ChatGPT導入の目的は個別最適な学びと英語力の「メタ認知」
上村氏は、「生成AIは生徒に無限の学び方を提供できるツール」と言い、授業で活用するメリットを次のように説明する。
「教員1人で教える従来の授業形態では、一人ひとりに最適な学び方を提供するのは物理的に困難でしたが、生成AIはこの構造的な限界を打ち破るものだと捉えています。例えば、英語学習で生成AIを活用すれば、対話形式で学びを深めたり、生成AIが作成した画像のビジュアルを通じて英語を理解したりといった、多様な学び方の中から自分に合ったものを生徒たちは選択できるようになります。これは文部科学省が推進する『個別最適な学び』に相当するものだと言えるでしょう」
ChatGPT導入の目的は「自分の英語力を客観視して弱点を把握し、その部分を強化していく『メタ認知』を行うことにある」と上村氏。

ChatGPTは主にライティングとスピーキングで活用しており、アウトプットした英語にその場でフィードバックが得られることで、生徒は自分に足りない視点や英語の文法・語法ミスなどを客観的に捉えられるようになるという。なお、授業でのChatGPTの活用に当たっては、保護者に文書で同意を得たうえで、生徒が各自のタブレット端末でChatGPTの無料版を利用しているそうだ。
個別フィードバックで「つねに頭を使う」授業が可能に
では、上村氏の授業での具体的なChatGPTの活用法について見ていこう。
ライティングでは、クラス全員分の英作文をExcelにまとめたものをChatGPTで分析し、多くの生徒が間違えやすい共通エラーを抽出。自分の英文にそのエラーがないかを生徒に自己添削させる。
その後、内容・構成・文法・語彙・一貫性のルーブリック評価(学習達成度の評価)に基づいて生徒の英文をChatGPTで点数化し、最も高得点の生徒の英文を分析して優れた表現などを学ぶ。そして、生徒が各自でChatGPTを用いた英文添削やリライトに取り組む。
従来の授業形態では、自分以外の生徒の英文が添削されている時間は「やることがない」状態になってしまっていたのに対して、ChatGPTを活用してこのようなステップを踏めば、どの生徒も「つねに頭を使う」授業を行うことが可能になったという。

(画像:本人提供)
「ChatGPTには特有の書き癖があり、それを抽出すると、正しい英語表現のテンプレートとして活用することが可能です。教師からは、ChatGPTの回答の内容について『なぜこの書き方にしたのか?』『この単語を選んだのはなぜだろう?』といった問いかけをすることで、生徒自身に考えさせる機会を設けています。ChatGPTの英文よりも生徒が書いた英文の方が優れていることもありますよ。いろんな回答例を見て、どういう書き方がいいか意見を出し合い、理解を深めていくプロセスを重視しています」
スピーキングでは、ChatGPTにさまざまなペルソナ(役割)を設定することで、従来の授業では難しかった個別のフィードバックを得られるようにしているという。例えば『英検の面接官』として設定して面接試験の対策を行うこともあれば、『悪魔の代弁者』(生徒の意見に対してあえて反対意見を述べる役割)として設定し、多角的な視点から自分の考えを見直すことで発表内容の質を高めるために活用することもあるそうだ。

(画像:本人提供)
「例えばChatGPTに『核兵器使用の賛成者』というペルソナを設定して、生徒とディベートをさせたこともあります。被爆地である長崎で生まれ育った生徒たちは、ずっと核兵器に反対する意見にしか触れてこなかったので、ChatGPTの意見を聞くことで初めて、賛成派の意見を知らなかったことに気づかされるのです。
批判的思考力を養うのに加えて、そのような『無知の知』を自覚させるうえでも、ChatGPTは有効なツールだと思います。生徒たちはChatGPTとのディベートを通して核兵器や戦争について英文をまとめ、それを基にウクライナの高校生とオンラインで交流する取り組みも行いました」
ChatGPTの回答はプロンプトの内容によって変わってくるため、1回目、2回目に入力するプロンプトは上村氏が作成したものを生徒たちに配信し、それ以降のやり取りを深めていく段階では生徒各自に委ねることが多いそうだ。
上村氏が作成するプロンプトは、ライティングのルーブリック評価と同様に、内容・構成・文法・語彙・一貫性のそれぞれを点数化し、各項目が満点を取れる表現に修正するように指示するものだという。また、生徒たち自身が使用したプロンプトで最もいい回答が得られたものを募り、ほかの生徒と共有することもある。
「危険だから使うな」ではなく「危険を知って正しく使え」
ChatGPTを授業で活用したことにより、「生徒の語彙力が高まり、ChatGPTの書き癖を真似することで論理的な英文を書く能力も高まった」と上村氏は手応えを感じている。一方、実際にChatGPTを活用して学習した生徒からは賛否両方の意見が出ているという。

