「精神的幸福度」が向上、どう見るべきか?
――RC19は、2022年時点のPISA やWHOなどデータを基に、先進国の子どものウェルビーイングについて分析がなされています。2020年発表のRC16(2018年時点の分析)と同じ指標で「精神的幸福度」「身体的健康」「スキル」を総合的に評価しており、日本は36カ国中14位となりました。RC19から見える全体的な傾向についてお聞かせください。
日本ではそれほど下がっていませんが、世界的にコロナ禍前のRC16の結果と比べて学力が下がっています。これは1つの特徴かと思います。因果関係がはっきり出ているわけではありませんが、コロナ禍での休校日が多かった国のほうが学力の落ち方が大きいです。コロナ禍で起きた生活様式の変化やデジタル化の進行が、学力格差の拡大に影響を与えたのではないかと考えています。
――前回RC16でワースト2位(38カ国中37位)だった「精神的幸福度」は、RC19では上昇したものの32位という結果でした。精神的幸福度は「生活満足度が高い15歳の割合」(以下、生活満足度)と「15〜19歳の自殺率」(以下、自殺率)という指標から評価されていますが、日本は調査対象国の中で唯一生活満足度が向上しています。日本はコロナ禍の対応がよかったのでしょうか。
他国の生活満足度が低下する中、日本は前回の62%から71%へと上がりました。改善したこと自体は喜ばしく評価すべきですが、元々が低かったので、世界の値に少し近づいたというところではないでしょうか。要因としては、コロナ禍の休校期間の短さや、子どもがいる世帯の経済状況の改善などが考えられますが、日本のコロナ禍の対応がとくによかったとは言い切れないと思います。

――RC19では、いじめ経験、ソーシャルメディア利用、親との会話の頻度が生活満足度と関連することが指摘されています。日本はこの点に課題はないのでしょうか。
日本は対象国の中で、親との会話の頻度は最も低い値となっています。中高生と親との間にコミュニケーションの課題があると言えるでしょう。
いじめは対象国の中で3番目に少なく、ソーシャルメディアの利用頻度については報告書で順位が示されていませんが、現状としてSNSでのいじめも非常に多くなっています。いじめの問題とソーシャルメディアの利用に関しては、子どもを取り巻く環境における大きな要素として対策を強化していくべきでしょう。
高まる「自殺率」、広がる「格差」
――子どもの生活満足度が上がった一方で、自殺率(10万人あたり)は前回の7.37人から10.41人へと悪化しています。
生活満足度はすべての子どもの平均値が出る、いわば真ん中の層を見る指標。一方、自殺率は精神的に一番厳しい子どもたちを見る指標です。重要度で言えば、自殺率のほうが注意すべき指標と言えるでしょう。この自殺率がすごく上がっており、心配です。日本はOECD諸国の中では最悪ではありませんが、悪いほうであり、とくに低年齢層で上がっていることが問題です。

東京都立大学 人文社会学部・人文科学研究科教授、子ども・若者貧困研究センター長
海外経済協力基金、国立社会保障・人口問題研究所などの勤務を経て現職。著書に『子どもの貧困:日本の不公平を考える』『子どもの貧困 Ⅱ:解決策を考える』(ともに岩波新書)ほか
(写真:本人提供)
――文科省の調査でも、2024年に児童生徒の自殺者数が過去最多となりました。不登校も過去最多を更新し続けています。背景としてどのようなことが考えられますか。
子どもの自殺や不登校の要因については、立証されているわけではありませんが、どちらかといえばコロナ禍よりも貧困や格差の影響が大きいのではないかと見ています。今、子どもの貧困率は下がっており、平均的に見ると経済状況もよくなってきています。しかしその分、子どもたちの格差が大きくなっていると言えます。
周りの経済状況がよくなっている中、自分の環境が厳しければ精神的なつらさにつながってくることもあるでしょう。経済状況と自殺を結びつけるのは大人のケースでも難しいのですが、失職や健康状態の悪化などが絡んで貧困が起こる場合もあります。そうしたことを踏まえると、貧困や格差も自殺の要因の1つになるのではないかと思います。
――おっしゃるように因果関係を明らかにするのは難しく、1人ひとりの背景や理由も異なりますが、学校や社会ではどのような取り組みが必要だと思いますか。
現在の対策の多くは、自殺願望のある子や精神状態が悪い子に対する窓口を設け、相談事業を行うというもの。もちろんこれも大切なのですが、そこに至るまでの対応がなされていないのが現状です。なぜ、そういった子たちが毎日楽しく学校へ通えないのかといったところへの対応が手つかずではないでしょうか。学校や教育がどうあるべきかを考えなくてはいけません。
例えば今、通信制高校を選ぶ生徒が増えているのは、一般的な学校になじめない子が増えているということもあると思います。とくに日本は中学校以降の選択肢が少ないことが、生きづらさにつながっているのではないでしょうか。
