「子どもたちに本当に申し訳ない」現実

――1989年、第44回国連総会で、18歳未満の子どもの基本的人権を保障するための「児童の権利に関する条約(子どもの権利条約)」が採択されました。現在196の国と地域が締約国として名を連ね、日本も94年に批准しています。近年、いじめや不登校、理不尽な校則、虐待、貧困など子どもの問題が深刻化する中、改めてこの条約の重要性が指摘されていますが、日本では条約そのものがあまり知られていないようです。

そうですね。この条約は主に「生きる権利」「育つ権利」「守られる権利」「参加する権利」という4つの権利を柱とし、前文と54条から構成されています。第42条には、締約国はこの条約の原則及び規定を成人及び児童のいずれにも広く知らせることを約束するとあるのに、残念ながら日本では浸透していません。この条約の一般原則をご覧ください。

「子どもの権利条約」一般原則

・生命、存在及び発達に対する権利(命を守られ成長できること)
すべての子どもの命が守られ、もって生まれた能力を十分に伸ばして成長できるよう医療、教育、生活への支援などを受けることが保障されます
・子どもの最善の利益(子どもにとって最もよいこと)
子どもに関することが行われる時は、「その子どもにとって最もよいこと」を第一に考えます
・子どもの意見の尊重(意見を表明し参加できること)
子どもは自分に関係のある事柄について自由に意見を表すことができ、おとなはその意見を子どもの発達に応じて十分に考慮します
・差別の禁止(差別のないこと)
すべての子どもは、子ども自身や親の人種、性別、意見、障がい、経済状況などどんな理由でも差別されず、条約の定めるすべての権利が保障されます

(引用:日本ユニセフ協会ホームページ

「当然の権利」だと思うかもしれませんが、これらすべてが教育現場で保障されているとは言い切れません。僕はこの一般原則が学校・学級において最も尊重されるべき哲学の土台であると考えていて、数年前から「学級経営」の視点で取り入れています。

しかし、子どもの権利の浸透に取り組む教員や学校は一部であり、多くの子どもが自分の権利を知りません。子どもたちに本当に申し訳ないですよ。まず、教員はもちろん、子どもたち自身がこれらの権利を有していることを知ることが大事だと思います。

――子どもたちには講義形式で伝えているのでしょうか。

学校生活の中に溶け込むよう工夫しています。発達に応じてわかるように話してあげるという点を意識していて、僕の言葉で表現したオリジナルのポスターを教室に掲示し、いつでも子どもたちと一緒に確認できるようにしています。

現在、田中先生が2年生の教室で掲示しているオリジナルポスター
(写真:田中氏提供)
ユニセフの「子どもの権利条約」のポスター。「SDGsのアイコンみたいでわかりやすい」と、田中氏
(出典:日本ユニセフ協会ホームページ

例えば「廊下は歩きましょう」というルールがなぜ大切なのかを考える際、ただ安全のためといっても子どもはピンときません。でも、「廊下の曲がり角から急に人が飛び出してきたら、どう?」と問いかけると、子どもたちからは「怖い」という声が上がります。そこで、このポスターを指しながら「お互いが安心して生活する権利を守るには廊下を走ってはいけないよね」と説明するわけです。

子どもの権利条約の根底にあるのは子どもの安全・安心だと思うのですが、学校全体として物理的な「安全」には割と配慮しているつもりでも、心理的な「安心」についてはあまり保障されていないのが現状です。学校が安全・安心の両方を保障するのはもちろん、子どもたちが互いの「安心」について考えることも重要だと考えています。

ユニセフもポスターを作っています。まずはこうしたツールを活用して「知る機会」を設けてみるといいかもしれません。また、僕は保護者にも、教室での権利に関する学習や取り組みについて学級通信を通じてお伝えしています。

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児童と保護者向けに毎日発行する学級通信でも、権利について伝えている
(写真:田中氏提供)

――学校が「安心」を保障していないというのは、具体的にどのような場面ですか。

学級経営の観点でお話ししますね。例えば、体育で跳び箱を扱う場合、全員一律にやらせますが、不得意な子も不安な子もいます。安心を保障するなら、見学の選択肢を与えるなど段階的に挑戦を促すことも必要でしょう。

僕は、不安な子も安心して参加できるようルールの変更も行います。子どもの好き嫌いが分かれるドッジボールでは、硬いボールを軟らかいものに変えるなど工夫するとだいぶ参加率が上がりますよ。それでも迷っている子がいたら「どういうルールならやれそうかな」と聞いてみる。

もちろん、子どもに選択を任せることと甘やかすことは異なるので「前向きに参加しようね」というメッセージは重要ですが、挑戦するかどうかは自分が決められる環境を提供して安心を保障すべきだと考えています。

「もって生まれた能力」を伸ばして生きる権利の保障を

もう1つ、「発達に対する権利」「子どもの最善の利益」も大切にしています。例えば、歌だとすぐ覚えられる子、絵に描くと頭に入る子など、人によって学びやすい方法は異なりますよね。そういった得意不得意を考慮せず同じやり方で学ばせるのが今の日本教育ですが、一律の学び方では「子どもにとって最もよいこと」が考えられておらず、「もって生まれた能力を伸ばして生きる権利」が保障されません。

