非認知能力の育成に格差があってはいけない

2018年以来、非認知能力を育む子育てに関する本を出版しており、非認知能力育児コーチングの活動をしている私のパッションは「非認知能力の育成に格差があってはいけない」ということです。自己肯定感、自信、自制心、主体性、好奇心、柔軟性、やり抜く力、回復力、楽観性、共感力、協働力、社会性などの目に見えない能力(非認知能力)の育成は、ひらがなや足し算のように誰もが当たり前に受けられる教育でなくてはいけないと思っています。

なぜ今、非認知能力が求められるのか? それはグローバル化や、多様化、AI化が加速する変化の激しい社会では知識(認知能力)だけでは生きていけないからです。社会は命令や指示待ちをするのではなく、主体性を発揮して自ら人生を切り開いていく人材を必要としています。それに応えるように大学受験は点数以外の「あなたはいったい誰ですか?」「何をしたいのですか?」「どんなふうに社会の役に立っていきたいのですか?」という非認知の部分、人間であるからこそ持てる能力といった部分に目を向け始めています。

そして世界を見てみると、すでに「認知能力+非認知能力」の教育にシフトしています。今やらなければ、この変化の激しい社会を乗りこなす子どもを育むことができなくなるからです。実際15年以降「非認知能力を育成する教育を取り入れたら子どもたちの幸福度、生きる力、学力が向上した」という調査結果が世界中から続々とOECD(経済協力開発機構)に報告されています。

米国に関していえば18年の時点ですべての州で非認知能力育成のゴールを掲げています。未就学児に関するゴールだけを設定しているところもあれば、高校卒業まで授業に組み込んでいるところも18州あります。

さらに、大学受験においてはSAT(従来の読み書き、認知能力を問う共通の学力テスト)を免除しているところも多数あります。とくにコロナ禍においては8校ある名門アイビーリーグ大学のうち、7校がSATを免除しました。

では、学校はいったいどのようにして合否を決めるのでしょうか? それは、次のような内容を総合的に評価し、決定されます。高校4年間における勉強に向かう姿勢(どれだけ自分に挑戦したか?)、課外活動(どれだけ社会に貢献したか? どれだけ自分を取り巻く社会に関心を向けたか?)、学校での学業以外の活動(学校というコミュニティーの一員としてどのように役に立ったか?)、学業以外の興味、そしてその生徒を取り巻く環境などです。

生徒を成績という一面からではなく多角的に見ることを「ホールチャイルドアプローチ」と言いますが、米国ではトップの大学をはじめ多くの大学がウェブサイトなどで評価方法として明確にうたっています。

学力(認知能力)では、その子どもの学習における習熟度がわかりますが、それだけではその子どもがいったいどのような人間かという人間性がわからないからです。

米国においては、例えば日本にあるような大学合格を目指した学習塾というのは一般的ではありません。米国、とくに大都市を中心に広がる「受験コンサルタント」の仕事は、受験生の「キャリア」をつくることにフォーカスしています。受験生のキャリアとは学校の成績だけではなく、その子らしい興味、その興味を中心とした学校内外での活動、それを社会貢献につなげる活動など、人間としての総合力のことを指します。

受験では「興味はどのように生まれたか、その興味に基づいて主体的に行動したときにどんな困難があったか、どのように乗り越えたか、そこにはどんな学びがあったか、そこからどこに向かいたいか、それはなぜか」など、点数ではわからない部分が問われます。言い換えれば、それはその子どもの非認知能力が問われているといっても過言ではありません。

ですから非認知能力の育成なくしては、米国のトップの大学への合格は難しいでしょう。社会が求める人材として、人間力が求められている今、「何ができるか」という認知の部分だけではもう足りない。これからはその「何」を「誰」がどのように、何のために向かって使うのかという「誰」の部分が求められます。その部分が非認知能力という人間力なのです。

人間力があってこそ、この変化の激しい人生100年時代を、変化に淘汰されるのではなく、乗りこなしていくことができるのです。知識の量やアウトプットのスピードなど認知の部分では、人間は到底AIに勝つことはできません。言い換えればそれはAIで十分ということです。そのため、これからは人間が人間であるからこそ持つ能力を伸ばしていく必要がある。

だからこそ、グローバル社会では認知能力+非認知能力にシフトして結果を出しているのです。

グローバル社会VS日本、私立校VS公立校

では日本の現実はどうなのか?