長崎県立長崎北高等学校教諭
富士通に勤務した4年間で技術営業やベトナムでの市場調査に従事した後、長崎県の公立高校で英語科教員を10年務める。英語教育における生成AIの活用を積極的に推進し、英文の添削やスピーキングの練習、英語でのディベートなどにおいてChatGPTを活用した授業を実践している。生成AIの教育への活用とその普及戦略について研究するため、2025年秋よりハーバード教育大学院への留学を予定
「ポジティブな意見としては、『先生には聞きにくい些細なことをChatGPTには遠慮なく聞ける』『先生に対してはChatGPTでは解決できない本質的な質問ができるようになった』という声があります。ネガティブな意見としては、『想定通りの回答が得られるとは限らず、プロンプトを作るのが面倒くさい』『ChatGPTを使って課題に取り組んだ人の方が、使わなかった人よりも評価されそうなのが心配』といった声が出ています」
ChatGPTの活用に当たっては、回答に含まれる誤った内容やバイアスのかかった内容を鵜呑みにしてしまう、自分で考えずにChatGPTの回答を書き写して課題を終える“ズル”もできるといった、負の側面もある。その点については、どのような指導をしているのだろうか。
「ChatGPTの適切な活用を促すルールメイキングの授業を実施した際、生徒たちは大人の私たちよりも柔軟な発想で、使い方の良し悪しを見極めていました。過度な指導をすると、生徒たちは抜け道を探してしまうおそれもあるため、あえてあまり指導はしないようにしています。
導入時に伝えるのは、『ChatGPTを使う目的は、あくまで自分を客観視することであって作業の効率化ではない』という一点だけです。『危険だから使うな』ではなく、『危険を知って賢く使え』というのが、AI時代のあるべき教育なのではないでしょうか。最低限のガードレールを教員が敷きつつ、その中で意図的に失敗させながら学ばせるスタンスを取るようにしています」
上村氏の言う「意図的な失敗」の一例としては、教科書の内容を要約して自分の意見を述べるリテリングの学習において、ある生徒がChatGPTに作成させた原稿をそのまま自分のものとして発表したところ、語彙レベルが高度すぎて、誰にも理解してもらえなかったケースがあるという。生徒たちはこのような失敗を体験しながら、何もかもをChatGPTに委ねるのではなく、自分に足りない部分を補うツールとして使いこなしていく方法を身につけているそうだ。
成長のプロセスを評価することがAI時代の教師の役割
「生成AIを使えば使うほど、人間の教師の価値とは何だろうということを考える」と上村氏。教師でなければできない生徒への働きかけについて、次のように語る。
「絶対評価はAIの方が上手だと思うのですが、教室の現場では、一人ひとりの生徒の昨日と今日を比較してどんな成長が見られたかという相対評価に着目した方が動機づけにつながると感じています。普段は5行くらいしか英文を書けない生徒が、ある日は15行の英文を書いてきたとしたら、文法のミスがあってもあえて指摘はせずに、長い文章を書けるようになったことに対する努力を褒める。そういったことは、人間の教師でなければできないことです。このような成長のプロセスを生徒にフィードバックしていくことが、AI時代の教師には求められると思います」
GIGAスクール構想により、1人1台端末やインターネット環境は整備されたものの、現時点では生成AIを授業に活用している教員は多くはない。生成AIの活用に抵抗感がある場合は、「まずは生成AIに自分が書いた英文を入力して、『この英文を添削してください』と一文だけ指示することから始めてみてほしい」と上村氏は話す。
「生成AIの活用に関しては、私も含めて皆が同じスタートラインに立っている状況なので、一緒に試行錯誤を楽しみましょうということに尽きます。英文添削を1回やってみるだけでも、生成AIが非常に便利なツールであることは実感していただけるはずです。
2025年秋からはハーバード教育大学院への留学を予定しており、いろいろな国から来ている留学生とともに、教員のための国境を越えたコミュニティを作りたいと思っています。将来はぜひ、日本の先生方にもそのようなコミュニティに入っていただいて、生成AIをはじめとするテクノロジーの効果的な活用法について一緒に学びを深めていくことができたらと考えています」
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(文:安永美穂、注記のない写真:本人提供)