ICTで仕事はラクになったのか?
学校現場が超多忙なのはよく知られている。だが、どうしてなのだろう。
一昔前(20~30年前くらい)なら、テストを作るのも、通知表も学級通信も手書きという学校が多かった。今では手書きは珍しい。とはいえ保護者との連絡(連絡帳など)や児童生徒とのやり取り(交換日記のような生活ノートなど)などは手書きで、昭和なままという学校は実はまだ多いのだが。「校務」と呼ばれる事務作業などにICTが導入され、便利になっているはずなのに、どうして先生たちは忙しいのか、なぜ一向にラクにならないのか?
これは私自身、マスコミの方などからよく質問をいただくが、答えるのは簡単ではない。1つは、事務作業以外の負担が重いことが影響している。例えば、授業準備や部活動、いじめ対策はICTの導入でもそれほど軽減されない。校務をはじめとする仕事のあり方や進め方にも問題がある。そこには、個々の教職員のICT活用能力やスキルだけのせいにはできない問題が潜んでいる。
これを考えるときにヒントとなる報告が出た。3月8日、私も委員の一人として加わった文部科学省の専門家会議が「GIGAスクール構想の下での校務DXについて〜教職員の働きやすさと教育活動の一層の高度化を目指して〜」を取りまとめた。この報告がカバーする論点は多岐にわたるが、本稿では重要なポイントの一部を解説しよう。ただし、専門家会議としての見解ではなく、筆者個人の理解、解釈を加えつつ述べる。
文科省は「自宅で仕事せよ」とは言ってない
今回の報告をめぐっては、少し前のTwitterでやや炎上気味だった。ある大手通信社が「成績などのデータを自宅で処理」と報じたところ「文科省は教員に自宅で成績処理せよと言っている」「何で自宅に帰ってまで仕事をしないといけないんだ」「こんなことで効率化と言うのはばからしい」といったコメントが教職員などから相次いだ。
だが、この報道は誤報とまでは言わないが、かなりミスリードだったと思う。報告本体や議事録を確認していただければわかるが、文科省も専門会議も自宅での仕事を推奨しているわけではない。
ただし、子育てや介護などの事情があって、あるいは新型コロナをはじめとする感染症やそのほかの病気・事故などのために、自宅や出先で校務の一部ができれば助かる、という人はいる。だが、自宅から校務支援システム(成績処理やグループウェアでの情報共有などを行う情報システム)をはじめ業務上必要な情報システムにアクセスできる自治体は5.2~6.0%にすぎない(文科省「校務の情報化に関する調査結果」2022年9月時点)。
また、どうしても自宅に仕事を持ち帰らざるをえないほど業務量が多い先生もいる。児童生徒のノートを大量に持ち帰ってコメント書きをしたり、教材作りなどをしている。しかし、これは二重の意味でハイリスクである。
1つはもちろん、情報漏洩のリスクだ。児童生徒情報などをUSBメモリーで持ち出して、紛失する事案がたびたび発生している。重要な文書を紙で持ち出して紛失してしまうこともある。
もう1つは、健康リスクだ。ほとんどの学校がタイムカードなどで勤務時間(在校等時間)を把握、管理しているが、ほとんどの自治体で自宅残業はノーカウントだ。というのも、持ち帰り仕事は正式には認めていないという教育委員会が多いので、建前上は、教員が勝手に持ち出して仕事をしていることになっている。
働き方改革の掛け声が強まる中、「時間外勤務が多くなると、校長や教育委員会からやたら声がかかり、指導を受けるので面倒」「産業医の面談を受けなさいと言われても、そんな時間もない」という先生たちの気持ちもわからないではない。だが、それで自宅残業が増えて働きすぎても、誰もモニタリングしていないのは、大きな問題だ。
企業の中には、パソコンの稼働時間などを従業員の健康管理、労務管理に活用している例も少なくないのに、学校と教育行政は、残業の「見えない化」と健康リスクの増大にあまりにも無関心だ。ではどうしたらいいのか?
