「認知+非認知」を可能にする学びの形
ボーク重子(以下、重子):学校のキャッチフレーズ「やってみたいをやってみる」ってなんだか米国みたい、と興味を持ったのですが、実際に来てみてびっくりです。2020年の教育改革以来、みんなが模索している非認知能力を一緒に育む教育の形がここにあるんですもの。
尾崎嘉彦・校長(以下、尾崎):今、98%以上の中学生が高等学校に行く時代で、なんとなく高校に行くというような風潮がある。そうじゃなくて「“この学校”に行ってみたいな」「“この学校”で自分のやってみたいことをやってみようじゃないか」、そんな高校をつくれないかということで、3年前から準備室を立ち上げて、侃侃諤諤(かんかんがくがく)の議論を経て、23年4月に開校しました。(※1)
※1 京都市立開建高等学校は、京都市立塔南高等学校を再編
重子:宮越先生は、準備室時代から中心になって活動されてきたということですが、改革の内容がすごいですよね。教育目標である「学びの3原則」をはじめ、「育てる6つの資質・能力」や、「L-Pod」という教室形態。実にグローバル社会の教育トレンドに準拠しているというか、リードしている。このあたりを説明していただけますか?
宮越敬記・教頭(以下、宮越):学びの3原則は、1つ目に「問いを立てる」ことから始まります。2つ目が多様な仲間と「対話・協働」をすること。そして3つ目が「生徒自身が学び方を選ぶ」ということになります。
とくに3つ目は、「こうやって学ばないといけない」ではなく、体を動かしながらのほうが覚えやすいのであれば、そうやればいいし、書きながらやれば覚えやすいならそうやって学んでもいい。好きな学び方で学べばいい、という点を重視していきたい。人にはそれぞれの特性、得意なこと不得意なことがあるからです。極端な話、床に寝そべって勉強する子がいてもいいんじゃないか、そう思っています。
重子:1つ目は、まさにグローバル社会が徹底して教育している「クリティカルシンキング」ですね。2つ目は「社会に迷惑をかけない大人」ではなくて、「社会の役立つ一員」として、どう貢献できるのか、ということを学べますよね。3つ目がそれぞれの個性の肯定。自己肯定感、自己効力感、自制心、社会性、共感力、ありとあらゆる非認知能力を育む土壌がここにありますね。そして認知をどう使うかという、真の思考力を育む土壌も。
キーワードは「協創者」
尾崎:やはり、これからの時代を考えると、社会を構成する一員として、これからの社会に貢献してくれるような人材を育成していきたい。高校を卒業して、「この大学に行きたい。受かってよかったな」ではなくて、高校卒業後、あるいは10年後の自分というのを見つめた上で、高校時代の3年間に何をやるべきか考えてほしいのです。
重子:それが、この教育目標である、協創者になるために必要な6つの資質と能力「挑戦力」「対話力」「思いやる心」「学び続ける力」「協働力」「貢献志(こうけんし)」なのですね。大学に入学する子どもたちの半数以上が総合選抜や推薦の今、この6つの資質を鍛えるって大学受験の準備に最高じゃないですか?
宮越:そうですね、必ず自分について語れるようになると思います。自分は、どういう人間なのか。社会に対してどんなことをしたいと思っているのか。こういうことを話せる生徒にはなれると。これは推薦や、入試でも絶対に役立つ力だと思います。
重子:実際の授業は、どんなふうに行われるのですか?
宮越:生徒に考えさせる、ということを大事にしていますね。例えば「研修旅行」を例に挙げます。研修旅行は、こちらで中身を決めていません。6つほど、拠点の候補をこちらで挙げて、それぞれの拠点で何ができるのか、そもそも「何がしたい」からその拠点を選ぶのか、ということを考えてもらう。そこに行って「海でこういうことをやりたい」とか「山でこういうことをやりたい」とか「町だからこういうことができるよね」といったことを考えてもらうのです。「これをやりたい、そのためには私たちは、東京を拠点に選ぶ」、そういった流れです。そのようなことを考えさせる授業が木曜日と金曜日の午後に入っています。それ以外は普通の国語とか数学など教科の授業もやっています。
重子:まさに答えのない問いに、自らの正解を探す作業ですね。ところで、開建高校のキーワードの「協創者」とは、どういう意味なのでしょうか?
