デジタル化で効率化進む一方、勤務時間は増加の不思議

働き方改革、という言葉が教育界でもよく使われるようになりました。2016年に文部科学省が行った教員勤務実態調査によると、小学校の教諭は10年前と比べて、週に4時間も勤務時間が長くなっています。確かに実感として、私も07年度に採用された身ですが、当時のほうが職場全体に余裕があったように記憶しています。

これって不思議じゃないですか? 私は若手の頃、学期末の通知表や学年末の指導要録は手書きでしたが、今はもちろんパソコン入力です。書類の作成や同僚とのやり取りも、デジタル化によって大幅に時間削減できています。印刷機やパソコンの性能も上がりました。それにもかかわらず、勤務時間は大きく増加しているのです。

とくに新設教科「外国語」の影響は大きい

かねて私は、この問題に関心があり、現場の先輩教員によく話を聞いていました。私の疑問に対して、ある年配の先生は「週休2日制の弊害」と教えてくれました。私も経験はないのですが、まだ土曜日の午前授業があった頃は、午後の時間に多くの仕事や職場内交流ができていたそうです。それが週休2日となり、残りの5日間で同じ量の仕事を終わらせなければならなくなった、ということでした。

ある方は、「デジタル化の弊害」を挙げられました。確かに年配の先生方にとっては、順応するのに苦労もあったことが推測されます。今日の「反ICT派」も、この経験が生み出しているのかもしれません。またある方は「社会ニーズの多様化による弊害」と言っていました。一昔前まで、教師や学校が言うことは絶対だった。しかし今や学校は、いちサービスであり、多様なニーズに応えなければならない……。ほかにもさまざまな予想を聞くことはできたのですが、大半の教員は「確実に忙しくなっているが、原因はよくわからない。全体的に仕事量が増えている印象」と答えてくれました。

蓑手章吾(みのて・しょうご)
HILLOCK(ヒロック)初等部 校長
公立小学校で14年勤務した後、2021年3月に東京・世田谷にオルタナティブスクール、ヒロック初等部を創設、22年4月に開校。専門教科は国語。特別支援学校でのインクルーシブ教育や発達の系統性、学習心理学に関心を持ち、教鞭を執る傍ら大学院にも通い、人間発達プログラムで修士号を取得。特別支援2種免許を所有。プログラミング教育で全国的に有名な東京・小金井の前原小学校では、研究主任やICT主任を歴任するなどICTを活用した教育にも高い関心と経験を持つ。著書に『子どもが自ら学び出す!自由進度学習のはじめかた』(学陽書房)、共著に『before&afterでわかる!研究主任の仕事アップデート』(明治図書)、『知的障害特別支援学校のICTを活用した授業づくり』(ジアース教育新社)などがある
(撮影:今井康一)

文部科学省も、この調査の分析を公表しています。例えば「若手教員の増加」。確かに、若手教員のほうが長く職場にいる傾向はあります。覚えなくてはいけないことが多くあったり、こなさなければならない研修があったり、早く帰らなければならない家庭の都合がないことが多かったりするからでしょう。

しかしその分、職場では大きな担当は免除されることも多いです。また、デジタル化でいえば中堅よりも若手のほうが扱いは慣れていることが多いでしょうし、最近ではプライベートを大切にする若手も増えているように感じることから、この年齢バランスの影響がどれだけ大きいかは疑問です。

授業時間は、学習指導要領の改訂により週に1時間ほど増加しました。とくに新設教科「外国語」の影響は大きいです。準備や成績処理なども加味すると、さらに大きな負担となっていると思います。

さらにさかのぼると、1966年度は月の残業時間が約8時間であり、2006年度調査の月42時間と比べると、職員室の風景は一変してしまったといえるのかもしれません。内訳に目を移すと、顕著に増加している項目が「生徒指導等」と「事務的な業務」です。今なお残業時間は増加の一途で、実に半数以上が過労死ラインを超えると言われています。

週の勤務時間は国際平均が38.3時間、日本の小学校は54.4時間

OECDが18年に行った「国際教員指導環境調査(TALIS)」によると、日本は教員の勤務時間が参加国中最長であることがわかっています。週の勤務時間で見ると、国際平均が38.3時間という中、日本の小学校は54.4時間という数値の開きを見ても、この国の教師の働き方がいかに異常であるかがうかがえるところです。

この調査で、もう1つ興味深いのは、勤務時間が最長であるにもかかわらず、職能開発時間が週に0.7時間と、国際平均の2.0時間を大幅に下回っています。それと呼応するように、職能開発のニーズに関しては国際平均よりかなり高いことも調査からわかりました。

私は現役時代、どう振る舞えば職場全体の多忙感を解消できるかを考え続けてきました。事務作業は朝に終わらせ、放課後は職能開発の時間に充てる。定時になったら学年の若手を誘って退勤するようにする。そんな働き方の中でも、子どもたちの姿をもって結果を示す。もちろんプレッシャーもありましたが、必要だと思って続けてきたことです。

職場が多忙になると、真っ先に削られるのが職能開発や新たな挑戦です。そうなると、日々の仕事が自転車操業になり、教員の余裕もなくなり、そのひずみが子どもに影響する……そんな悪循環に陥ります。私のような中堅が、限られた時間の中で生き生きと働く姿こそ、若手に感じてほしいこの仕事のすばらしさであると思って続けてきました。

3月の連載記事でも触れたように、全国的に教員のなり手がいないことが深刻化していますが、その最たる原因が働き方の問題と言えるでしょう。私たちが取り組むべきは、勤労時間を削ればよいという単純なこと以上に、いかに「担任でなくてもできる仕事を割り振り」ながら、子どもたちと向き合う先生たちの職能開発の時間を十分に確保できるようにすることなのではないでしょうか。教師のやりがいを回復することが、早急に求められていると強く思います。

現役の公立校教員時代は自分の力不足もあり、思ったように貢献できなかったかもしれませんが、働き方改革の波や調査の裏付けを共有しながら、もっと教師が働きやすい環境になっていくことを願いつつ、今の立場でできることを考え続けています。

(注記のない写真:kapinon / PIXTA)