そこで僕は、ハーバード大学のハワード・ガードナー教授が提唱する「マルチプルインテリジェンス理論」(MI理論)を取り入れています。これは「知能は単一ではなく複数存在し、誰もが8つの知能のうち何らかを有している。長所やプロフィルがそれぞれ異なるのと同様、人それぞれの知能の強弱が存在する」と考える理論です。

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田中先生は、子どもたちの能力が生かせるよう、学級経営にMI理論を取り入れている
(写真:田中氏提供)

8つの知能は「音楽・リズム知能」「対人的知能」「論理・数学的知能」「博物学的知能」「視覚・空間的知能」「内省的知能」「言語・語学知能」「身体・運動感覚知能」に分類されています。

僕自身は、子どもの頃、興味のある魚の名前や分類を難なく記憶でき、歴史も絵や図にまとめることで理解が進んだので、おそらく「博物学的知能」や「視覚・空間的知能」は高い。半面、楽器の演奏や運動は苦手で今も苦労しています。子どもの頃、このMI理論を知っていたら、より楽しく学習できただろうなと思います。

だから、例えば九九なら、ひたすら暗唱させるのではなく、子ども同士で教え合うようファシリテートします。すでに覚えた子の覚え方にはそれぞれ個性があり、「あの子の方法で覚えたい」「この子の方法は自分に合う」とみんな楽しそうに学んでいくので、個々が尊重されると同時に協働性も養われます。

(イラスト:田中氏提供)

意見を尊重し、自分で決める経験を積ませたい

――授業以外の活動においても、子どもの権利を意識されていますか。

はい。多くの学校は教員が何事も主導して決めてしまうので、子どもの意見は意外と尊重されていません。せめてクラス内では「子どもの意見の尊重」を保障してあげたいと思っていて、そのためには教員がお膳立てせず、自分で決める経験を積ませてあげることが大切だと考えています。

だから、係や当番は「自分が誰かのためにやってあげたいことをやろうね」とボランティア制にしています。実際、「暗いから僕が電気をつける」「今日は私が黒板消しをやるね」「換気しようか」と、毎日自然と誰かがやってくれます。先回りせずに委ねると、子どもは自分で気づき、考えて行動できるようになるのです。

――掃除活動など分担が必要と思われる仕事も、ボランティア制でうまくいきますか。

「あなたはどこをピカピカにしたいですか」と言って、やりたいところを1カ月以上掃除させます。みんな自分で選んだ場所だからやる気満々。しだいに「もっと効率的にやるにはどうしたらいいか」「こんな道具を使ったらどうか」とアイデアが生まれ、毎日主体的に掃除するようになります。

だからうちのクラスの子は、よくほかの先生から「みんなしっかり掃除していますね」と褒められるのですが、それもフィードバックしてあげるとさらにやる気になる。この積み重ねにより、子どもたちは「仕事って楽しいな」と思うようになっていきます。

――挙手制にすると、人気のない掃除場所は人手が不足しませんか。

どんなに人数が偏ろうとそのまま希望どおりにやらせます。その代わり、掃除が終わった後に必ず振り返りの時間を設けます。すると、「人が多すぎてやることがない」「うちは人がいなくて時間内に終わらない」という意見が出てくる。そこで僕が「これはみんなで考えないといけないね」と言うと、子どもたちは譲り合って調整していきます。こうした経験が、社会に出てから生きてくると思うんですよね。

現在持ち上がりで2年生の担任をしていますが、集中すべき時間に騒がしくなってしまった際、「みんなの学ぶ権利を奪っちゃ駄目なんだよ」なんて言葉が子どもから出てくるようになっています。先日はボールの片付けを押し付けられた子に、心配して付き添ってあげた子がいました。みんなが安心して過ごすためにはどうしたらいいのかを子どもたちなりに考えてくれているのかなと思います。

これまで教育現場では「子どもたちは未熟であり、教員によって教えられ成長する存在」という認識の下、知識伝達型の一斉授業や担任主導の学級経営が行われてきました。しかし、僕は「子どもたちは、自らの体験とその振り返りを通して気づきを得る中で、つねに学び続ける存在である」と考えます。新学習指導要領もそういった自律的に学ぶ子の育成を目指していますよね。学校や教員は子どもたちを「小さな大人」と捉えて権利を保障し、権利を有していることも伝えていくべきではないでしょうか。

田中光夫(たなか・みつお)
1978年生まれ、北海道出身。東京都の公立小学校教員として14年間勤務。2016年、主に病気休職の教員の代わりに担任を務める「フリーランスティーチャー」となる。これまで公立・私立合わせて延べ11校で講師を務める。NPO法人「Growmate」理事としてマーシャル諸島で私設図書館建設にも携わる。近著に『マンガでわかる!小学校の学級経営 クラスにわくわくがあふれるアイデア60』(明治図書)
(写真:田中氏提供)

(文:編集チーム 佐藤ちひろ、注記のない写真はiStock)