教育現場でも「インクルーシブ教育」や「探究学習」など、いろいろな取り組みも出てきていますが、エンドポイントが大学受験であることは変わっていません。定員割れする大学が出ている一方で、受験は学力だけでなく経験も含めた競争が激化しています。こうした状況を全部見直す必要があるのではないでしょうか。大学以外の選択肢をどう充実させていくのか、若者、とくに高卒のキャリアパスについてまで考える必要があると思います。
自殺対策でも不登校対策でも、いかにその数を減らすかという対策になりがちですが、必要なのは根本的な議論です。議論なしに単に給付金を出すだけではなく、子どもが育つ環境や社会全体を変えていく必要があるでしょう。
「社会経済的背景による学力格差」が大きい日本
――「身体的健康」は、RC16に引き続き対象国の中で1位です。
身体的健康は死亡率と過体重の2つが指標となっており、とくに肥満は他国があまりに値が悪いこともあり、日本はたまたまいい順位なのだと思います。ただ、2024年度の文部科学省「学校保健統計」によれば、痩せも肥満も増えており、この日本の状況は受け止めなければいけないでしょう。
とくに痩せに関しては、本人も含めて危機感を抱きにくいと思うので啓発していく必要があるのではないでしょうか。過体重の割合も16.3%と少なくはありませんし、問題意識を持つべきかと思います。
――「スキル」は、「学力スキル(数学・読解力で基礎的習熟度に達している15歳の割合)」と「社会スキル(すぐに友達ができると答えた15歳の割合)」という2つの指標を基に順位付けされています。日本は前回の27位から12位へと順位を上げましたが、この結果についてはどう捉えればよいでしょうか。
日本は他国が学力スキルを下げる中、76%と前回RC16の73%からほぼ横ばいで推移しましたが、日本のデータを見ても家庭の社会経済的背景による学力格差は明らかに大きくなっています。
家庭の経済状態がよい子はすごく伸びている中で、平均点より低い子への手厚い支援が必要な状況です。経済格差と学力格差は不登校や自殺にもつながります。よりつらい状況の子どもたちに注目した政策はもちろん、学校現場でも先生1人ひとりの行動が変容していく必要があるでしょう。
――具体的にどのような取り組みが必要でしょうか。
日本の子どもたちの学力は全体で見ると上がっていますので、先生方も上のレベルに合わせてしまいがちかもしれませんが、クラスの中で勉強が遅れている子たちがわかるように授業を作っていかなければいけないと思います。
東京都足立区のように個に応じた取り出し授業などをやっている自治体もすでにありますが、そうした支援もより広い範囲で行う必要があるでしょう。先生方はお忙しいですので、外部人材を活用して補講を行う方法もあります。ただ、補講などは“居残り”のようなイメージを与える場合がありますので、子どもの自己肯定感が下がらない形でやる必要があると思います。
例えばオランダでは、1人ひとりが違う勉強をしていて、それぞれの成長を評価する教育になっていると聞きます。日本もこれだけ格差が広がってきていますので、授業スタイルや評価を大きく変えていく必要があるのではないでしょうか。
――社会スキルについては改善が見られ、日本はデータがある41カ国中29位とのことですが、この状況をどうご覧になりますか。
少なくとも平均くらいまでにはなってほしいと思います。友達がいるかどうかという点はおそらく不登校や自殺率にも関連していますので、改善が望まれます。
多くが「優等生向け」、「最もつらい子どもたち」への政策を
――RC19は前回のRC16から5年ぶりの報告書です。この間に日本では子どもを巡る動きとして、こども家庭庁の発足や高校授業料無償化などさまざまな変化がありました。
経済的な事情で進学を諦めずにすむという点で、教育の無償化はいい変化だと思います。しかし、みんなが学力志向が強いわけではありません。
こども家庭庁もそうですが、どちらかというと日本の政策は優等生向けのものが押し出されているように思います。例えば、子どもの意見を聞こうという機会が増えていて、優等生はそういう場で発表などを行いどんどん経験を積んでいますが、一方で、積極的に意見を述べられない子やそもそも学校に行けず意見を表明する場につながれない子もいます。平均より上の子だけでなく、平均より下にいる子、最もつらい状況にいる子への政策を進めるべきだと思います。
――子どものウェルビーイングの向上のために、学校現場には何が求められるでしょうか。
文科省も言っていることですが、「楽しい学校にする」ことが大切ではないでしょうか。居場所という機能としての中学校や高校があり、そこが子どもたちにとって生き生きできる場所であることが求められていると思います。
今は、学校でも「学力をつけることが一番大事」というレトリックは強調されなくなってきているとは思います。しかし、これも繰り返しになりますが、大学受験がエンドポイントであることは変わっていませんし、増加する総合型選抜などに対応するための活動をしなければならなくなっています。こうした受験の仕組みから変えていかなければならないと思っています。
(文:吉田渓、注記のない写真:buritora/PIXTA)