国内外のレースに出場しながら、CMなどの映像撮影から公共建築物の点検業務まで、さまざまな依頼に応え活躍する若きドローンパイロット、髙梨智樹さん(21歳)。今やドローン業界で智樹さんの名を知らない者はいないだろう。
充実した日々を送る中、2019年に出演したドキュメンタリー番組「情熱大陸」で、識字障害(読み書き障害、ディスレクシア)であることを公表した。識字障害とは、学習障害の1つだ。知的能力には問題がなく、文字の読み書きに限って困難がある。読むのが遅かったり間違ったりすることが多く、文字の形と言葉の音を結び付ける脳機能に原因があるといわれる。
「僕の障害は見た目ではわからない。ちょっと読めて、ちょっと書ける。隠したいわけではなかったけど、丁寧に説明しないと伝わらないので機会があれば話したかったんです」
こうした障害がある中、智樹さんはどのようにして「ドローン」という相棒に巡り合ったのか。きっかけは、幼い頃にさかのぼる。
世界を広げてくれた読み上げソフト「棒読みちゃん」
智樹さんは、就学前から急に吐き気が生じて嘔吐してしまう「周期性嘔吐症」という病気を抱えていた。学校にはほとんど行けず、引きこもりがちの日々。父親の浩昭さんが外に出るきっかけを与えてくれる中、興味を示したのが、ラジコンのヘリコプターだった。
「空への憧れがありました。機体を見上げるラジコンも楽しいけど、空を飛んでいる『目線』を味わいたくて、しだいにインターネットでその『目線』を探すようになったんです」
当時はまだ識字障害の診断は出ていなかったというが、読み書きが苦手である中、どのようにインターネットでリサーチを行ったのか。
「学校の授業にはついていけませんでしたが、勉強への興味はあった。でも、情報収集するとなると、本を読むことができないから、テレビを見る程度。そこで、小学1年生の頃に家にあったパソコンを両親にお願いして使わせてもらうことにしたんです」
触りながら使い方を覚え、日常的に動画を楽しむようになっていた小学4年生の頃、運命のツールに出合う。「ニコニコ生放送を見ていたら、流れるコメントを自動で読み上げる音声が聞こえてきたんです」と、智樹さん。それは、テキストデータを音声で読み上げる「棒読みちゃん」という無料ソフトだった。以来、パソコンで調べものをするときはこのソフトを使うようになった。
もともと一度聞いたことはほぼ忘れない記憶力があり、「耳がいい」。読み上げ速度は速いほうが集中して聞き取れるそうで、読み上げ音声を3~4倍速で聞く。自分に合った、効率的な学習法を見いだせた。「得られる情報量が格段に増えました。『棒読みちゃん』は今でも愛用しています。出合っていなかったら今頃どうなっていたでしょうね」と、笑う。
また、オンラインゲームにハマったことで身に付いたスキルもある。ローマ字入力だ。チャット機能で対戦相手とコミュニケーションを取りたい一心で覚えた。もう1つ、持ち前の耳のよさが発揮されたようで、海外の対戦相手とのボイスチャットを通じて英語が理解できるようになったという。
14歳にして、自力でドローンを組み立てる
こうしてパソコンを駆使し、海外サイトも活用しながら好きなことを調べて知識を増やしていった智樹さん。ついに中学2年生の時、YouTubeの動画を通じてドローンと出合う。プロペラをたくさん付けた見たこともない機体が、カメラを載せて飛んでいる。そのカメラ映像はまさに憧れの「空飛ぶ目線」。虜(とりこ)となった。
ところが、機体を手に入れようと探したものの、どこにも売っていない。当時、ドローンは日本に限らず、世界でも認知度はまだ低かった。
そこで智樹さんは、英語の情報をたどり、半年かけて部品を海外から取り寄せ、自分でドローンを組み立てたという。小さい頃からモノの構造に興味があり、おもちゃや時計などの分解や改造を繰り返していたというが、ドローンも自作してしまうとは驚きだ。完成した機体を飛ばし、初めて空から水平線の映像を撮れた時はとてもうれしかったという。
15年、高校2年生の時、初めて参加した国内レースで4位という好成績を収めたことを機に、さらにドローンにのめり込んでいく。
「体が弱く運動会などもいい結果が残せたことがなかったので、自信になりました。もっと挑戦したいと思いました」
