倍率が1倍近い県もある
文部科学省は9月9日、「令和4年度(令和3年度実施)公立学校教員採用選考試験の実施状況」を公表した。小学校教員の競争率(採用倍率)は、2.5倍と過去最低を更新したこと(前年度2.6倍)などが報道されている。
「教員人気が下がっている」「倍率低下で、教員の質の低下が心配だ」などと言う評論家や教育関係者(教職員、保護者など)は少なくないが、そう事態は単純な話ではない。そうした指摘が当てはまる部分もあるが、そうではない部分もあることについて、解説する。
はじめに、文科省の公表データは、少し注意して見る必要がある。
1つは、倍率は地域差(都道府県・政令市等ごとの差)が大きい。全国を合計すると、小学校で2.5倍というデータはあまり参考にならない。2倍を切っている地域もあれば、5倍以上のところもある。なぜ、このような差が生まれるのかについては、後ほど説明しよう。
もう1つは、今回公表されたデータは昨年度実施されたものについてであり、直近の今年実施中のものではない。今年の小学校の出願状況は、時事通信社「教員採用試験対策サイト」によれば大分県で1.0倍、秋田県、福岡県、熊本県で1.3倍などと、とても低倍率の県もある(後述するが、倍率の定義が文科省資料とは異なるし、採用者予定者数が今後変わる可能性もあることには注意)。日程が重ならない限り併願も可能だから、こうした低倍率の地域では、「実質全入時代だ」と述べる教育関係者もいる。
低倍率のカラクリ①「採用者数の増」
そもそも「採用倍率」とは何だろうか。
文科省の資料によると、倍率=受験者数÷採用者数である。一方、採用する各自治体(都道府県・政令市など)が公表しているデータでは、出願者数÷採用予定者数で、分母も分子も文科省のとりまとめとは少し違う場合もあるが、以下では細かいところは置いておくことにする。
ここで重要なのは、受験者数が同じ場合は採用者数(ないし採用予定者数)が増えると、倍率は下がるということだ。当たり前の話なのだが、分母と分子の両方について考えていく必要がある。
以上の点を注意しながら、改めて教員採用倍率の低下について考えてみよう。低倍率は何が原因なのだろうか。
1つは、先ほどの割り算のとおり、採用者数(採用予定者数)が増えていたり、その自治体規模からすれば多めであったりすると、倍率は低くなりやすい。
「少子化なのに、なぜ採用者数が多いのか」と思われる方もおられよう。確かに、基本的に教員数というのは、少子化による学級数の減少に連動して少なくなる。だが、以下の背景のいずれか(あるいは複数)が当てはまると、採用需要は高まる。
・定年退職者が多い時期である。
・特別支援教育のニーズが高く、支援学級等を増やす必要がある。
・定年前の離職者や内定辞退者がかなりいる。
・各自治体の政策的な判断(国の標準よりも、少人数学級などを推進している等)。
上記のうち、とくに影響が大きいのは、定年退職者数の多寡だ。教員数の年齢構成別比率は都道府県・政令市等ごとにかなり違っている。そのため、倍率の地域差も生まれる。今、低倍率で苦労しているのは、九州や東北が多いが、それは、定年退職を迎える教員が多いからだろう。
なお、2023年4月から、教員を含む地方公務員は、段階的に定年延長していく。そのため、23年度末などは、退職者が例年よりも極端に少なくなるので、採用需要も減るだろう。こうなると、倍率は各地で高くなる可能性もある。ただし、ハードな仕事であるため、定年延長に応じない人も一定数いる可能性もある。
低倍率のカラクリ②「受験者数の減少、ないし確保不足」
次に、分子の受験者数(ないし出願者数)についても見ていく。受験者がかなり減っているために、倍率低下が起きている地域もある。
これはさらに2つに分けて考える必要がある。1つは新規学卒者、つまり大学等の卒業見込みの学生の新卒採用。もう1つは既卒者で、民間企業などの人もいるが、多くは、前年までの採用試験に不合格で、学校に講師として勤めている人だ。
