高校生で店長業務や教育係を担って学んだこと

諸沢莉乃さんは、秋田県生まれの横浜市育ち。15歳だった高校1年生のときに自宅のポストに入っていた求人チラシを見て、スカイスクレイパーが運営する横浜市のCoCo壱番屋緑区中山店でアルバイトを始めた。

「身近な友人がアルバイトを始めた時期で、自分もやってみたいと思っていた頃でした。高校生にとって働きやすい条件も魅力でした」と、諸沢さんは話す。

周囲の人たちは優しく、店にはすぐに馴染んだ。そこから仕事に情熱を注ぐようになっていった諸沢さんだが、そのきっかけは先輩だったという。

「初めて憧れの先輩ができたことが大きかったですね。その方は女子大生で、お仕事もバリバリできて格好よかったですし、いつもおきれいで、プライベートの相談にも乗ってくれました。どんなときも明るく、人の悪口やマイナスなことも絶対に言わない。『疲れた』という一言も聞いたことがありません。当たり前のことのようですが、難しいことですよね。お仕事だけでなく、人として素敵だな、こんな人になりたいなと思いました」

当初、週2~3回の勤務だったが、仕事がどんどん楽しくなってしまい、毎日のように働くようになったという。平日は下校後の18時~21時まで、土日はもっと長く働いた。アルバイトを始めた翌年には、ココイチの「全国接客コンテスト」で決勝進出を果たす。

「全国接客コンテスト」に出場したときの諸沢さん

そして諸沢さんは、高校生にして店長を務めるようになった。同社には、「意志ある者にはチャンスを」ということで、高校生アルバイトでも店長業務を経験できる仕組みがある。それを利用し、マネジメント業務を担うようになったのだ。意欲のある人間が力を発揮できる体制があったとはいえ、諸沢さんはどのような努力を重ねたのだろうか。

「最初に教えていただいたココイチのモットー“ニコ・キビ・ハキ”、つまり、ニコニコ、キビキビ、ハキハキをまずは何よりも心掛けるようにしました。また、お客様だけでなく、一緒に働く仲間もよく観察するように。仲間同士でぎくしゃくしているとどうしても雰囲気に出てしまいますから、例えば、顔色が悪い仲間がいれば、『何かあった?』と必ず声をかけるようにしていましたね」

そうしたことの多くは憧れの先輩から教わったというが、実践し、頑張れば頑張るほど周囲に認めてもらえることがさらなる意欲につながっていったという。

「会社のトップ(西牧大輔現会長)も誰より腰が低くて挨拶が美しく、格好いいと思いました。私の名前も覚えてくださり、何かと従業員のことを見てくれていた。そんなふうに憧れの人や寄り添ってくれる人がたくさんできて、自分はここで必要とされていると感じられたことが大きなモチベーションになっていきました」

諸沢さん(右)と、スカイスクレイパー創業者の西牧大輔会長(左)

もちろん、最初からすべてうまくこなせていたわけではなく、たくさんの失敗もした。しかし、失敗から学んだことは多いと諸沢さんは語る。

「失敗しても、次に同じ状況になったときに行動を変えてみれば、うまくいくし、失敗ではなくなる。それは仕事だけでなく人生も同じだと学びましたね。教える側になると、より失敗の大切さに気づきます。失敗して落ち込んでいるスタッフがいたら、どうすれば元気になってもらえるかを考えますが、そんなときはかつて自分がかけてもらった言葉や、立ち直ったきっかけが生きてきます。例えば、『私も同じミスをしたことがあるよ、私はそのときこういうふうにしたよ』『私の昔のミスは今こうして伝えることができているように、あなたの経験もいつか生きてくるよ』と声をかけます」

高校時代の諸沢さんについて、広報室長兼執行役員の今村弥生さんは、「当時から評価も本人のモチベーションも高かった。非常に珍しいケースですが、高校生のときから県外も含む他店に出張し、高校生や大学生を教える仕事も任されていました。当社の全員が知っているような高校生でしたね」と話す。

教育係を担う中で、人材を育成する力も磨かれていったようだ。後輩を指導する際に意識していることについて、諸沢さんは次のように語る。

「ポットの向きが間違っていた場合、『何かおかしいところがあります。どーこだ?』と、まず自分で気づいてもらうようにしてからその人の意図を聞くようにしています。その人にも何か意図があってやったことかもしれないので、まずは全否定しないで話を聞くことが大切だと思っています。また、指導に当たっては、一方的に粗探しをするのではなく、私も何か学ぼう、何かを持って帰ろうという点を意識してきました。当時からよい取り組みがあれば他店の学生にシェアしたり、交流の機会をつくってきたりしましたが、今後はもっと店舗を越えた形でそうした仕組みをつくれないかと考えているところです」

ボランティアで得た気づき、突然の「次期社長の打診」

そんな諸沢さんは高校卒業後、アルバイトを続けながら、いったん募金活動を主体としたボランティアの道に進んでいる。

「大学進学も考えたのですが、とくに学びたいことがなかったんです。しっかりと目的を持って行くべきだと思っていたので、何となく大学生になるのはお金を出してくれる親にも申し訳ないし、もったいないなと。もともと私は人のために何かしたいと思っていましたので、だったら今ボランティアに挑戦してしまおうと思ったんです」