3回目に出場した大会で優勝し、16年3月には日本代表として、ドバイで開かれた世界大会に出場。以来、映像撮影の仕事が次々と舞い込むようになった。
多くの「人とテクノロジー」に出会えた10代
一方、学校生活は悩むことが多かった。前述のとおり小学校はほとんど通えず、中学も地元の公立校に籍を置いたものの、入学してすぐに体調や学習の面で困難を感じたという。すぐにでも特別支援学校に移りたかったが、簡単なことではなかった。
「入院が必要な子どもを対象としていた学校だったので、『周期性嘔吐症での在籍は前例がない』と断られ続けました。智樹には『前例がないなら前例を作ろう』と励まし、少しずつ地元の先生や教育委員会などさまざまな方と話し合いを重ね、1年かけて認めてもらいました」と、浩昭さんは当時を振り返る。
特別支援学校に移ることができてからは、少しずつ状況が変化していった。先生がマンツーマンで教えてくれる環境のおかげで、識字障害があることが判明したのだ。
「パソコンを使うと知識をどんどん吸収できるのに、なぜ自分は読み書きができないのかと思っていました。障害が原因だと知って納得がいきました」
これを機に、学校でもパソコンを取り入れた。読み上げ教科書を使い、Wordでノートをとることで勉強が進むようになったという。パソコンを使って授業を受けてもよい定時制高校にも無事合格した。
この頃、東京大学先端科学技術研究センターの「DO-IT Japan(ドゥーイット ジャパン)」への参加機会も得る。病気や障害のある子どもを自立させるプロジェクトで、すばらしい先生やさまざまな障害を持つ人たちに出会えたほか、日常生活の助けとなるテクノロジーをたくさん紹介してもらえたという。
例えば現在、愛用するiPhoneやiPad。「読み上げ機能が優れていると教えてもらったんです。実際、タイムラグもないし外国語にも対応していてとても使いやすい」と、話す。
親子で起業、「ドローンで人に貢献したい」
多くの人やテクノロジーに支えられ、ドローンに夢中になる中、気づけば卒業後の進路を考える時期に。すでにドローンの仕事をしていた智樹さんは、起業の道を選んだ。その決断を受け、浩昭さんも「軌道に乗るまでは社会と息子の橋渡し役を担わねば」と考え、会社を退職。17年、高校在学中に、親子2人で合同会社「スカイジョブ」を設立した。
現在、映像撮影のほか、公共業務にも携わる。例えば、老朽化した橋梁(きょうりょう)の点検業務や、その機体の開発。点検ができる操縦者の養成も担っており、その資格認定の発行権限も有しているという。ドローンパイロットとしての強みについて、こう語る。
「強風など厳しい条件下でも操縦ができるスキルがあるだけでなく、昔から分解や改造を繰り返していたこともあって、機体の構造やシステムなど技術的なことまで理解できる点でしょうか。耳がいいので音の違いだけで不具合もわかりますからね」
幼い頃から好きなことに夢中になる中で鍛えられてきたさまざまな力が今、大いに役立っている。
2020年10月には、地元の神奈川県厚木市と災害時協力を含む包括連携協定を結んだ。世界的に災害現場のドローン活用は、人命救助の後で状況調査を行う程度だが、智樹さんは災害現場に駆けつけ、ドローンで被災者を見つけるなどの活用を志している。
「小さい頃からの夢であるドクターヘリのパイロットになって人命救助にも携わりたい。そのためにも、今は会社を大きくすることが目標。僕が現場に立たなくても回る仕組みをつくり、新たなドローン活用を構想する時間を増やそうとしているところです」
こうした夢の根底にあるのは、人への思いだ。「僕はこれまで多くの人に助けてもらってきたので、今後も誰かのためになることをしたい」と語る。そして、こう願う。
「ここ数年で、識字障害のような端(はた)から見てわかりにくい障害もだいぶ認知されました。今後はさらに、障害を持つ本人も周りの人も、お互いの困り事を率直に共有できるようになることが大事だと思います。また、僕の障害は紙とペンしかない中では重いものですが、パソコンやタブレット端末を使ってOKとなると障害の度合いはすごく下がる。ほんの少しの差で大きく変わることがあるんです。どんな課題も前例にこだわらず、どこを変えればうまくいくのかということを柔軟に考えられる社会になっていくといいですね」
(注記のない写真は梅谷秀司撮影)