筑波大学大学院在学中にCloserを起業
筑波大学発のAIロボティクスベンチャーであるCloserは2021年11月に設立され、現在2期目。これからまさに事業を本格化させようとしている企業だ。主力製品は工場の生産ラインの省人化小型ロボットシステムで、現在は慢性的に人手不足が続いている食品業界を中心に、生産効率化のためのロボット導入を提案している。
従来の産業用ロボットは大型で高額なものが多く、工場に設置スペースがない、あるいは大型投資が困難という理由でロボットを導入したくてもできないという企業が少なくない。またスペースが確保できたとしても、人が作業している既存ラインよりも多少広いぐらいのスペースしか確保できない、多品種少量生産のために多様な動作ができるロボットでなければ投資に見合うだけの効果が得られないなどの課題があった。食品業界もそうだった。
そこでCloserでは、少ない資金でも簡単に導入・運用ができる省人化小型ロボットシステムを提供している。小型かつ移動も容易なため、狭いスペースにも導入できるうえに、ハードウェアとソフトウェアをパッケージ化することで、多様な商品の生産に対応することができる。ロボットの導入というと導入工数がかかり、システムが複雑な印象があるが、Closerのロボットシステムは難しい知識や訓練を必要とせず、誰でも運用ができるという。すでに企業との実証実験をスタートするなど、これから事業を本格化させようとしている段階にある。
そんなCloserの代表である樋口翔太さんは現在、筑波大学大学院の博士課程に在籍している学生でもある。新潟県上越市生まれで、小学生の頃からロボットに興味があったというが、そのきっかけは何だったのだろうか。樋口さんはこう話す。
「もともと工作が好きでした。でも、親からは工作の本を買ってもらったくらいで、特別に電子工作やロボットなどの教育を受けたわけではありません。小学4年生の頃から学校の図書館の本を参考に電子工作をするようになり、RoboCup(ロボカップ)という自律型ロボットのサッカー大会に興味を持つようになったのがきっかけです。学校で配布される手紙でロボット教室があることを知り、そこからロボカップに出場したいと思うようになったのです」
樋口さんにとってロボカップに向けたロボット制作は面白かった。ロボットキットで作るところからスタートしたが、キットだけでは自分の理想の性能を持つロボットは作れない。しだいにもっと高度な技術を使ってロボットを作りたいと思うようになった。でも、周囲に相談できる仲間は少なかった。そのため、本や雑誌を読んだり、実際にロボカップに出場している人たちのブログを参考にしたりしながら、知識を増やし、ときにはネットで知り合った仲間同士で情報交換もするようになった。
小学5年生の時には友人と2人で初めてロボカップに出場した。入賞はできなかったが、そこからロボカップに毎年チャレンジするようになる。自宅にはパソコンもあったので、中学校に入ってからは本やネットを見ながら、自分でプログラミングの技術を磨いていった。
「ロボットを自分の思うように動かしたい一心で、プログラミングの勉強をしました。ロボカップは世界大会まであり、そこで勝ちたいというモチベーションもありましたし、自分の思ったものが形になっていくのが面白かったんです」
長岡高専時代にロボカップジュニア世界大会優勝
高校は普通高校ではなく、長岡工業高等専門学校(以下、長岡高専)を選んだ。それまでロボットを作るための情報が限られており、もっと専門的な知識を身に付けて、ロボカップに挑戦したいと思ったからだ。自宅から高専までは90分ほどかかるため、寮生活をすることになった。
「高専では5年間を過ごすことになりますが、その後は、大学卒業資格を得られる専攻科で2年学びました。専攻科に進む学生は全体の5分の1、私のときは40名程度が学んでいました。授業では学術的なもの以外にも、地域の企業の課題を解決する実践的な授業もあり、起業家教育も行われていました」
その間、2017年の「ロボカップジュニアジャパンオープン2017 Soccer Open」で優勝し、同年に名古屋で行われた世界大会の「RoboCup2017 NAGOYA Junior Soccer Open」でも優勝を果たした。
専攻科に進んでからは、指導教員の紹介で研究課題である農業ロボット関連の画像処理を学ぶために台湾の台北科技大学に4カ月留学。19年には孫正義育英財団生に選ばれ、独立行政法人国立高等専門学校機構理事長特別表彰も2度受賞している。そんな樋口さんは長岡高専修了後、20年には筑波大学大学院に進学することになった。
「研究室で勉強しながら、企業にヒアリングしているうちに、ロボットによる自動化が進んでいない業界を知るようになりました。ラーメン店でバイトをしていた経験もあり、これまで研究していた農業ロボットのほかに食品業界に注目するようになったのです。20年から、つくば市と共同で農業ロボットによる実証実験に携わっていたのですが、ビジネスとして取り組むのは難しい。ちょうどその頃、食品工場で意外にも自動化が遅れている現状を知り、これまで研究してきた技術を食品業界に転用したほうが、ビジネスとしても有望なのではないかと考えるようになったのです」
そこで樋口さんは友人と2人で21年11月にCloserを設立した。現在は15人までメンバーが増え、長岡高専時代の仲間やほかの高専出身の院生、金融などの業種から転身した社会人などが参画している。
「一度、孫正義財団で出会った仲間とほかの事業を立ち上げようとしていたこともあり、起業は面白いと感じていました。これまで大学院での研究やいろんなベンチャー企業も見てきて、自分もできるかもしれないと思ったのです」
「パソコン」のように小型のパーソナルロボットを作りたい
そう語る樋口さんだが、これまで大きな影響を受けたのはやはり高専時代だという。
「高専時代は研究すること自体が面白かったですね。大学生よりもいち早く専門的な勉強をすることができますし、寮生活もよい経験になりました。とりわけ高専の優秀な学生は手を動かすことができる。いわば、どんどん独学で勉強して、自分でモノを作れる人が多いのです。一緒にロボットを作っていた仲間はとくにそうですね」
工作から始まって、ロボットに興味を持ち、今はAIロボティクスベンチャーの経営者と一貫して好奇心の赴くままに歩んでいるように見える樋口さん。どうしてそんなことができたのかという問いにはこう答える。
「やはり、自分でモノを作り出すことが好きだったということだと思います。中学の頃からエンジニアになりたいと考えていました。そもそも自分は陸上の長距離選手で、スポーツ推薦で高校に進学しないかと誘われたこともあります。陸上で学んだことは、最後まで走り切ること。そこがメンタル的に大きな影響を受けているところかもしれません」
今、Closerは顧客ターゲットやビジネスモデルが固まり、本格的に船出をしようとしている。省人化小型ロボットシステムの導入契約も出てきて、シード期の資金調達も視野に入ってきたという。これから樋口さんは、ロボットでどんな社会の実現を目指しているのだろうか。
「私たちの基本的な技術が形になり始めてきたことで、向こう1年は安定して動くロボットを確実に立ち上げていきたいと考えています。私の最終的な目標は、省人化できる作業はロボットに任せ、人間が人間らくしく過ごすことができる豊かな世界を実現することです。そのためにもパーソナルコンピューターのように、ハードウェアをパッケージ化してソフトウェアベースで動く小型のパーソナルロボットを作りたい。そして将来的には世界に大きく広がるようなロボットを手がけたいと考えています」
(文:國貞文隆、注記のない写真:樋口さん提供、右下のみringotime / PIXTA)