと思う。よくやってくださっていると感謝しています。共通テストも、ちゃんと授業を受けていれば特別な対策は必要ありません。共通テストの狙いである思考力や読解力は、本校の強みとするところです」

生徒の心のケアに配慮しているのも、同校の特徴の1つだ。週に1回、臨床心理士のスクールカウンセラーが来校し、生徒や保護者の相談に応じている。また教職員も教育相談研修を行い、生徒のケアに務めている。

「本校に進学するのは、中学校で成績トップを取っていた生徒です。ところが高校に進学したとたん、もっと優秀な生徒がいてトップの座から下ってしまう。教員は周りと比較するのではなく自身の成長に目を向けるように指導しているのですが、なかなかその境地に達することができない生徒もいます。優秀な生徒だけに、悩みも深い。身近な先生に言いにくいことも、カウンセラーなら相談しやすいだろうと」

努力は褒められるためではなく、自分のために

大阪府では2026年度から府内在住の世帯を対象に所得制限をはずし、私・公立ともにすべての高校を無償化する。それを受けて、2025年度の大阪の中学入試は活況を呈している。中高一貫の6年に対し、3年という限られた期間で私立にどのように対抗していくのか。

「昨年、東京で行われた模擬国連の全国大会を見学したのですが、首都圏の中高一貫校はすごい。やはり6年間という期間が強みになっていると感じましたね。最後の1年間は大学受験の準備にあてますから、実質5年に対してわれわれは2年で勝負しなければならない。これだけはどうしようもありません」

北野高校の校舎

ただ、北野は先輩が築いてきた伝統がある。

「伝統の厚みの上での3年間なんです。本校は勉学だけの学校のように見られているかもしれませんが、実は文武両道を掲げ、クラブ活動でもよい成績を収めています。クラブ活動も行事も、やはり先輩から後輩へとつながる伝統がある。それが北野の強みです」

同校は、実は体育の授業にも力を入れている。高校としてはめずらしい50メートルプールが整備されており、2年次には4泳法を習得し、50メートルを泳ぎ切らないと単位がもらえない。学年の枠を超えて開催される水泳大会は、応援する生徒も盛り上がる一大イベントだ。

体の鍛練を重視する方針は、行事にも表れている。1935年から続く伝統行事「断郊競走」は、1、2年生が真冬に淀川の河川敷を疾走する。この断郊競走は、卒業生の手塚治虫氏の漫画にも登場するという。

なぜ、勉学だけでなくクラブ活動や体育、行事にも力を入れるのか。

「社会で活躍するためには、一歩踏み出す力、考え抜く力、そしてコミュニケーション能力も求められます。これらは勉学だけで養うことは難しいでしょう。与えられたものをこなすだけではなく、自分たちで切り開いていくには別の鍛錬が必要だと考えます」

クラブ活動がさかんな同校だが、いくら優秀な成績を収めても、校舎に横断幕を掲げて祝うことはないそうだ。

「横断幕を掲げたのは、当校卒業生である吉野彰さんがノーベル化学賞を受賞されたときだけです。努力は、顕彰されるためにするものではない。あくまでも、自分や目標のためにするもの。価値判断は自分自身で行うように、という思いが背景にあるのです」

北野高校の躍進は、難関校を目指させる進路指導や入試対策によるものではない。生徒の自主性と基礎学力、そして多角的な人間形成を重視する教育の賜物と言えるだろう。今後、北野高校は教育をどう発展させていくのか、そしてどのような人材が輩出されるのか、引き続き注目したい。

(文:柿崎 明子、注記のない写真:北野高校提供)