人のために何かしたいと思うようになったのは、母親の影響が大きいという。あるとき家族で出かけたときのこと。母親が突然、前方へ走り出した。何をするのかと思ったら、重たい荷物を持ったお年寄りに駆け寄り、荷物を持って一緒に階段を上がっていった。幼い頃からそうした母親の姿や、誰かのために動く人に感銘を受けていたという。

しかし、やってみてわかったことだが、募金活動は支援する相手の顔が見えないものだった。やはり自分は直接言葉を交わしながら、人のために働き、人が成長する姿を見ていきたい――そんな思いが募った。

「結果として、自分はどのような形で人のためになりたいかが明確になり、ボランティアは半年ほどで辞め、ココイチの仕事に本腰を入れるようになったのです」と、諸沢さんは振り返る。

諸沢さんはその後、2021年には、ココイチで最高位の接客スペシャリスト資格「ココスペ『スター』」を獲得。実店舗で覆面調査のような審査がある、現在でも全国で31名しかいない超難関の資格だといい、諸沢さんは当時、全国で16人目かつ最年少で獲得した。

「スター」に認定された人だけがこの制服を着ることができる(左)、接客中の諸沢さん(右)

驚くことに、そのスター資格の祝いの席で、突然会社のトップから次期社長を打診されたそうだ。「自分が社長になるとは思っていなかったし、なろうと思ったこともなかった」(諸沢さん)が、チャンスがやってきたのなら挑戦したいと思い、すぐに快諾したという。

「大学進学or就職」の現状、若者に「いろんな選択肢を」

しかし、社長業である。二つ返事で引き受けてしまう度胸や挑戦心はどこで育まれたのだろうか。

「小さい頃から意欲はすごくあって、負けず嫌いな性格ではありましたね。例えば、運動は苦手なのですが、できるようになりたいし楽しみたいと思って、中学時代はバスケ部に入りました。結局レギュラーにはなれず、声出し担当だったのですが、それが今の接客に生きています。人生にムダなことは何もないんです!」と、笑う。

そうした前向きな姿勢は、「母の影響が大きいのかもしれません」と、諸沢さん。つねにポジティブな声かけをしてくれた。例えば、学校のテストの点数が悪いときも、「でも前より2点も上がったじゃない、えらい!」と褒めてくれたそうだ。「勉強しなさい」と言われたこともない。

「ただ、時間を守ることや挨拶などの礼儀には厳しかったですね。実は、西牧会長もよく従業員に対して『挨拶や礼儀など、人として大切なことを磨くためにうちを使ってね』と言います。つまり、わが家も会社も、人としてどうあるべきかという点を大事にしている。この仕事を長く続けてこられたのは、ここが一致したことも大きいです」

高校生の頃から重要な仕事を任され、22歳という若さで社長に大抜擢された諸沢さんは、現在の学校教育をどう見ているのか。公立の小中学校と私立高校で過ごした自身の経験を振り返り、こう語る。

「実質、高校卒業後は主に大学進学か就職しか選択肢がありません。正直、私はその二択の中で将来どうすればよいかわからず悩みました。夢も決まってないのに、何となく大学に行って遊んでしまったら何も得られません。アルバイトをしながらいろんな経験をしたり資格を取ったりしてから大学に入ってもいいし、アルバイトが合っていればその道を究めてもいい。自分を見つけるためには遠回りをしても遅くないと思うので、いろんな選択肢を生徒たちに提示してほしいですね。

また、昔よりも世間の目が厳しく、思うようにできないと葛藤している先生はたくさんいらっしゃるのではないでしょうか。先生方がもっとやりたいことをやれる環境があってほしいと思います」

社長の打診があってから経営学やマーケティングなどを学び、今年5月に社長に就任した諸沢さん。今後3年間で、西牧会長のサポートを得ながら業務を段階的に引き継ぎ、その後は、諸沢さんと同時期に抜擢された若手ブレーンたちと共に、本格的に経営のかじ取りを行っていく。

現在、スカイスクレイパーが運営する店舗は27店舗。「創業者の理念を現場に伝え続け、同じ思いで働いてくれるスタッフを増やし、店舗数も拡大していきたい」と、諸沢さんは話す。どんな人材を必要としているかと問うと、「具体的な人材像はない」ときっぱりと言い、こう続けた。

「『あなたはこうなりなさい』は絶対だめだと思うんです。何か夢があるならば、その夢をかなえるためにうちの仕事がどう生かせるかを考えて仕事に取り組み、一生使える何かを学んでほしい。それぞれの幸せの価値観に合わせて、成長してもらいたいと考えています」

今後、諸沢さんが社長としてどのような手腕を見せるのか。楽しみだ。

諸沢莉乃(もろさわ・りの)
スカイスクレイパー代表取締役社長
2001年生まれ。高校1年生のときにアルバイトとして同社に入社。翌年には「全国接客コンテスト」で決勝進出を果たす。2021年に全国のココイチで当時15人しかいなかった接客のスペシャリストに認定。その祝いの席で「次期社長に」と抜擢され、2024年5月より現職。座右の銘は「高め愛」

(文:國貞文隆、編集部 佐藤ちひろ、写真:スカイスクレイパー提供)