尾崎:これは造語なのですが、協働して新しいものをつくっていくという意味です。新しいものをつくっていくには、必ず、他者と「対話・協働」をしていく必要がある。自分を理解し、他者を理解する。これからの時代は、そうやっていかなければならないだろうと。そういう意味でこのような言葉を作らせてもらいました。
重子:クラスの名前も、普通科ではなくて「ルミノベーション科」。こちらも新しい言葉を作られたんですもんね。なんだか新しいことが始まる感じがします。
まるで、コワーキングスペースのような教室「L-Pod」
重子:そしてこの80人が一緒に学べる大きな箱、「L-pod」って、今までの学びの環境を一変するくらい画期的だなと思う。でも同時に、そもそもどうして今までなかったんだろうという感じもします。だって社会に出たら、静かな環境の中で一人で黙々と机に向かうというより、いろんな人がいる中で仕事をしますよね。
宮越:まさにそうなんです。学生時代は、前を向いて机で一斉に授業を受けて、社会に出たら全然違う。だから、むしろ学生時代から、社会に出たときのような環境をつくらないと、行ったときにしんどい思いするのは子どもたちだと思うんです。80人の部屋の中で、グループワークをしている人、調べ学習をしている人、先生に質問している人がいたり、少し離れたところで先生の話を聞いている人たちがいるというようなことが、同時に起こりうる授業になってほしいなと思っていまして。
重子:とはいえ、ここは公立校じゃないですか。先生たちは、今までそういうふうに教えてはこなかったのに、いきなりそのやり方を実現するのは大変ではなかったですか。
宮越:正直言うと、全然まだ完成形、最終形ではないんです。僕の中では5年くらいかかってできたらいいなと思っています。今はまず、いろんな挑戦をしてみたいと。それで、これはいけるかな、これは難しかったなど、トライしてフィードバックしてみる。PDCAじゃなくて、うちはDCAPと言っているのですが、とりあえずやってみてフィードバックを受けて、変えていく。よかったら、もっとよくしていこう!という形でやっています。去年の学校説明会でも、一緒につくって、一緒に改善していきましょうという話をさせていただきました。
重子:だけど教育委員会などから反対はなかったのですか?
尾崎:いちばん大きいのは、教育委員会も腹をくくって新しい教育をやっていこうという思いを持っていただけたことだと思っています。われわれ学校関係者だけではなくて、一緒に思い切ったこと一緒にやろうじゃないかと。京都の教育というのは、今まで本当に先進的にいろんなことをやってきたのです。
重子:それ最高! まさに非認知能力を育む教育の基本中の基本「モデリング」ですね。先生たちが試行錯誤しながら進んでいく姿を見て、生徒たちも「やってみよう」「うまくいかなければ解決すればいい」と勇気が出るし、どうやって解決していくのか、その方法も先生たちの姿から学ぶことができます。先生にとっても生徒にとっても最高に自己肯定感と自己効力感そして主体性がものすごく高まる理想的な環境だと思います。保護者の方の反応はどうでしたか?
宮越:高校なので、選択はできるわけです。そのため説明会では、もし、知識をずっと与えてもらう従来型の教育で伸びていく、そういうお子さんで、保護者の方もそういう教育を望まれるのであれば、うちの学校じゃなくて違う学校を選んでほしいと伝えてきました。また、うちはこういう学校なので、ぜひ保護者の方も一緒に学校づくりに参加してほしい、一緒に新しい教育をつくっていきましょう、というお願いをしてきました。
重子:開建高校をモデルに、全国にこんな教育が広がっていけばいいなと思います。非認知能力の高い生徒たちが、日本の素晴らしい認知教育で得た知識を使っていく。これ以上素敵なことってありません。
宮越:そうですね。ありがたいことに、文部科学省の指定を受けてこの事業やっているので、ほかの学校からも視察に来ていただくこともあり、みんなで変わっていければという思いはあります。
重子:「知っている」と「やっている」はまったく別物。激変する時代だからこそ教育を変えていかなきゃいけない。それはみんな知っている。だけどじゃあ改革やっているの?となると、やっている人は本当に少ない、いない。だからこそ開建高校はすごいと思います。最高に応援しています!
開建高校のすごいところは改革の見える化に加えて、5年も10年も使って完成形をつくってからやるんじゃなくて「一緒につくっていきましょう」というスピード感。本当にすばらしいです。3年後先がどうなるかわからない時代に完成形なんてないし、できたらもう古くなっている。先生も生徒も保護者も「協創者」であるこんな学校が全国に広がったら、日本の教育はあっという間に変わるなと希望を感じました。ありがとうございました。
(企画・編集:高橋真由、注記のない写真:平岡仁)
※注記がない撮影は、すべて旧校舎で行われています