本当は都道府県・政令市等ごとのデータを見たいが、文科省が公表している全国合計値では、小学校については、ここ5年くらいで新規学卒者(新卒)はそれほど減っておらず(横ばいに近い)、既卒者が大きく減少している。
このことから、小学校教員については、教員人気が下がっている、とは断言できない。小学校の先生になりたいという大学生らはまだまだそれなりにいるということだからだ。
他方、既卒者の減少については、さまざまな背景の可能性があるが、1つは、ここ数年、採用倍率が低下してきた地域も多く、かつてよりは正規採用されやすかったために、不合格者の絶対数が減り、既卒者が減った、という事情がある。
もう1つは、教員採用に不合格だった人が民間企業やほかの行政機関などに流れており、講師までして再チャレンジしようとしていない可能性もある。この要因の場合、教員人気は下がっている、と言える。
文科省の説明は前者だが、後者の可能性(あるいは両方ともが効いている可能性)もある。なお、これまで公立小学校教員について述べてきたが、公立中学校教員、公立高校教員については、ここ5年あまりの受験者数は、新規学卒者も既卒者もダウントレンドである(ただし、令和4年度の中学校の新卒はやや増)。これは、教員人気が下がっている可能性が示唆される。小学校との大きな違いは、やはり部活動が重いことだろう。プライベートを過度に犠牲にせざるをえない実情が影響している可能性がある。
ここまでのことをまとめると、①採用者数が増えている自治体、あるいはそれなりの数を確保しなければならない自治体で、②受験者がそう集まっていない場合、もしくは①、②のいずれかが大きい場合、低倍率になる。
低倍率は何に影響するか
加えて、ややこしい話だが、倍率がよそより高いからといって、安心できるわけではない。
例えば、高知県ではここ数年、小学校の倍率は高いものの、報道によると、辞退者もかなり出ている(高知新聞20年12月9日)。高知県は他地域よりも採用試験のスケジュールが早いため、とりあえず受けてみたい、内定を取っておきたいという人も多いのかもしれない。
また、低倍率だからといって、ただちに教員の質が低下しているとも言い切れない。机上論と言われそうだが、たとえ1.0倍だったとしても、教員に向いている、とても優秀な人ばかりが第1志望でエントリーしてくれているなら、問題は小さいからだ。もちろん、現実にはそういうケースはほぼないだろうが。
「低倍率=質が悪い」という科学的な知見、証拠もしっかりしたものがあるわけではない。とはいえ、傍証だが、採用担当者の実感として、あるいは新人を受け入れる学校現場の実感として、質が心配だといった声は少なくないし、優秀な人材が教員を目指しにくくなっているという声は多い(拙著『教師崩壊』に関連データを掲載)。
つまり、倍率が高くても低くても、安心できるとは限らず、採用プロセスに来ている人材がどうなのかをしっかり見ていく必要がある。また、採用後の学校内外での育成やサポートを充実させていく姿勢、施策も大切だ。学校は教育機関なのだし、採用時の倍率だけに気を取られるのではなく、採用後の育成と成長にも注目したい。
とはいえ、低倍率が確実にダメージを与えることがある。教員不足、講師不足への影響だ。
繰り返しになるが、採用試験に不採用だった人が講師登録をして、講師(臨時的任用教員等)を続けながら、採用試験に再チャレンジするというのが一般的だ。低倍率は不合格者も減っているということなので、講師登録者も減ることを意味する。
産育休や病気休職者、離職者が出た場合、代わりの講師が見つからないで教員不足、欠員状態にある学校は各地にある。これでは、ただでさえ多忙な学校現場がさらに疲弊してしまう。このことは、受験者の減少や講師登録の減少などにもつながるので、悪循環である。
ここでは、対策について詳述できないが、以上のような背景事情を踏まえて対策を考えていく必要があるし、倍率うんぬんで条件反射するのではなく、幅広い視点から考えていく必要がある。
(注記のない写真: Ushico / PIXTA)