2020年の学習指導要領の改定は画期的でした。何といっても、その中に人間力や表現力、ディスカッション力の育成が盛り込まれたからです。私は「これで一気に日本の教育が変わる!」と期待したのですが、コロナ禍もあり、教育改革は遅々として進んでいません。

また、いきなり非認知能力の育成を課せられた現場の先生たちは「認知と非認知の狭間」で大変な思いをしていることでしょう。子どもたちのために改革を進めたいという思いはあっても「いったい、何をどうしたらいいのか」というたくさんの声が私の元に届きます。

そんな中、私立の学校では非認知能力の育成に取り組むところが増えています。子どもと、その学校自身の競争力を高めるためにはいち早く社会の変化に対応することが重要だからです。しかし私立校だけが変わったのでは、非認知能力に関する教育格差が広がるだけです。大切なのは、経済的事情やテストの点数、偏差値などにかかわらず、誰もが平等に教育を受ける機会を提供する公立校が変わることだと思っています。

公立校は、私立校と比べて何といっても生徒の絶対数が違います。一人でも多くの子どもたちが高い非認知能力を身に付けていくことが、グローバル化、多様化、AI化が加速する今の社会で日本の競争力と協働力を支え、日本を前に進めることになるはずです。

そこで非認知能力育児のパイオニアとして、何かできることはないか?との思いで始めたのが、次回からスタートする、子どもの非認知能力の育成のために学校改革を進めている公立校を中心とした学校の校長先生を訪問して、直接話を聞く「話題の学校現場にボーク重子が行く!」です。

できない理由はない、「やるか、やらないか」

校長先生たちの話を聞いていて毎回思うのは「できない理由はない」ということです。

私たちはそもそも変化が嫌いな動物です。でも変化は世の常。変化を乗りこなせなければ淘汰されます。改革は「できるか、できないか」ではなく「やるか、やらないか」なのだと校長先生たちのお話を伺っていて痛感します。「できない理由」を探す代わりに、「どうすればできるようになるか」と問いかけることで光が見えてくる。

もうひとつ改革を進めている校長先生たちには共通する姿勢があります。それは改革に必要なのは「勇気」ではない、ということなのです。

ではいったい何が必要なのか?

それは「モチベーション」です。いったい何のために改革するのか? それは「子どもたちの幸せ」のためです。その思いが改革を前に進めます。勇気なんて要らない。そもそもどうして先生になったのか? そんな初心が世界最強のモチベーションとなって、この変化の激しい社会を子どもたちが自分らしく幸せに生きる基礎づくりのための改革へと前に進めます。

そこにはいろんな困難や問題があります。改革を進めている校長先生たちはどんな問題にぶち当たり、どう解決して行ったのか、その結果何が起こったか? それぞれの改革のプロセスに触れることによって改革を進めたいと願っている教育関係者の皆さんの背中を押すことを願って、最高のパッションで「話題の学校現場にボーク重子が行く!」をお届けします! お楽しみに!

ボーク重子(ぼーく・しげこ)
ICF認定ライフコーチ。Shigeko Bork BYBS Coaching LLC代表。米ワシントンDC在住。30歳の誕生日前に渡英、ロンドンにある美術系大学院サザビーズ・インスティテュート・オブ・アートに入学。現代美術史の修士号を取得後、フランス語の勉強で訪れた南仏の語学学校で、米国人である現在の夫と出会う。1998年渡米し、出産。子育てと並行して自身のキャリアを積み上げ、2004年にアジア現代アート専門ギャラリーをオープン。2006年、ワシントニアン誌上でオバマ前大統領(当時は上院議員)とともに、「ワシントンの美しい25人」の一人として紹介される。また、一人娘であるスカイは2017年「全米最優秀女子高生」コンクールで優勝し、多くのメディアで取り上げられた。現在は、全米・日本各地で“子育て・キャリア構築”“ワーク・ライフ・バランス”について、コーチングと講演会を開催している。著書に『世界最高の子育て』(ダイヤモンド社)、『「非認知能力」の育て方』(小学館)、『しなさいと言わない子育て』(サンマーク出版)など

(写真:尾形文繁)