思考力を鍛える「アカデミックマインド育成講座」

東京・西東京市にある私立の中高一貫校、武蔵野大学中学校・高等学校(以下、武蔵野大中高)は、武蔵野大学の附属校で19年度(高校は20年度)に女子校から共学化された学校だ。

22年度から武蔵野大中高では、中学3年生の全生徒と高校2年生の一部を対象に「アカデミックマインド育成講座」を導入した。アカデミックマインド育成講座とは、現役東大生作家の西岡壱誠さん率いるカルペ・ディエムが企画し運営する講座で、東大生講師たちが中学生や高校生向けに「頭の使い方」を鍛える授業を行っている。

例えば、「蜂はなぜハチミツをつくるのか」「なぜ、朝焼けがきれいだと明日は雨になりやすいのか?」「なぜ青信号は緑色なのか?」というような日常の身近な出来事における問いを立て、仮説をつくり検証していくことで思考力を鍛え、課題の発見や解決能力を向上させていくのが目的だ。

現在「アカデミックマインド育成講座」は全国4校で展開しているが、この講座の名付け親は武蔵野大中高の校長・中村好孝氏だという。

中村好孝(なかむら・よしたか)
武蔵野大学中学校・高等学校 校長
(写真:梅谷秀司)

「本校では探究活動に力を入れており、すでに中高の全学年に探究系の学習時間を導入しています。けれども探究活動が成績の向上につながるのかという疑問に、これまで誰も答えられませんでした。私はつながるという確信があって、探究活動と成績に橋渡しが必要だと考えていたとき、たまたま西岡壱誠さんの著書『東大思考』に、自分の力で成績を上げていく方法を考え、行き着いた先が考える習慣の大切さだと書いてあった。考える習慣と探究活動は通じるところがあるので、西岡さんに会って『君たちなら探究活動と成績の向上をつなげることができるのではないか』と提案しました。もちろん、その後の企画や組み立ては西岡さんたちがしたわけですが、アカデミックマインド育成講座はそこから生まれたのです」

身近な問いを立て、分析し、検証する

武蔵野大中高には、進学先として国公立や医学部などの難関大学を目指す「ハイグレード」、海外大学や国際関係学部を目指す「PBLインターナショナル」、武蔵野大学も視野に幅広い進路を目指す「本科」の3コースがある。

その中でアカデミックマインド育成講座の受講対象となるのは、中学3年生全員とハイグレードコースの高校2年生。いずれもカリキュラムに組み込まれた正課の授業として行っている。

「従来、学校教育ではwhatばかり教えていました。それがここ数年潮目が変わり、探究とか主体的・対話的で深い学びが必要となり、howを教えるようになりました。しかしhowの源流はwhyです。『なぜ』を探究しなければ、なぜSDGsが必要なのかがわからずにSDGsを学んでいるようなもの。しかも『なぜ』という本質を探る思考は教えないとできない。自由に主体的で深い学びができるようになるには、こういうふうにすればうまくいくという体験が必要で、その型を学ぶことができるのがアカデミックマインド講座だと考えています」(中村氏)

もちろん、導入までには武蔵野大中高とカルペ・ディエムとの間で綿密な話し合いが行われた。同校サイドでこの講座を担当している教諭の髙橋奈美子氏はこう証言する。

「カルペ・ディエムさんは、こちらの考え方や要望を反映してくれたので、とても助かりました。高校のハイグレードコースでは前期に2時間連続の授業を週1回、計10回行いました。『江戸時代以降、日本人の平均身長が伸びたのはなぜか』というような問いを立て、江戸時代はどういう時代だったのかとか、日本人の平均身長はその頃どれくらいだったのかというように、まず問い自体を分解して生徒がタブレット端末で調べ、解答にたどり着くというのが授業の大まかな構成です。生徒たちはお互い話し合いながら調べていくのですが、そのプロセスが学習そのもので、いい学びになったと思います。カルペ・ディエムさんからは毎回2名の東大生が来て講師役を務めるのですが、生徒たちは『進路に悩んだときはどうするか』とかさまざまな質問もし、いい刺激になっていたように感じました」

前期の講座修了後には、近くの保谷小学校で出前授業を行った。希望した10名の生徒が2つのグループに分かれて、5年生にアカデミックマインド育成講座を体験してもらう授業を実施したのだ。中村氏は、生徒たちがインプットするだけではなく、アウトプットまでを経験できたことを高く評価している。

「アウトプットすることでさらに学びが深くなることを、生徒たちは実体験で知ったと思います。生徒たちは小学生に対してお年玉をテーマに『いつ始まった習慣なのか』『最初お年玉はお金ではなく何をあげていたのか』と問いを投げかけ、ヒントを出しながら『江戸時代に鏡餅を割って分けていたのが起源であること』にたどりついた後、『鏡餅がどうしてお金に変わったのか』『どうしてお年玉をもらえるのか』というようにさらに問いを分解していきました。そうして少しずつステップを踏みながら考えていくことで、小学生はきちんと正解を導き出しました。授業をするためには生徒たちもいろいろ調べ、準備をしました。そういうことも含めて生徒にとって大きな学びになったはずです」

前期の「アカデミックマインド育成講座」修了後、生徒たちが近くの小学校に行って、問いを分解しながら考える授業を実施した。詳しい授業の様子はこちら

生徒が自分なりの問いをいくつも立てられるようになった

武蔵野大中高の場合、探究活動が成績の向上につながることを実証するというのが、この講座を始めた大きな目的の一つであった。

その点では導入からそれほどの時間が経っておらず、はっきりした結果は出ていない。しかし髙橋氏は確かな手応えを感じている様子でこう言った。

「前期の講座を受けて後期の探究活動に入ってからは、生徒が自分の興味ある分野や学びたい学問分野などを明確に掲げ、自分なりの問いをいくつも挙げられるようになりました。実際に見ていて、こんなに問いが挙げられるのかと感じるほどです。ハイグレードコースの偏差値は、これから徐々に上がっていくのではないでしょうか。私は前期の講座をすべて見学させていただきましたが、カルペ・ディエムさんの東大生たちは私たちと扱うテーマも教え方も展開の仕方も違い勉強になりました。私たちの授業に取り入れたいと思う部分もあります」

ここ数年、武蔵野大中高では「チャレンジ」を合言葉に、Project Based Learning(課題解決型学習)を取り入れるなど積極的な改革を推進してきた。その結果、「22年の総合型選抜の大学入試の結果は、非常によかった」と中村氏は手応えを語る。

アカデミックマインド育成講座も、そうした改革の一環として導入したものだが、総合型選抜に限らず一般入試を受ける子たちにとっても意味のあるものだという。学びの型を学ぶことができるからだ。

「探究の力を使って、伸びた子がたくさんいます。勉強する子も増えた。偏差値を上げるためには生徒に刺激を与え続けることが必要です。アカデミックマインド育成講座もそういう刺激になっていると思います。本校がこういう取り組みをしていることの認知や成果が広がって、多くの受験生や保護者にこのマインドの重要性が高まっていくことを楽しみにしています」

成績を上げることだけが目的ではないが、大学入試も知識から思考力を求める入試に変わってきている。高校教育もその対策が求められるのは必然で、同校も含めて今後の推移を注視していきたい。

(注記のない写真:武蔵野大中高提供)