報告では「適切な勤務時間管理等を前提とした校務のロケーションフリー化により、働き方の選択肢を増やし、安全かつ働きやすい環境を実現することが求められる」としている。つまり、先ほどの二重のリスク管理をしっかりしたうえで、セキュアな環境で、必要な場合に限って、自宅や出張先での校務処理などもできるようにする、という方針だ。
単なる情報化ではない
自宅残業の問題も含めて、この会議で最重要視されたことの1つが、教職員の負担軽減、働き方改革の推進である。文科省も、委員の多くも、こんにちの教職員の過酷な勤務実態や教員人気の低下にそうとう危機感を持っている。
子どもたちのICT環境の整備は、GIGAスクール構想の下での1人1台端末などにより急ピッチで進みつつある。だが、教職員の執務環境はどうだろうか。教職員用にタブレットなどは配布されていないという自治体もあるし、校務に関しても問題は山積みだ。自治体や学校、使っているシステムなどによっても異なるが、典型的な問題をいくつか例示する。
・いまだ電子化されていない書類(帳票など)や事務手続きもある(例:出張申請、旅費精算、学校日誌)。
・書類が電子化されていても、非効率さが残っている。例えば、記入に手間がかかるもの、確認・修正・決裁などの際に印刷しているもの、軽微でも学校で完結せず教育委員会の承認が必要なものなど。
・校務処理で使えるパソコンが職員室の中に限定されている学校では、例えば、児童生徒の欠席連絡を教室で確認できないなど、非効率さが残り、見落としや連絡ミスも発生しやすい。
・校務支援システムを導入していない自治体が一部にあり、児童生徒情報など同じ情報を何度も入力、転記するなど、非効率(文科省調査によると、統合型校務支援システムで情報管理している学校は平均約81%で、都道府県差も大きい)。
・校務支援システムを導入している学校であっても、操作などに習熟するまで時間と労力を要するケースや処理速度に問題があるケースなども(学校のネットワークの問題という場合も)あって、使い勝手がよくない。
・各自治体が書類や手続きをカスタマイズするために、人事異動によって自治体が変わると、校務処理の仕方が大きく変わり、非効率。
・教育委員会もしくは自治体の情報セキュリティー対策によりがんじがらめで、便利なクラウドツールが学校では使えないなど、教職員の利便性や仕事能率を過度に犠牲にしている。
・児童生徒に関する情報や校務に関する情報があちこちに散在しているため、国や教育委員会などからの調査が都度、都度来る。中には照会内容が一部重複する例もある。とりわけ副校長・教頭らの大きな負担とストレスになっている。
・(今回の会議の主題からはそれるが)児童生徒の端末整備などのICT環境の充実がむしろ教職員にとって負担増となっている側面も大きい。端末やアプリの初期設定、年度更新の作業、保守(修繕依頼など)、トラブル対応などを教育委員会や専門家が担う例もある一方で、ほぼ学校に丸投げ状態となっているところもある。
冒頭の質問「ICTが導入されたのに、どうして先生たちは忙しいままなのか」に戻ると、上記のような問題が残っているためだ。つまり、帳票の電子化を進めたり、校務支援システムを導入したりするだけでは、先生たちにとって、十分に働きやすい環境になっているとは言いがたい。
そもそも、その業務や書類、手続きは必要か、書類はもっと簡素化・標準化できるのではないか、ユーザーフレンドリーなシステムやアプリになっているか、自治体のルールや慣習が能率を下げていないか、自治体内(教育委員会と学校、首長部局と教育委員会との間など)で連携は取れているかなどを診断し、改善していくことが必要だ。
教職員の負担軽減×教育・福祉の高度化を進める
さらに、今回の取りまとめは、校務の電子化や教職員の負担軽減にとどまらず、教育・学びの高度化や児童生徒の福祉の充実につなげていくことを狙っている。タイトルが「校務DX」となっており、サブタイトルが「教職員の働きやすさと教育活動の一層の高度化を目指して」となっていることにも表れている。
「校務DX」(あるいは「教育DX」などと呼んでもいい)が何を指すのかは議論の余地はあるし、はやり言葉で、大ざっぱな概念でくくるのも、煙に巻かれているような気がして、私は好きではない。前述したような問題を改善して、先生たちの仕事が多少効率的になるという程度では、DXとは呼べないだろう。
現状では児童生徒に関するさまざまな情報があちこちに分散管理されているため、一覧しにくい。例えば、テストの結果、児童生徒のアンケート結果、心の天気(その日の気分を天気記号で入力する)、欠席・遅刻の状況、検索ワードなど。さらには家庭環境に関する情報も学校と教育委員会は保有している。結局、さまざまなデータを照らし合わせて子どもを見取ったり、異変がないか考えたりすることがあまりないため、どちらかといえば個々の教職員の経験と勘による児童生徒支援や授業づくりが主流だろう。
この背景については、長くなるので詳細は省くが、学習系と校務系のデータが連携していないことや、現状の校務支援システムでは一覧管理できる機能がないことなどがある。もちろん、データだけで先入観を持って児童生徒に接することは副作用も大きいだろうから注意は必要だし、経験と勘が有効なときもある。だが、さまざまなデータを生かすことで、問題やSOSを早期に発見できるようになったり、児童生徒や保護者との面談の際に参照できたりすれば、教育活動と子どもの福祉の充実につながる。
とはいえ、DXとか教育・福祉の高度化などと言われても、超忙しい先生たちにとっては「理想はわかるが、ついていける気がしない」「またそのための業務が増えるのか」という感想を持つ人も多いであろう。今回の会議の報告だって、何%の教職員に知ってもらえているだろうか。
掛け声や専門家会議の報告だけでは現場はよくならない。今回述べたような問題解決を具体的に着実に進めて、先生たちがもっと仕事をラクに楽しくできるようにすることが先決だ。
(注記のない写真:Fast&Slow / PIXTA)